第9話 それぞれの日常
大子は、授業が終わり、自分の運命を変えてくれた小説について改めて考えていた。
物語は面白かった。だが、小説投稿サイトであり、書店で売られているプロの作家の書く作品とは雲泥の差で、よくわからない場面や、表現が拙いことが多々あった。
しかし、それも自分と同じどこかの誰かが書いてるんだと思うと、勇気づけられた。
「この人は俺みたいに、プロ目指してるのかな、それとも趣味かな」
自然とこの作者のことを考えてしまう。
「俺と同じプロを目指している人だといいな」
自分と小説の作者を重ね合わせる大子。すると、いいことを思いついた。
「そうだ、感想を送ってみよう」
自分の文字の表現では、どのくらい伝わるかわからないが、伝えようと思った。否、伝えなければいけないと思った。なぜかはわからないが、自然とそう思った大子。
そして、大子は「ふぅ~」と息を吐き、
「送信!」
と、感想を送ったのだった。
そして、しばらく余韻に浸り、「送っちまった……」と天井を見上げる大子だった。
その瞬間、城里は立ち上がっていた。
――名前が呼ばれた。
とてつもなく嬉しかった。認められた気がした。何でもない自分が、何かになれた気がした。
しかし、まだまだ夢の途中。
次のステージがある。
「今くらいは、余韻に浸ってもいいよね」
城里は未だに実感がなかった。
そして、授賞式が行われた。
審査員が城里の名前を呼ぶ。
「霞ヶ浦城里さん。おめでとうございます」
「あっ、ありがとうございますっ!」
この症状を貰って、やっと実感が湧いてきた城里。
頑張ってきてよかった、そう思いながら賞状を見る。
途端、昔のことがまるで何かの映画のように頭に流れる。
ボイトレのレッスンで怒られて泣いた日々。
カラオケに朝早くから夜遅くまで一人で閉じこもり練習した日々。
腹筋などの筋トレでアスリート並みに汗を流した日々。
このように様々な手段を使って、自分を次のステージへと高めた。
家族もオーディションを観客として見に来ていた。
泣いていた。涙を流しながら喜んでいた。まるで、自分のことのように。
全国への切符を手に入れたということも嬉しかったが、何より家族の喜ぶ顔が見れたことが本当に嬉しかった。
頑張ってきた甲斐があるというものだ。
次は、全国。
「絶対、歌手になってやる」
自然と決意が口から漏れる。
「家族のために、絶対歌手になるんだ」
再び、自分に気合を入れる。
そして、城里には頑張ってきた盟友がいた。
これは夢についての応援歌であり、このベリーグッドマンという歌手は様々な応援歌を歌っている。曲名は違うが、プロ野球選手が入場曲として使っている人もいる。
その歌詞に、いつも励まされている。
授賞式が終わりイヤホンを手に取り、耳にはめる。
『「あぁしとけばよかった」なんて言いたくないから今日も~♪ フラフラになりながらでも諦めない~♪ 「絶対に諦めない」~♪』
こんなメロディーが流れてくる。この歌詞に何度助けられたことか。
これからが本番だ。
そして、回想は終わり今へと戻る。
いよいよ、自分は次の出番。緊張する。大丈夫かな。不安がよぎる。
「ここまで来たんだもの。あとはやるだけだよね。大丈夫、大丈夫」
自分にうまくいくおまじないをし、自分を奮い立たせる。
前の人が歌い終わった。
城里は、「ふぅ~」と息を吐くと、
「エントリー番号十一番、霞ヶ浦城里さん」
――いよいよ、私の番だ。
あみは料理を作っていた。
料理名は、『タコとエリンギのコンソメバター炒め』。
手順としては、
一、タコをまず食べやすい大きさに切り、エリンギは輪切り、ブロッコリーも切り、にんにくの芽を取り除き包丁の腹で潰す。
二、ブロッコリーをレンジで一分加熱する。
三、フライパンにオリーブオイルとにんにくを入れ、香りが出るまで加熱する。
四、香りがでたら、エリンギとタコを痛め、火が通ったら①を加えて炒め完成。
というような工程である。
ポイントとしては、香りをだすために、にんにくは油でじっくり火を通して香りを引き出し、ブロッコリーは加熱のしすぎを防止するためにあらかじめレンジで火を通しておくということだ。
あみは、これらのことが頭に入っている。そう。料理上手なのだ。冷蔵庫の中にあるものだけで、ご飯をチャチャっと作ることができる。
ジュージューと美味しそうな音がリビングを駆け巡る。
「よしっ! できたわ!」
サッとフライパンからお弁当容器に移す、あみ。
「お兄ちゃん、できたわよ~!」
と、部屋に向かって叫ぶと、遠くのほうから「おぅ~」と返事が来る。
そして、コツッコツッと上のほうから一階へと下りてくる足音がする。
神栖が、リビングへと入ってくる。
「あみ、お弁当ありがとな」
「うん! 今日も授業頑張ってね!」
「おう!」
「あ、あと、病院も……ね?」
「善処します。あみも第一志望受かるために勉強頑張ってな」
「うん!」
そんな会話をしつつ、神栖を玄関まで見送るあみ。
あみは。「ふぅ~」と息を吐くと、
「いってらっっしゃい! お兄ちゃん!」
と、神栖を見送ったのだった。
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