第16話 マーメイド
その頃、城里はコンクール真っただ中だった。
髪を気合入れるために、黒髪のボブに切った。
歌のために、引き締まった体。
大丈夫だ。
「エントリー№1……」
さっそく初めの人の名前が呼ばれた。
呼ばれた人は、緊張した様子で「はいっ!」と返事をし、前へと進む。
その足取りは、鉛が足についてるかの如く重そうだった。
一歩一歩進んでいく最初の人。
そして舞台の中央に立つと、ぺこりとお辞儀をし、挨拶をする。
「エントリー№1、〇〇です。よろしくお願いいたします」
今回の全国のコンクールは、二種類歌を歌う。一つは、課題曲。二つ目は自由曲だ。
そして、課題曲はバラード。自由曲はアップテンポの曲と決まっている。
一人目の人が自己紹介している頃、城里は不思議と落ち着いて、待合室で待っていた。
一人目の自己紹介が終わったのだろう、歌声が聞こえてくる。
ここまで聞こえてくるということは、とてつもない声量なのだろう。
「やっぱ全国は凄い……」
そう言う城里。
やはり全国はレベルが違うと感じているようだった。
「だけど……私だって全国に来れたんだ。きっと大丈夫」
城里も緊張していたが、いい意味で緊張していた。これならいいパフォーマンスができるだろう。
「……ありがとうございました!」
そうしているうちに、最初の人が歌い終わった様子だった。
歌声がなくなり挨拶しているのが聞こえた。
そして、二人目が呼ばれる。
二人目が控室から出て、ステージへ向かう。
その間、城里は何していたかというと、周りの人を観察していた。
中には一人ずっと黙ってる人。音楽を聴いてる人。歌の声出しをしている人。
様々である。
それぞれが強い思いをもってこの場所にいるということが伝わってくる。
そんなことを考えていた城里だったが「エントリー№」と呼ばれるたび、緊張しないと思っていたはずなのに緊張してきた様子だった。
そして、その緊張が体にも表れてくる。
「おなかの調子が……」
お腹だけではない。緊張で吐き気まで襲ってくる。
こんなこと初めてだった。
「私って、私が思っている以上に緊張しているんだ」と、一人呟く。
だが、時間はそんな城里の様子を知らずに、無残にも流れていく。
時間は待ってくれないのだ。
「エントリー№45、○○さん、ステージへお越しください」
自分のエントリーシートを見る。
自分の順番は、46番この次。
前の人が呼ばれたということは自分の番はもうすぐなのだろう。
緊張する。だが、緊張しない。
……歌声が聞こえる。
とてもきれいなバラードだ。きっと課題曲なのだろう。
歌声が最初の人と違って繊細で触ったら壊れてしまいそうなガラスみたいだ。
……歌声が途絶える。
バラードが終わったのだろう。会場は異様な静けさに包まれている。
……歌声が聞こえる。
アップテンポだ。今度は、自由曲なのだろう。
アップテンポな曲は、声質が変わっていた。力強く、土に深く根を生やしたようにどっしりいている。しかし、繊細さは変わらず、まるでそのどっしりとした根から生えている木の枝がポキッと小さな力ですぐ折れてしまいそうだ。
……歌声が途絶える。
この合図でいよいよ城里の番が来たということがわかる。
――いよいよ城里の番だ。
「エントリー№46、霞ヶ浦城里さん、ステージへお越しください」
緊張している様子の城里。自分では気づいていないのだろうが、足がガクガク震えている。
「はいっ!」
自然と足だけではなく、声も震える。
心臓がバクバクする。緊張という名では表せられないくらい緊張している。
一歩一歩、少しづつだけど、着実にステージへ向かう。
ステージは思った以上に眩しかったらしい。城里は眉を顰める。
審査員の人の顔がよく見える。
よく、アイドルの人が一人一人目が合うとか顔がわかるというのは、あながち間違いではないのであろう。
改めて審査員の顔を見てみる。
一人一人、様々な表情をしている。
うーんとうなっている人、じっと見つめてくる人、ニコニコしている人、様々だ。
正直、城里からは、審査員の顔がすべて親の仇を見ているかのように怖く感じている様子だった。
……怖い。……怖い。
何が怖いって、自分を出せるのか怖い。失敗するのが怖い。否定されるのが怖い。
しかし、今、自分にスポットライトが当たっている。
怖い……だが――ここからは私がこの舞台の主役だ。
「エントリー№46番、霞ヶ浦城里です! よろしくお願いいたします」
ここでアナウンスが流れる。
「では、課題曲行きます」
課題曲は何度も言うが、バラードソング。
どのようなバラードソングかというと、失恋ソングだ。
城里は、恋人を失った人の気持ちを自分に重ね合わせ、表現豊かに歌う。
好きな人を失った悲しみを、好きな人を失った寂しさを。
すべて、歌に込める。まるで、自分が恋人を失ったように。
それは、まるで海でハープを弾きながら歌うマーメイドのような歌声だった。
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