第3話 屋上

「おやおやーミノリ先輩じゃないですか、もしかしてボッチですかぁ?ひゃー悲しい!仕方ないなぁ隣に座ってあげますね……あ、ちょっと!座らせてくださいよ!」


 昼休み、屋上のベンチで購買のパンを食べていると面倒くさいのに絡まれた。

 ピンク色の風呂敷に包まれた弁当を手に、俺の隣に座ろうと体を右に左に動かしている彼女の名前はムギだ。俺の胸の辺りまでしか身長がなくかなり小柄な後輩だ。


「とりゃあ!よしっ!隣とったぁ!」

 肩まで伸びた茶髪を揺らしながら隣に座ってきたムギに呆れながら元の位置に戻る。


 ムギは口元を手において「ぷぷぷ」と笑う。

「ミノリ先輩弱いですねー、もっと鍛えた方がいいんじゃないですか?」

 分かりやすく煽ってくるので俺は目を逸らしてパンを食べる。


「あ、無視するんですか?それともコミュ障だから女の子との話し方が分からないんですかぁー?」

 ややつり上がった目でこちらを見てくる。

「……」

「分かりますよ!ミノリ先輩だってこんな可愛い後輩から声かけられたら穏やかじゃないですよねー、陰キャだからぁ!」

「……」

「せ、センパーイ?そんなに無視し続けたって私はここから離れませんよ?あ、カレーパンあるじゃないですか!」

 ムギはそう言って俺の手のつけていないカレーパンを手に取る。


 袋からパンを取りだし口元に運ぶ動きをしながら横目で見てくる。

「へへー、良いんですかぁ?このままだと食べちゃいますよー……って、な、なんですかその目は」

「……」

「そ、そんな自販機の下を漁る人を見るような目をしてもミノリ先輩が話してくれないなら食べますからね!」

「……」

「うぅ……やめてくださいよその目、私が悪いことしてるみたいじゃないですか」

「……」


 しばらくして俺の目線に耐えられなくなったのかムギはパンを袋に戻した。

「わ、分かりましたパンは食べません。その代わりなにか喋って下さいよ」

「……サレ……」

「あ!今何か言いましたね!なになに?なんですかー?」

 ムギはこちらに耳を澄ませてくる。

「タチサレ……ココカラタチサレ」

「祠の守り神みたいなこと言わないで下さいよ!もぉー!まともに会話してください!」

 ムギが頬を膨らませて俺の肩を揺らす。


「揺らすなよ、パンが落ちる」

「あ、ごめんなさい……って!普通に話を始めないでくださいよ!」

「話せって言ったのはお前だろ。というか俺は一人で昼食を食べたいんだよ、邪魔をしないでくれ」

 俺がそう言うとムギは目をうるうるさせて俺の腰に抱きつく。


「そんな無下に扱わないでくださいよー!いいじゃないですかー!一緒に昼食を食べてくれる友達がいなくて寂しいんですよ!」

「理由が悲しすぎる……仕方ない許可しよう」

「話が通じる先輩マジ大好きっす!」

 ムギは笑顔で頬を腰にスリスリしてくる。


「くっつくな、暑いぃ」

「えへへ、すみません!」

 先程までの煽りはどこにいったのかムギは俺の指示にしっかり従い、元の姿勢に戻った。


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 ムギは人を見下す癖がある。それに人から優しくされるとすぐに調子にのり、怒られたり適当にあしらわれるとすぐに泣く。そんな喜怒哀楽の具現化みたいなコイツは同級生からも関わりづらいと思われているのだろう。うん、俺も関わりたくない。


「ミノリ先輩って嫌いな物とかあります?」

 そんなムギは卵焼きを食べながら心底どうでもいい話題を振ってきた。

「ある。俺の楽しみにしている時間を興味のない話で絡んでくる奴」

「えーそんな人いるんですかー?性格悪そうですね」

 お前だ、お前。あとマキ先輩。


「じゃあー怖い物はあります?」

「怖い……蜘蛛かな」

「えぇー先輩あんなのが怖いんですかー?ただの虫じゃないですか!ザッコォー」

 なんでこいつは自分で聞いておいて煽ってくるんだ。

 というか蜘蛛怖いだろ、目が沢山あって食われそうじゃん。足も気持ち悪いし。


「ムギはないのか?」

「私に怖い物なんてあるわけないじゃないですか、先輩みたいに雑魚くないのでぇ」

「そうか、それは良かったな。じゃ、俺は戻る」

 俺はパンの袋を持ってベンチから立ち上がる。


「あ!待ってください!ここからが本題なんですから!」

 ムギは慌てて俺の腕を掴んでくる。

「なんだ?苦手なものか?俺の苦手なものは茶色のミディアムヘアをしてる後輩だな」

「そんなの聞いてないです!というかそれ私じゃないですか!なんでこんな可愛くて接しやすい後輩を苦手とか言っちゃうんですか!」

「そこそこ、そういうとこ」

 俺の言葉にムギはハッとした表情をする。

「もしかして可愛くて接しやすいのが問題なんですか!」

 あーほんと苦手だこのアホ。


「とにかく、今はそんなことどうでもいいんです!私が聞きたいのはこの学校の『開かずの扉』のことです!」

「なんだそれ」

 『開かずの扉』?初めて聞いたな。

 というか苦手な物とか関係なくない?


「えぇ知らないんですかぁ?仕方ないですねぇ、無知な先輩が教えてくださいっていうなら教えてあげても……ごめんなさい!すぐに説明しますから帰らないで!」

「なら、要点だけを簡潔に述べよ」

「こ、国語の問題みたいな要求しますね」


 ムギはコホンと咳払いをして話し始める。

「南校舎1階の保健室の隣ですよ。あそこに謎の扉があるんです。どうやっても開かないらしくて『開かずの扉』って言われてます。どうやら中は小さな物置部屋らしいんですけど、随分前から使われてないらしくて生徒どころかこの学校に長くいる先生も中を見たことはないそうですよ。それに最近、放課後になると物音がするそうで、幽霊がいるんじゃないかって噂になってるんです」


「……へー」

「もっと興味を持ってください!」

「誰も中を見てないのになんで物置って分かるんだろう」

 俺の言葉にムギはジト目で見てくる。

「……そういう興味の持ち方は嫌われますよ?」


「それで?俺にその話をしてどうしたかったんだ?」

「えぇー、今ので分からないんですか?コミュ障壊滅級ですか?放課後に一緒に行きましょうってことですよ」

「断る、一人で行け」

 そう言うとムギは首を全力で横に振る。

「嫌ですよ!怖いじゃないですか!」

 えぇ……怖い物ないって言ってただろ。


「怖いなら行くなよ」

「噂になってるところに行ったって言う話題があれば友達ができるかもしれないじゃないですか!友達が欲しいんですよ!友達が!」


「うわっ健気……分かった、一緒に行こう」

「話の通じる先輩マジ大好きっす!」

 ムギは弁当を投げ出して俺に抱きついてきた。

 暑苦しいのですぐに離した。


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