第13話 そう見えた
「……ッ!」
目を開くとそこには見覚えのある天井があった。
……保健室だ。どうやら俺は保健室のベッドで眠っていたようだ。
「お、起きた。気分はどうだ?」
隣からの声に顔を向けると腕を組んで椅子に座るモトオリの姿があった。どうやら俺は部室で息絶えることなく救われたようだ。
「……悪いです」
乗り物酔いをしたような気分だ。手に力が入らないし頭が痛い。
「そうか……ほら、水飲め」
モトオリは冷えたペットボトルを俺に渡す。その時、脇からタオルに包まれた保冷剤が落ちてきた。モトオリが挟んでいてくれたのだろう。
「ありがとうございます」
体に水を入れると頭の痛みが徐々に引いていくのを感じる。
「これで少しはマシになっただろ?もうしばらくはベッドで安静にしとけよ」
「あ、先生!ムギは大丈夫でしたか?」
ベッドから離れかけたモトオリを呼び止める。
「安心しろ、お前より症状は軽い。今はこっちにいる」
モトオリは自分の後ろにある仕切り用のカーテンを指さす。ムギは向こう側のベッドにいるようだ。
「起きてます?」
「いや、まだ……」
モトオリがそう言いかけた時、隣から毛布を勢いおくめくる音が聞こえる。
「それ私のプリンなんですけど!……え、ここどこ?」
「ちょうど起きたみたいだな」
モトオリは仕切りのカーテンを開く。
そこには汗だくのムギが目を丸くして固まっていた。
「おう、おはよう。気分はどうだ?」
モトオリの言葉にムギは肩を揺らす。
「ひゃっ……あ……だ、大丈夫……です」
「そりゃよかった。水持ってくるからちょっと待っとけ」
モトオリがベッドから離れるとムギは俺に視線を向ける。
「……あの、ここどこですか?」
「ここは保健室だ。部室の隣」
俺がそう答えるとムギは「あー」と納得したように呟く。
「お前ほんとに大丈夫か?痛いところとかないか?」
「頭が少しだけクラクラしますけど、それ以外は何ともないです。というか、ミノリ先輩こそおでこにガーゼ当ててますけど大丈夫なんですか?」
「ガーゼ?」
おでこを触ってみると確かにガーゼが付けてあった。
「ミノリが倒れた時にパイプ椅子に当たったらしくてな、デコが腫れてたんだ。あと腕にも内出血ができてるぞ」
戻ってきたモトオリがムギにペットボトルを渡しながら説明してくれる。
あ、ほんとだ。青くなってる……。
「うわぁ、痛そー。触っていいですか?」
「痛そうって思うなら触るなよ。痛いんだから」
体をこちらに寄せて手を伸ばしてくるムギから距離をとる。
「まー、それだけで済んだから良かったよな。逆にその怪我がなければ助からなかったんだし」
「え、なんでですか?」
モトオリの言葉にムギが首を傾げる。
「パイプ椅子の音が廊下まで響いたらしいんだ。それでちょうど近くを通った生徒が気になって部室を覗いたらお前らが倒れてたので俺に知らせに来てくれたんだ」
なるほど……パイプ椅子に倒れていなければ今もまだ隣の部屋で倒れていたってことか。そう考えるとゾッとするな。
「おぉ、ミノリ先輩流石ですね。当たり屋じゃないですか」
「当たり屋ってそういう意味じゃないからな?」
俺はモトオリに顔を向ける。
「俺たちを見つけてくれた人は……?」
「職員室に用事があったみたいだから今はいないな。終わったらお前らの様子を見に来るって言ってたしお礼はその時にしろ」
「分かりました。……モトオリ先生もありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
ムギも俺に続いて頭を下げる。
「おー感謝しろ感謝しろ。こちとら睡眠時間を削って助けてやったんだからな」
モトオリはどこか照れくさそうに頭を搔く。
「それにしても部室にクーラー付けませんか?さすがに暑すぎましたよ」
「せめて扇風機が欲しいです。ね?ミノリ先輩」
「お前は部員じゃないだろ」
「むぅー、いいじゃないですかー」
俺とムギのやり取りにモトオリはため息をつく。
「お前らなぁ……今回倒れたのは自分達のせいだろ?」
モトオリの言葉に俺らは目線を下にする。ごもっともだ。あんな馬鹿な張り合いさえしなければただ暑いだけで済んだはずなのだ。
「いやーまぁ、お前らももう高校生だし?そういう気持ちになるのは分かるけどさ……」
「え、気持ち分かってくれるんですか?」
