第11話 青年期失調症

気づいたら、神栖はベッドに横たわっていた。


「……んっ」

息が漏れると、聞きなれた声がした。


「お兄ちゃん⁉」


 それは妹のあみの声だった。

 そして、あみは「行方先生を呼ばないとっ!」と言うと、忙しなく何かボタンをポチっと押すと、しばらくして知らない大人の人が数人入ってくる。


「……ここは」


その慌ただしさに、神栖の朦朧とした意識が、雲が晴れるかのごとくはっきりする。


「お兄ちゃん、わかる? あみだよ」


 あみが、優しく神栖に話しかける。

 それに続いて、神栖は口を開く。


「……あみ? ここは……どこだ? あれなんであみがいるんだ? あれ、おれ学校は?」


 急な展開に戸惑う神栖。

 すると、隣で様子をうかがっていた行方が口を開く。


「古河神栖さん、私が誰だかわかりますか?」


「……」


 神栖はしばらくボーっとした後、ふと我に返りネームプレートをちらりと見て質問の答えを投じる。


「……行方先生ですか?」


「はい、桜川行方です。ここがどこかわかりますか?」


「……病院ですか?」


「はい。そうです。病院です」


 そう聞くと、神栖は納得したようで

「おれ、倒れたんですね」


「そうだよ、お兄ちゃん。それで救急車で搬送されたの」


「そうなのか……」


「状況把握が上手くいったということで、古河さん、何が学校であったか教えてもらえませんか?」


 神栖は学校での出来事を思い返す。突如、脳内に語りかけるように自分に向けられた罵詈雑言を。

 神栖はそのことを行方に詳しく話した。

 そして、行方も神栖に質問をし、それに神栖が答えるという問答が十分間くらい続いた。

 行方は「なるほど」と頷いたり、首をかしげると思い口を開くように、神栖に話しかける。


「……神栖さん、あなたは……」





「――青年期失調症ですね」





「神栖さんには青年期失調症の症状が当てはまってます」



――青年期失調症。耳なじみのない病名だった。



ここで、あみが行方に尋ねる。

「どういった病気なんですか?」


「脳内に直接話しかけるような声。これは幻聴であり、学校にいた大量のムカデやゴキブリは幻覚ですね。青年期失調症の症状の一部です。主に十代後半から二十代にかけて発症すると言われています」


 さらにあみは尋ねる。


「先生。お兄ちゃんは治るんですか?」


 行方は少し考え事をしているようだった。

 まるで投げかける言葉を選ぶかのように。


「……はっきり言うと、治りません。この病気は一生かけて治療していく病気です」


「……治らない」


 その一言で、事の重大さを思い知る。


 頭が真っ白になる、あみと神栖。

 しかし、行方は微笑んで「安心してください」と言い、昔は治らず閉鎖病棟に入院せざるを得なかったが、今では医療技術が発達し、寛解する病気になったのでちゃんと治療すれば大丈夫だと答えた。


「よかった……」


 あみが安堵の息を漏らす。神栖以上に神栖のことを心配してたようだ。


「しかし、入院してもらいます。安静に過ごすように」


 そういうと、行方はハッと何かを思い出したようで

「古河さん、このラジオでも聞きながら安静にしててください」


「わかりました」


 行方が病室を退出すると、改めて病室を見渡す。

 その病室は個室で、絵や花瓶などが飾られていた。

 そして、一段落し部屋を見渡す。


 飾られている絵はとても特徴的で、普通の人には書けないような絵だ。

 しかし、その絵を見ると安心するようだった。


そして、行方のおすすめされたラジオを聴く神栖。


 そこでは、歌の大会が開かれているようだった。誰もが上手く聞き入ってしまう。

 そこでとある人の歌声に心を打たれる。とても力強く、そして儚く、そして、包み込んでくれる、そんな歌声だった。


 まるで、一人じゃないと言われているようだった。

 神栖が眠いのを察したのか、あみが神栖に一言。


「お兄ちゃん、ゆっくり休んでね。またお見舞いに来るよ」


「わかった、あ、そうそう、あみ?」


「ん?」


「……これ、渡すの遅れたけど、あみももうすぐ受験だからな! 合格祈願のお守り!」


「わぁ~! ありがとう!」


 そういって神栖がバッグから取り出したのは、ここらでは有名な神社のお守りだった。

「どうぞ」と言いながら渡す神栖。


 はっきりと『合格祈願』と書いてある。


「じゃあ、受験頑張ってくるね」


「おう! 頑張れ!」


 あみは元気よく「うん!」と返事をしながら病室を出る。

 その姿を最後まで見送り、再びラジオを聴く。


「この歌、歌っている人誰だっけ? 名前、忘れちゃったな……」


 その歌を聴きながら、神栖は眠りに再びつくのだった。

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