第12話 熱き戦い


「暑い……暑すぎる……」


 俺は窓側の机に突っ伏して溶けかかっていた。6月の下旬とはいえ、こんなに猛暑だとは……。

 今日はマキ先輩がバイトだと言っていたので自習するために部室に来てみたものの、あまりの暑さにそれどころでは無い。モトオリですらクーラーの効いた保健室で寝てるくらいだ。


「ホント暑すぎます……ここって扇風機とかないんですか?」

「マキ先輩曰く、買えるほど部費が残ってないらしい……というかなんでお前ムギがいるんだよ」


 隣の席で俺と同じように突っ伏していたムギが顔を上げる。


「いいじゃないですか……部員なんですし……」

「誰も許可してないだろ……帰れ……」

「むうぅ……そんな酷いことを言う先輩にはお仕置です!」


 ムギはそう言って俺の背中に乗っかるように抱きついてきた。それと同時にムギのカラメルのような甘い匂いが俺の鼻をくすぐる。


「だぁぁぁ!暑い!離れろぉぉぉ!」

「うっへへへ、入部させてくれるまで離れません!」


 俺はムギを引き剥がそうとするもあまりの暑さに力が入らない。

 しかし、ムギも腕や手に汗を浮かべている。抱きついているこいつも俺と同じくらい暑いはずだ。


「ほらほらー、早く認めたらどうです?暑いんですよね?」

「フッ、それはムギも同じだろ?このままだとお前が先に音を上げることになるぞ?」


 お互いに暑さで頭がおかしくなったのか無意味な我慢勝負を始めてしまった。しかし、今更下がれない。


 時間が経つにつれて声は小さくなっていき、どちらも瀕死に近づいていく。

「ほらぁ……もっとくっつきますよぉ……」

「あつぅぅ……ならば俺もぉ……」


 俺は気合いで立ち上がり、背中と一緒にムギを日光の入り込む窓に向ける。


「ああぁぁ!じぬぅぅ……」


 ムギは苦しそうな声を上げる。しかし、俺の背中もジリジリと温度が増している。このままでは不味いので制服のボタンを開けて、少しでも熱を逃がす。


「どうだぁ!早く降参しろぉ……というかしてくれ!死ぬ……」

「それはこっちの台詞セリフです……お願いしますから降参してください……」


 もはやなんのために見栄を張っているのか分からなくなってきたが、とにかく降参はダメだ。ダメな気がする!


「仕方ありません……奥の手です……」

「お、奥の手……!?」


 ムギはいつの間にか脱いでいた上履きと黒のハイソックスを投げ捨て、脚を俺の腰に絡めてきた。

 自分は足を涼しくして、俺には体重をかけて体力を消耗させる作戦か!これは……なかなか……


「ぐ、重い……」

「なっ……!?重くはないですよ!」

「いや、全体重かけてんだから思いに決まってるだろ……」

「うぅぅ、乙女に『重い』なんて酷いです……酷すぎます……」


 女子の中でもムギはかなり小柄なので軽い方かもしれないが、この場合は赤ん坊でも十分負担になるんだよ。

 俺はあまりの辛さに机に手を置く。


「ふふふ、そろそろ限界ですかね……ミノリ先輩は体がヒョロヒョロですし暑さにも弱いんですね……」

「くっ……」


 何か言い返してやりたいがムギの言う通り俺は限界が近い。それに比べてムギはあと少しだけ余裕がありそうだ。このままでは押し負ける……何とかしなければ……。


「おやおや……汗が滴り落ちてますよ……ほんと、弱いですねぇ……ざっこぉ……」


 ムギが俺の耳元で囁いてくる。くっそ腹立つな。仕方ない、ここまで追い込まれてしまっては俺も奥の手を出すしかない……。


 俺は一度だけ大きく深呼吸をして頭の中をスッキリさせ、それからムギに向けて落ち着いた口調で話しかける。


「……ムギって可愛いよな」


「……え?」

 俺の言葉にムギの手が少しだけ緩む。


「な、なななんですか急に!そ、そそそんなの効きませんよ!」


 表情は見えないがしっかり動揺してくれているようだ。


「いやぁ……正直、この状況とか俺にとってはご褒美でしかないんだよね……ムギみたいな可愛い女の子に背中から抱きつかれるなんて夢のようだよ」

「ご褒美……可愛い……?ミノリ先輩が私に……?」


 どうやら思考も止まりかけているようだ。これはチャンスだな。


「あぁ、実は前から思ってたんだが……恥ずかしくて言えなかったんだよ……ムギの笑ったところとか髪型とかスマ〇ラのキングク〇ールの王冠とかお腹とか可愛いなって……」

「か、可愛い……ひゃあぁぁ……」


 手の先まで赤くなり、足や腕の絞める力が弱くなってきている。後半はキングク〇ールを褒めてただけなのに。


「おいおい、力が抜けてきてるぞ?ま、そういうか弱いところも可愛いんだけどな……」

「もぉぉ……可愛いって……言わないでくださいぃ……」


 ムギは呼吸を荒くして俺の背中から段々とずり落ちていく。


「ハァ……み、ミノリ先輩が……まさか私のことを……そんなふうに思ってくれてた……なんて……うれ……しぃ……」


 ムギは興奮のあまり体温が上昇しすぎたのか、そのままゆっくりと気絶していった。

 俺はムギが地面に落ちないように支え、机に寝かせる。

 出来ればこのまま保健室に連れて行ってやりたいが、俺にそこまでの余裕はない。


 というか俺もヤバい……額からは既に汗が流れなくなっている。このままじゃ倒れてしまう……!


「せめて……誰かに知らせなければ……」


 ここで倒れれば少なくとも2時間は誰にも気づかれることない。そうなってしまうと最悪命に関わる。こんな下らない争いで命を落としてしまったら子孫に顔向けできねぇ……俺が末代になるんだけど。


 俺は最後の力を振り絞って机に置いてあるスマホに手を伸ばす……が、視界は段々と暗くなっていき、手が何もない空間を掴む。


「ぐっ……」


 そして俺はそのまま近くのパイプ椅子めがけて倒れてしまった。


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