まさか、あんなくだらない事に共感してくれるとは思わなかった。
「そりゃー俺にもそういう時期があったからな。でも、流石に部室でやるのはどうかと思うぞ?」
「場所の問題なんですか?大丈夫ですよ。もう一生やりませんし」
「一生ってお前……そこまで思い詰めなくていいんだぞ?」
別にそこまで思い詰めてはないんだけどな。
「というか、まさかミノリから始めてないよな?」
「当たり前じゃないですか。ムギが最初に抱きついてきたんですよ」
「お、おう……お前も結構大胆なんだな」
モトオリが引き気味にムギを一瞥する。
「へへへ、ちょっと調子乗ってました」
「ちょっと所じゃないけどな……というかミノリも乗るなよ。先輩なんだろ」
「言い返す言葉もないです……」
それからモトオリは気まずそうに頬を掻く。
「まぁその、なんだ。出来ればやらないで欲しいんだが。どうしてもやるとなったらどっちかの家で誰もいない時やれよ?あと、ルールを守ってしっかり回避しろよ?」
「なんですか急に、あれにルールとかいらないですよ」
「それは流石に不味いだろ。高校中退になるぞ?」
「それは言い過ぎじゃないですか?確かに今回は人生を中退しかけてましたけど……」
とここで、俺は先程からやけにモトオリと噛み合っていないことに気づく。
この人なにか勘違いしてないか……?
「モトオリ先生?一応確認ですけど、俺ら別にやましい事はやってないですからね?」
「やましいというよりヤラシイもんな」
あー!やっぱり勘違いしてるよこの人!なーに上手いこと言えたみたいな顔してんだこの人は!
「ヤラシイこともしてないですよ!」
「なんだ?今更無かったことにしようとしてんのか?別に言いふらしたりしないから気にすんなって」
「いやいや!無かったも何もやっていないですって!」
「やる前だったもんな」
「そういう事じゃなくて!」
不味いぞ、ここで訂正しなくては
「俺とムギはそういう事をしようとして倒れたわけじゃないです!」
「はいはい、制服のボタン全開だった人が何言っても無駄だって」
「あれも違うんですって!」
確かにモトオリが部室に駆けつけた時。ムギが裸足で机に寝転がっていて、俺はその隣のパイプ椅子に倒れていたわけだ。そう思ってしまうのも仕方ない。むしろそう思わない方がおかしい。
「先輩はこう言ってるけどどうなの?」
モトオリは俺を指さしながらムギに質問する。
どうやらムギもモトオリの勘違いに気づいているようで、毛布に赤くなった顔を半分隠している。
「ほら!ムギも否定して!」
「……ごめんなさい。次からは気をつけます……」
「なんで謝っちゃうの!?」
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「ふーん、まぁ、ミノリがそこまで言うならそういう事にしといてやるよ」
「絶対信じてないですよね……」
かれこれ10分近く説明したが疑いが晴れることは無かった。
ムギもムギで、ずっと「すみません、出来心で……」としか言わないもんだから余計厄介なことになっていた。
「というか、俺たちを見つけてくれた人も勘違いしてるんですか?」
「どうだろな?そういう話はしなかったから向こうがどう思ってるかは分からないな」
はぁ……これで勘違いされてたら面倒くさいぞ……。
コンコン
そんなことを考えていると保健室にノック音が響いた。弱々しいがしっかり聞こえるノック、どことなく丁寧さを感じる。
「お、噂をすれば……どうぞー!」
モトオリの声と連動するように保健室のドアの開く。
「失礼致します」
カーテンで姿は見えないものの声からして女性であることは分かった。モトオリはカーテンから顔を出す。
「おーお疲れ。2人とも起きたぞ」
「まぁ!安心しましたわ」
「お礼をしたいそうだからこっちに来てくれ」
「承知致しました」
なんか……聞き覚えあるんだよな、この声。
モトオリがカーテンを開き、彼女の姿が見える。
「……あ」
「ふふふ、お久しぶりですね」
そこには日曜日にフードコートで出会った金髪の姿があった。あの時のような派手なドレスではなく、しっかりと制服を着ている。
「お前は……うどん!」
「あらあら、そちらで覚えられてますのね……」
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