第6話 金髪
先にタコ焼きを買ってマキ先輩の所に戻ると『お手洗いに行ってます』という置き手紙があったので八個中四個のタコだけを食べた。
その後、以外にもマキ先輩は戻って来れたので(人の倍は時間がかかっている)俺はざる蕎麦を買いに行くため、もう一度席を離れた。
お店は予想より空いており、俺とは別の女性の客が一人、お会計をしているだけだった。
ざる蕎麦を注文して数分後、トレーに乗せられたざる蕎麦を貰い、お会計をしに行く。
「どうしてもクレジットじゃダメですの?」
どうやら、前の女性が未だに支払いを終えていないようでつっかえていた。
俺と同じ高校生くらいの若さで、首まで伸びた綺麗な金髪に緩いカールをかけており、服装は高級そうな白いドレス……なんだろうけど、見た目の若さゆえにドレスを着たコスプレイヤーみたいだ。
そんな金髪は七色に光る頭の悪そうなクレジットカードを手に定員さんと揉めていた。
「そうですね、現金か電子マネーでしたら使えるんですが」
「そんな……
「申し訳ございません、そうなりますと今回のところは諦めて頂くしか……」
「……」
店員さんの言葉に金髪は眉を寄せ、目の前のうどんの載ったトレーに向かって下唇を噛む。
「そ、そうですわ!私のこの指輪と交換できません?一応ダイヤをあしらってますのよ?」
そう言って金髪は人差し指につけていた指輪を外して店員さんに差し出す。
指輪には綺麗にカットされた親指の爪程の大きさの宝石が付いている、もし金髪の言っていることが本当ならかなりの値が張るだろう。
まぁ、本物を見たことないから分からないんだけど。というかうどんに本物は出さないだろ、レプリカだなアレ。
「すみません、そういうのはちょっと……」
店員さんは両手を立てて金髪の指輪を拒否する。
それを見て少し落ち着いたのか、金髪は目線を下に向ける。
「そう……それなら諦めますね。せっかくシェフが作ってくれたのに申し訳ないわ。あなたにも無理なお願いをしましたわね」
そう言って金髪はトレーを店員さんに返す。その時の金髪は、まるで捨て犬を拾ってきた子供が親に言われて元の場所に返すような、そんな表情だった。
いや、それうどんだからな?
しかし俺はそんな彼女の表情を見て、思わず一歩だけ前に踏み出してしまう。
「あのー、俺払いますよ?」
突然横から現れた俺に金髪は目を丸くさせるが、すぐに笑顔になる。
「え!それ本当ですの!?」
グイッとこちらに顔を寄せて青い瞳を輝かせる。
「えぇ、まぁ五百円ですし……」
俺はそう言って、マキ先輩の財布から千円を抜き取り金髪に渡す。
金髪はそれを両手で受け取り、まじまじと見つめる。
「こ、これは本物のお札で、合ってますわよね?」
とおかしなことを聞いてくる金髪に苦笑してしまう。
「偽札ではないですよ?あ、いや、ありえるかもしれませんけど……」
マキ先輩が偽札を財布に入れている可能性は十分ある。
とにかく、そのお金で金髪は無事、うどんを買うことが出来た。
金髪はお釣りを俺に渡しながら感無量といった表情を向ける。
「本当、なんとお礼を申し上げればよろしいのでしょうか……あ、そうですわ!お礼になるか分かりませんが、こちらを差し上げますわね」
金髪はそう言って先程店員さんに見せていた指輪を差し出してくる。その指輪だいぶ安売りしてくるけどレプリカだよね?本物でも困るけど……。
「はは、別にいいですよ。このお金だって俺のじゃないし」
「そうでしたの?でしたら、そのお金の持ち主にこの指輪にお礼を添えて渡していただけませんか?」
金髪は俺の財布を持っていない方の手に指輪を無理やり握らせる。
「んー、まぁそういうことなら。それじゃあ今回はお互いチャラですね」
元々お礼を貰うつもりもなかったのだがそれで彼女の気が晴れるのなら受け取っておこう。レプリカの指輪でチャラになるのか分からないが、彼女の言う通りマキ先輩に押し付ければいいし。
「恐れ入ります」
