第12話 執筆
――あくる日のこと。神栖は悩んでいた。
「これからどうしよう」
そう、これからのことについてだ。
何日か過ごしてみて思ったのが病院は退屈だ。
娯楽が何もなく、手持無沙汰である。
「大学のこと。家族のこと。そして、……小説のこと」
パソコンは持ちこめなかったので、スマホで書くことにした。
しかし……。
「なんだこれ……。文字がグワングワンしてゆがんでまともにかけない。文字が勝手に暴れだしてしまう」
そう、小説が書けなくなってしまっていたのだ。
神栖の夢は、――小説家。これは、小さなころからの夢でもあり、「なりたい」から「なる」に変わったのは最近だったが、気持ちは今でも変わらない。
小説が書けないのは非常にまずい。
小説家を目指している人間はたくさんいる。
そのライバルたちに置いてかれてしまう。先に行かれてしまう。差をつけられてしまう。
そんな危機感に苛まれる。
「嫌だ……。そんなの嫌だ……。……おれは絶対小説家になるんだ。休んでられない」
しかし、その言葉とは裏腹に文字が体中を駆け巡って、文字の形をしていない。
病気のせいか、単純にスランプなのか。
その現象は、文字だけではない。音楽も、絵画も、風景もすべてが歪んで見える。
そして、そのすべてになんとも言い難い奇妙な感情が神栖の心を駆け巡る。
まるで、それは自分の目がすべての表情を感じ取っているかのようだ。
「これからどうしよう」
神栖は苦悩する。
神栖にとって、小説を書けないことは“死”も同然なのだ。
なぜなら……。
「とりあえず、今は一旦休めって言われてるのかな……。最近、新人賞の締め切りに追われっぱなしだったし」
そう自己完結すると、再び目を閉じる。
目を閉じると、――あの歌が耳に届いてくる。神栖にとってそれはとても心地の良いものだった。
その時、神栖は実家でアニメを見ていた。
そのアニメの中では主人公やヒロイン、親友が小説家の作品だった。
「あの、作品は……」
そこで意識が朦朧となる。
「……はっ!」
重い瞼を開ける神栖。どうやら、寝ていたようだ。どうやら夢を見ていたらしい。しかし、どんな夢かは覚えていない。
「なんのゆめだったんだろう」
思い出せない様子の神栖。
その目の前には、温かみを感じる絵が飾られていた。
なぜか、安心する様子の神栖。
「小説を書こう」
そうタブレットを開くが、やはり文字がごちゃごちゃになってしまう。
「……やっぱ、書けない」
お手上げ状態である。本当に困った様子。
そんな中、メール箱に一件新着のメールが届いてた。
「ん? なんのメールだ?」
メールが届くというのは滅多にないので、どんな内容かも検討のつかない様子の神栖。
「もしかして、架空請求かな?」
もし、そうだったらどうしようと悩む神栖。
病院には一人しかおらず、頼る人もいない。
「俺、へんなサイトにでも登録したかな……」
不安になっている様子の神栖だが、そんな風になりながらも恐る恐るメール箱を開く。
すると、『あなたの小説あてに一件のメッセージがあります』との一言が。
「……なんのメッセージだろう?」
なんのどんなメッセージかはわからないが、とりあえず開いてみる。
メッセージ欄にページを飛び、どんなメッセージなのか見てみる。
すると、それは一件の――感想だった。
それは、初めて作品を最後まで書き上げて、小説投稿サイトに投稿したものだった。
この事実に神栖は幸甚の至りだった。嬉しすぎて嬉しすぎて言葉が見つからない。
感想の内容は、神栖と同じく夢を目指している子からの感想であり、とても読んでて面白かったというものだった。その人曰く、小説は余り読んだことが無いようで、神栖の作品が初めて最後まで読んだ作品とのことだった。
「……感想だ」
この感想が初めてもらった感想だった。
正直に言うと、小説投稿サイトに投稿するのを憚っていた。
というのも、まだまだ感想貰った作品が、初めて最後まで完成させたものだったからだ。
「批判されると思ってたんだけどな~」
その思いとは裏腹に、まさか嬉しい感想が返ってくるとは……。
はっきり言って、批判されても嬉しかった。なぜなら、読んでくれないと批判さえもできないからだ。――自分の作品を読んでくれている。それだけで嬉しいからである。
この感想を貰ったのは、『夢』を追いかけている人。
神栖と同じ小説家かもしれないし、別の何かかもしれない。
だが、同じ『夢』を追いかけている人。神栖と同じ『夢』を。
「こんなの貰ったら、頑張るしかないじゃん」
しみじみと言う神栖。そんな神栖の目からは一筋の涙が零れていた。
見てる人は見てる。そう神栖は感じているようだった。
「頑張らないと、この人のためにも……そして、自分のためにも絶対夢を叶えるんだ」
たった一人からの感想だったが、その一人の感想が何人もの何人もの感想のように、大きく大きく神栖の心を揺らしていた。
一人の人が最後まで読んでくれて、感想くれてこれなのだ。
……もし、自分の本が店頭に並んで、それを手に取って読んでくれたら。
……もし、それで感想をくれたら。
……もし、そして、その人の人生を変えるきっかけになってくれれば。
そんな考えが神栖の頭に浮かぶ。
「もしそうなったら嬉しいな~」
そして、小説のモチベーションがあがる神栖。
そのモチベーションが高ぶったまま、タブレットに手を伸ばす。
しかし……。
「……だめだ。文字が書けない」
どうしても文字がぐちゃぐちゃになってしまう。頭の中ではイメージできているのに、なかなかそれが文字に起こせない。すべて駄文に見えてしまう。
どうすればいいんだと悩む神栖。
しかし、その答えは自問自答を何度しようと出てこない。
……書く。
……書けない。
……書く。
……書けない。
……書く。
……書けない。
こんな生活が何日も続いた。
確かに、読者の感想を貰ってテンションと共にモチベーションが上がった。しかし、書くことはいつになってもできなかった。
書こうとして書けないたびに、神栖は苦悩した。
この時の神栖は、気持ちだけが先走っている様子だった。その気持ちに体が追い付いていないのであろう。
そして、そんな気持ちだけ先走っている日々が何日も続いた。
書こうとしてはぐちゃぐちゃになるの繰り返しだった。
そんな日々に、だんだん神栖は小説を書くことに対して拒否反応が出てしまう。
小説を書こうとすると、体調が悪くなるのだ。
こんな経験は初めてだった。
心臓がギュッと握りつぶされたような感じがし、吐きそうになる。
否、実際に吐いたこともあった。
どうしても小説を書くと苦しくなってしまう。
そして、ついに神栖の心が限界を迎える。
こんな状態が一生続くなんて、考えられないし、考えたくないと思っているようだった。
「もう、無理」
ついにパンクした。
「小説なんて書きたくない。こんなつらい日々送り続けるなんて無理だ」
小説を書くのが楽しかったころ頃には考えられない言葉が、口から思わず出る。
「もう、おれには一生小説を書くことができないのかな……」
――そして「無理なのかな……」から「無理」に代わるまでの時間は余りかからなかった。
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