第8話 完成

 神栖が小説を投稿したころ、みらいは家にいて、病院での先生との会話を思い出していた。


「頑張らないとですね」

 ボソッと独り言が口から漏れる。そして、物語はみらいの診察へと戻る。


 ついに言ってしまった。そのことだけが、胸を占めていた。どんな反応をされるのだろうか。


 行方との間が永遠にも感じる。


 そして、行方が口を開く。出てきた言葉は、みらいの想像を超えるくらいあっけない言葉だった。


「……いいと思います」

 この言葉に、みらいは鳩が豆鉄砲をくらったような表情になる。


「……ほ、ほんとですか?」

 みらいは、おそるおそる尋ねる。


「はい。みらいさんはどのような絵を描かれるんですか?」


「こんな感じです」


 携帯で、自分の絵を見せるみらい。その絵に、一瞬、行方の顔が曇る。そして、それを悟ったように、みらいも下を向いた。

 この絵を見て、行方は一つ気がかりなことがあった。それはこの絵がイラストレーター描く絵とは、まったく違うベクトルの絵ということだった。アニメ向きの絵ではない。


 しかし、みらいに絵の才能があるのは一目瞭然だった。


「みらいさんの絵を見させてもらいましたが、みらいさんには、やはり才能があると思います」


 この行方の一言に驚いたような表情を見せる、みらい。


 まさか、『才能がある』なんて言われるとは、これっぽっちも思っていなかったのだろう。


 どういうことだろうか、みらいにはこの言葉の真意がわかっていなかった。

 そんなみらいの心中を察したのか、行方が説明する。


「みらいさんの病気にかかる人には、とある特徴があるんです」


「特徴?」


「はい」


 行方は、一泊間を置き、「それは……」と話し始める。


「みらいさんの病気にかかる人は、芸術面で素晴らしい才能がある人がたくさんいるんです。みらいさんも例外ではありません」


 そんなものがあるのか、知らなかったと驚く、みらい。


「芸術というのは、文筆、絵、演技、音楽などのことを指します」


「そうなんですね……」


「みらいさんの病気。そう青年期失調症はね」



 ――青年期失調症。



 十代後半から二十代後半にかけての青年期の男女にかかりやすいと言われている、原因不明の病気。


 遺伝ではないかとも言われていたり、外界的要因ではないかとも言われている。

 この病気にかかって、たくさん苦労したが、まさかこんな副産物があるとは……。


 みらいは嬉しかった。この病気のせいで、すべてに絶望してきたから。


 やっとこの病気を受け入れられる気がした。


 それと同時に行方の表情が一瞬曇ったのが気がかりだった。

 しかし、そんなことみらいは嬉しさのあまり忘れてしまっていた。


「ありがとうございますっ! イラストレーターになれるように頑張りたいと思います!」


 行方は嬉しそうに笑った。


 みらいは、「……だけど」と付け加える。


「私の絵、評価されないんです。何度も新人賞に送ってはいるのですが……。家の人たちには、こんな絵描いてるなんて言えませんし……」


「まあ、評価されるのは時間かかります」


 行方は、「私も……」と言いかけたところで、口を閉ざした。


 そして、「それなら……」と行方はみらいに提案する。


「みらいさん」


「はい?」


「この病院にみらいさんの絵をかざりませんか?」


「え⁉ いいんですか⁉」


 行方はにっこり笑って、

「はい」


「ぜひ! お願いします!」


「わかりました。じゃあ、暇な時でいいので、絵を持ってきてください」


「わかりました!」


 みらいは、今日病院に来てよかったと思った。才能があると言われただけでなく、自分の絵を飾ってもらえるというのだ。自分の絵を見てくれる人がいる。それだけで、みらいはとてつもなく幸せだった。


 そんなことを思い出しながら、嬉しかったという感情を絵に乗せて伝えようとする。みらいは、最高の絵を描き上げるために尽力した。


「もうかれこれ、まともに寝てませんね……」


 そう、文字通り、身を粉にして描いた。そして……。

みらいは、「ふぅ~」と息を吐き


「……できましたわ」

 


――絵が完成した。


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