5つの物語が紡ぐ一つだけの物語

七夕しあ

第1話 作品

カタカタとパソコンのキーボードが叩かれる音が部屋中に響く。


「ふぅ~、いやはや大変だった」


 そう、ふと声を漏らしたのは、古河こが神栖かみす。大学生だ。

 もう冬だし、寒くなってきたな、そんな独り言を呟きながら作業をする。

 年が明け、新年ムードも終わり、テレビは新年の特番番組から普通の情報番組へとシフトしている。

 そして、そんな神栖の元へ一人の訪問者がいた。


「お兄ちゃん、一緒にアニメ見よ!」


 彼女の名前は、古河こがあみ。今年、受験が終わった神栖の妹だ。

 ヘアスタイルであるボブの髪の毛を人差し指でクルンクルン回して遊びながら、あみは尋ねる。


「原稿やってたの?」


「ああ。改めて読んでた」

あみは「そっか……」と何か思うところがあるのか、感慨深そうに眼をほそめる。


「アニメ始まるよ! 一緒に見るって約束だったでしょ!」

 そんなあみの誘いに、やれやれと手をあげながら、テレビの前に二人で座る。


「……緊張するね」


「……ああ、そうだな」


「……いよいよだもんね」


「……ここまで長かったな」


 二人で話しながら、アニメの始まる時間まで待機する。

 時刻は、午後二十二時五十八分。

テレビではゲームだろうか、CMが流れている。


「あと二分だね。あー! ドキドキしてきた!」

 

慌てふためくあみを横目で見て、自分以上に緊張している妹の姿に、ふふっと神栖の頬が緩んでしまう。


「あ! 二十三時になったよ、二十三時! 始まるかな⁉」

 あみは興奮気味に話すと流れてきたのは、アニメの主題歌だった。


「お兄ちゃん! OP始まったよ! OP!」


「見ればわかるって」


 神栖は、呆れながらに、テレビとあみを交互に見る。


「この女性、このアニメが初めてのシングルらしいよ」


「あみ、詳しいな」


「だって! この日のために、めちゃくちゃ調べたもん!」


平らな胸を前に出し、えっへんと胸を張るあみ。

「綺麗な声だね~。特に高音が好き……。歌も上手だし……」


 あみの言う通り、主題歌を歌っている人は、歌が非常に上手だった。

 デビューして間もないということで、これからのアニソン界隈を担っていく人材になるだろう、と勝手に予想する神栖。


 OPが終わり、アニメの映像がテレビに映る。

 アニメが始まったら、一話の三十分はあっという間に感じられた。

 その間、神栖とあみは、テレビに釘付けになっていた。


 アニメが流れている間、神栖は今までのことを思い出していた。

 楽しかったこと。辛かったこと。悲しかったこと。嘆いたこと。

 様々なことがこれまでにあった。


 そして、三十分という短い時間が矢の如く終わる。

 終わった後も余韻に浸り、ふと我に返ったのは数分後だった。


「すごかったね……」


「ああ、何と言っていいのか、言葉が出てこない、想像以上だった……」


 二人のアニメが終わって一言目は、この言葉だった。

 そして、二人での“アニメの感想を言う回”が行われた。


「なにより凄かったのは、主人公の声優さんだね! とても演技に熱がこもってたよ!」と、あみがいえば、


「絵も凄かったな! 絵師さん、神だわ!」と、褒める神栖。


 二人とも、印象に残ったのは違う場面だったが、お互いの言うこともわかったので、アニメの話は想像以上に盛り上がった。

 ちなみに、あみによると、この主人公を演じていた声優さんはデビュー作だったらしい。

 とてつもなく低い声でもなければ、とてつもなく高い声でもなく、聴き心地のいい声の声優さんだ。

 デビュー作という通り、その演技には熱と共に初々しさも詰まっていた。

 あみの予備知識に感銘を受けつつも、負けじと神栖も言う。

 そう、絵師さんのことだ。


「何といっても、この絵の色の独特なセンスが好きなんだ。まるで、誰にも理解されない中で、一人だけ孤高に絵を描いてきたみたいな」

神栖の熱のこもった言葉に、「へぇ~」と頷くあみ。

そして


「この絵師さんも受賞して初めての作品だぞ」と神栖が付け加えると、


「じゃあ、この作品はたくさんの初めてが詰まった作品なんだね!」


「そうだぞ、たくさんの人の思いが詰まった作品だ」


「お兄ちゃんの思いもね!」


「もちろん」

 と、二人で頷きあったのだった。


アニメも終わり、神栖の作業も終わる。


「よしっ! これでいいだろう」


「お兄ちゃん、原稿終わったの?」


「終わったよ」


「……うまくいくといいね」


「……ああ」

 神栖は「ふう」といったん息をつく。

 そして、徐々に“送信”ボタンに手を近づけていく。

 近づけてはこのままでいいのかと躊躇い、近づけてはもっと改稿してよくできるんじゃないかと悩む。


 暫く、手が自分とパソコンを行き来する。

 その時、あみの手が神栖の手に重なった。


 まるで、「大丈夫だよ」と言われているみたいだった。

 その手に勇気づけられる。


 そして、神栖はパソコンの“送信”ボタンをクリックするのであった。

 神栖とあみは、何度も手を合わせ、成功を願っていた。


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