第16話 予兆


「ミノリさん!本日はどのような特訓をなさるのでしょうか?」


 昨日面接に合格し、今日から晴れて『スゴい部』の部員になったメアリが目を輝かせる。

 午前中に設置されたクーラーが部室全体を天国にしてくれている以上、メアリに「あの話は盛ってました」と伝えるわけにはいけない。俺は昨夜のうちに考えてきた言い訳をする。


「……その事なんだけど。一昨日の俺とムギの一件で、今後部室での戦闘技術の練習が禁止されてしまったんだ。申し訳ないがこれからは知略戦を鍛えるために部室内の自習がメインになる」

「まぁ、やはりそれほど危険な部活でしたのね。……分かりました私も知略戦で戦っていけるよう勉学に励みます」


 理解が早すぎて逆に怖い。というかこの子は何と戦おうとしてるんだ?


 俺とメアリは早速机に勉強道具を置き、各々勉強を始める。ちなみにマキ先輩は用事があるそうで今日は部室に来ていない。モトオリは珍しく保健室で仕事をしている。


「ミノリさん、ここはこれで良いのでしょうか?」

「えーっとここは……」


 メアリからの質問を出来るだけ分かりやすく教える。メアリも優秀なのですぐに理解してくれる。

 逆に俺が分からない所はメアリが丁寧に教えてくれた。


 今まで誰かと一緒に勉強を教えあったことなどないので気づかなかったが、一人でやるより格段に効率が良い、かなり捗る。


「ミノリさんは頭がいいんですね」

「いやいや、メアリ程じゃないって」

 そう言ってお互い目を合わせて笑いあう。


 おいおいなんだこれ、めちゃくちゃ楽しいぞ。普段周りにいる変な人達とメアリは天と地の差がある。何に対しても丁寧で品があり、優しくて素直だ。まさに俺が『スゴい部』の部員として求めていた人材。なぜこの子を落とそうとしたのか、昨日の俺を柔らかい豆腐で殴りたい。


 はぁ……これが永遠に続けばいいのに……。


 そんな付き合って一週間の彼女みたいなことを考えていると。部室の扉が開いた。いや、開いてしまった。


「失礼しまーす……って!クーラーついてる!ひゃああー涼しいー。生き返るぅぅ。あ、温度下げていいですか?えいっクールダウン!!」


 流れるように入ってきたハイテンションなムギが部室の温度を下げ、俺の怒りメーターを上げる。


「あらムギさん、随分と元気がよろしいですね」


 メアリはウザそうな顔一つせず笑顔でムギに話しかける。


「あれ、今日はメアリ先輩もいらっしゃるんですね?二人とも何をしてるんですか?」

わたくし達は勉学に励んでいるところです」

「えーべんきょー?そんなの帰ってからも出来るじゃないですかー、せっかく私が来てあげたんですし遊びましょうよー」

「あらあら、困りましたね。ムギさんはこう仰られておりますが、如何致しましょう?……ッ!」


 メアリがこちらに顔を向けると同時に、ギョッとした表情になる。自分では意識していなかったが、ムギへの怒りが顔に出ているのだろう。


「そんなのミノリ先輩も可愛い後輩と一緒に遊びたいに決まってますよ!ほらほら、机の上を片付けましょう」


 ムギは俺の教科書やノートなどを閉じて、雑にまとめていく。怒るなミノリ……大丈夫だ……冷静になれ。


「……」

「もー、何か喋ってくださいよー。どうしたんですかー。あ、もしかして何で遊ぶか気になってるんですか?今日はですねートランプ持ってきましたよ」

「……」

「えー?違うんですか?……というか顔怖いですよ。なんがありました?」


 何も理解出来ていないムギにメアリが慌てて声をかける。


「む、ムギさん。ここはミノリさんに謝ってはいかがでしょうか?」

「え、なんで謝るんですか?」

「気づいていないんですね……ミノリさん、相当お怒りのようですよ」

「これ怒ってるんですか?えー、私何かしたかなー」

 顎に手を置いて考える。


「あ、分かった!ミノリ先輩はもっと大人な遊びがしたいんですね!もーエッチですねー」


 ムギはドヤ顔で俺の頬を人差し指でツンツンしてくる。

 それと同時に頭の中から「ブチッ」と何かが切れる音がした。





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「びえええん!!べづにぞごまでいわなぐでいいじゃないでずがあぁぁぁ!」

「うるさい、黙れ」

「ひどいですぅぅぅ!」


 俺が1時間ほどネチネチと説教をした結果ムギは狂ったように泣き出した。

 今はソファーに座るメアリの膝の上で頭を撫でられながらスカートを濡らしている。


「ミノリさんは少し落ち着きになられてください。これ以上言われますとムギさんが壊れてしまいます」


 メアリの言葉で俺は我に返る。

「……そうだな、一旦落ち着こう」

「うぅぅ……メアリ先輩は私の味方なんですね?」

「いえ?今回はムギさんにも悪い所がございましたよ?しっかり反省なさってください」

「うえぇぇん、現実は非情だぁぁ」


 自分の一言で更に泣かせた相手をメアリは優しく撫でる。いいぞもっとやれ。


「そもそも、ここの部員なんですから何やってもいいじゃないですか!」

「いや、ムギは部員じゃないだろ」


 俺は手を横に振って否定する。というか部員なら何でもしていいわけないだろ。


「うー……あ、それならメアリ先輩も違いますよね!?」

「メアリは部員だぞ?」

「え!?落としたんじゃないんですか?」

「はは、こんな優秀な人を落とすわけないだろ」

「ほ、本当なんですか?」

「えぇ、ありがたいことに」


 目を丸くしたムギにメアリはゆっくり頷く。


「じゃあ尚更入部させてくださいよ!メアリ先輩は入れて私はダメなんて許せません!」

「断る」

「ムー!だいたいなんでミノリ先輩が決めるんですか!部長であるマキ先輩にも話してくださいよ」


「そんなの話さなくてもー……ん?この部ってマキ先輩が部長なのか?」

「……え、違うんですか?1番年上なんですよね?」


 確かに年上だけど、あの人から部長だと聞いたことはないな。

 ムギの言葉にメアリは頷く。


「言われてみればそうですわね。私もずっとマキさんが部長さんだと思っておりましたが……実際は決められていないのではないでしょうか?」

 決められてない……


「そう!決められていないのだよ!」


「「「!?」」」


 突然後ろから聞こえてきた大声に俺達三人はいっせいに窓の方を見る。


「ま、マキ先輩いつの間に……?」

「フッフッフ……普通にドアから入ってきたが誰にも気づいて貰えなくて泣きそうだったぞ!」

「それはホントにごめんなさい!」


 うわー、全く気づかなかった。あんなに存在感あるのに。


「それにしても、『スゴい部』には部長さんがいらっしゃらないのですね」

「あぁ、だから今日は部長を決めてもらう」

「と、唐突ですね……」


 部長は鞄からテレビでよく見るような横長の白いフリップを出す。なんでそんなもん持ってるんだよ。


「題して!第1回『部長戦』の始まりだ!」


 フリップを裏返すとゴシック体で『部長戦』とだけ書かれていた。いりますそれ?


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