第5話 迷い人


『やぁやぁミノリ君、遅れてすまないね。ところでこれはどこをどう行けば出口に着くんだい?』

「ここの駅ってそんなに複雑でしたっけ?」


 日曜日、俺とマキ先輩は『十時に駅前の猫の銅像付近で待ち合わせ』という計画を立てていた。

 時間になり俺は何事もなく集合場所に到着したのだが、そこにマキ先輩の姿はなかった。電話をかけると案の定迷っているらしい。


『ふふふ、自慢ではないが私は少しだけ方向音痴だからな』

「それを自慢と思う人はいませんよ?ちなみに○○駅には着いてますよね?」

『あぁ、確かにここは○○駅だ、それは間違えていないが出口がないぞ?日ごとに変わるのかい?』

「それ誰得なんですか?そうですね……近くに何があります?」

 とりあえずマキ先輩の現在地を把握するために目印を聞いてみる。


『そうだな、髪の薄い眼鏡をかけた50代くらいの中年サラリーマンがいるな』

「それを聞いて俺はどうすればいいんですか?動いてたら意味ないですよ」

『じゃあ止まってきてもらうか』

「中年サラリーマンが困るんでやめてください。近くの店とか目印を聞いてるんです」

『ふむ、それなら……宝くじ売り場があるな』

 なるほど、宝くじ売り場ね……ん?

「そこって出口近くないですか?」

『そうなのか?どっちに向かえばいいんだ?』

「マキ先輩から宝くじ売り場を見て左に真っ直ぐ進んでいけば大丈夫です」

 俺がそう言うとマキ先輩は『左……真っ直ぐ……』と呟きながら歩きだした。


『あ!あったぞ!光が見える、出口だ!』

 マキ先輩の嬉しそうな声が聞こえてくる。

「アニメの最終回みたいになってますけどまだ出会えてないですからね?あとは外に出たあとに右に真っ直ぐ行けば目的地なので頑張ってください」

『すまないなミノリ君。これなら三分後にはそちらに着きそうだな』

「いえいえ、それじゃあ切りますね」

『あぁ』


 そうして通話を切った後、俺はスマホを片手にマキ先輩が現れるであろう駅の出口をじっと見つめていた。



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 二時間後


「やぁーミノリ君すまないね、待ったかい?」

 大人びた半袖の白いワンピースを着こなすマキ先輩が悪びれる様子もなく俺の前に現れた。


「待ちましたよ、二時間十二分待ちましたよ。この猛暑の中二時間ですよ?後半の方なんか誰を待っているのか分からなくなりましたよ。というかなんで電話に出ないんですか?いつ来るか分からないからコンビニにもトイレにも行けなかったんですよ?」

 首に流れる汗を拭いながらマキ先輩を睨む。


「いやぁ申し訳ないね。駅前の地図を検索していたらスマホの充電が無くなってね。私もずっとここに向かおうと思っていたんだが中々たどり着けずに困っていたんだ」

 マキ先輩は眉を下げて「まいったね」と言いたげな表情をする。

「なんで俺の言った通りに行ってくれれば3分で着くのに迷うんですか?」


 すると、マキ先輩は誇らしそうに腰に手をあてる。

「だから言っただろ?私は少しだけ方向音痴だって」

「それが“少し”なら、方向音痴の人は今頃家に帰ってますよ」


 マキ先輩の態度に段々と怒りより呆れが勝ち始め、俺は深いため息をつく。

「とりあえず近くのファミレスにでも入りましょう。残念なことに時刻は12時を回ってますから」

「そうだな、私も暑くて倒れそうだ」

 マキ先輩は額に流れる汗を白いハンカチで拭う。


「財布だけ渡してくれれば、そこで倒れてていいですよ?」

「む?それは放置プレイと言うやつかい?」

「放置されたのは俺の方ですけどね」

 しかも二時間ね。


 俺はスマホで近くのファミレスを検索する。

「うーん、この辺にファミレスないですね」

「ふむ、それは残念だ。麻婆豆腐が食べたい気分だったんだが」

「ギリギリファミレスになさそうなものが食べたかったんですね。……あ、そこのショッピングモールの中にフードコートがありますよ」

 俺は近くの大型ショッピングモールを指さす。


「おぉ!あそこならそのまま買い物も出来そうだな」

「そうですねフードコートなら麻婆豆腐もあるんじゃないですか?」

「いや、今はハンバーグの気分だな」

「気分の更新早すぎません?」

「もう少しでみたらし団子になるぞ」

「次のも分かるんですね」

 というかメニューの幅広いな。


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 二十分ほどでフードコートに着いた。普通なら五分の距離なのだが、マキ先輩がすぐ別方向に歩きだすので相当時間がかかった。もう帰りたい。


 既に時刻はほぼ十三時なので席はそこそこ空いていた。

 俺たちは二人席に向かい合うように座る。


「マキ先輩、俺買ってきますけど何がいいですか?」

 俺は自分が食べたいのを決めると立ち上がる。


「気を使わなくていいよ、自分のは自分で買ってくるさ」

 マキ先輩も財布を持って立ち上がる。

「マキ先輩が買いに行くと戻ってこないので絶対ここにいてください」

「おっと、そういうことか。確かにその通りだな」

 スッと座る。やっぱり迷うんだな。


「ミノリ君は何を食べるんだい?」

 マキ先輩はキョロキョロと店を見渡しながら聞いてくる。

「俺はざるそばですかね、温かいのは嫌なので」

「ふむ……それなら私もタコ焼きがいいな」

「話聞いてませんよね?まぁ、タコ焼きでいいなら買ってきますね。いいですか?絶対この席から離れないでくださいね?」

 俺はマキ先輩にこれでもかと釘を刺して席を離れた。


 もちろんマキ先輩の財布を片手に。

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