そうして金髪は満面の笑みで一礼し、トレーと一緒に去っていった。
なんか本物のお嬢様みたいな人だったな。まぁ、本物だったらフードコートでうどんは食べないだろうけど。
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俺もざる蕎麦を買って自分の席に戻る。
「おや、随分遅かったな。迷ってたのか?」
「先輩と一緒にしないでください」
俺はそう言いながら椅子に座る。
マキ先輩はタコ焼きを食べながら訝しげな表情をしている。
「このタコ焼き……たまにタコが入っていないのだが、どうしてなんだ?それにちょっと形が崩れてるような……」
「最近、そういうロシアンルーレット的なのが流行ってるんですよ」
俺が適当に言うと、先輩は首を傾げながら「そういうもんなのか」と納得した。
「はい、マキ先輩これ」
俺はそんなアホなマキ先輩に財布を返す。
「おぉそうだったな。忘れてたよ」
マキ先輩は財布を受け取り小さい鞄にしまう。
「すみません、蕎麦とは別に五百円ほど多めに使っちゃたんですけど」
「そうなのか?別に構わないが、何か買ったのかい?」
マキ先輩は別段気にしない様子でタコ焼きを食べる。
「買った?と言っていいのか分からないですけど……あ、そうだコレあげますね。お礼も言って欲しい___」
俺はポケットから先程金髪から貰った指輪を渡す。
ガチャン
マキ先輩は指輪を見た途端、石のように固まり箸を床に落とす。
「あー、何やってるんですか」
俺は箸を拾い上げる。
「いや、いやいやいや、み、ミミミミノリ君!?その、なんて言うか、不意打ちでそういうのを出されるとこちらとしても準備というものがな……」
石化が解けたかと思えば、マキ先輩は手をワタワタと動かしながら訳の分からないことを言っている。こんなにマキ先輩が驚いているの初めて見た。
「なんでそんなに慌ててるんですか、どうせレプリカですよ?」
「レプリカって……本物でも偽物でも関係ないぞ?というか五百円でどうやってこんなの買ったんだ?」
「あー、確かに流れ的にそう思いますよね。ま、話すと面倒なんで五百円で買ったってことでいいですよ 」
俺はそう言って指輪をマキ先輩にグイッと寄せる。
「いらないって言っても受け取ってもらいますからね」
「ひ、ひゃうぅ……み、ミノリ君、君ってそんなにカッコイイやつだったのか?」
マキ先輩は何故か顔を真っ赤にさせて身を捩じらせる。
「ほら、早く受け取ってください。こっちもざる蕎麦が食べたいんです」
俺は指輪を受け取るように催促する。
「ま、まさかこの状況でざる蕎麦を優先させるとは、流石だなミノリ君……それじゃあ、着けてもらおうかな?」
マキ先輩はそう言って指先まで赤くなった左手を俺の目の前に出す。
なんで俺が着けないといけないんだよ……。
そう思いながらもこれ以上色々言うわけにもいかないので指輪をマキ先輩の手に近づける。
長くて綺麗な指に触れるとマキ先輩は少しだけ震えるが面倒なんでツッコまない。
俺は人差し指にサッと着けた。
それに対し、マキ先輩はこの世の幸福を全て詰め込んだような優しい笑顔を俺に向け「ミノリ君は非常識だな」と呟いた。
「あれ?もしかして指輪逆さでした?」
「ふふふ、いや合ってるよ」
マキ先輩はそう言って指輪を上に掲げて何回も微笑む。なんなんだ?
「やっぱり女性ってそういうの貰うと嬉しいんですね。本物か分からないのに」
「当たり前だろ?この指輪が本物だろうと偽物だろうと、君の私に対する心は本物だろう?」
すごい意味深なことを言われたがなんのこっちゃ全く分からない。まぁ、嬉しそうならそれに越したことはないんだけど。
それからマキ先輩は俺がざる蕎麦を食べ終わっても指輪を見つめてニヤニヤしていた。
こっそりタコ焼きを盗っても気づかないほどだ。
……あ、これタコないじゃん。
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