第8話 後輩宅


 マキ先輩と駅で解散した後、俺はムギの家に来ていた。

 ムギの自宅は通学路の途中にあるため、一緒に帰る(付いてこられた)時に覚えた。


 一応ライ〇で『今から家に行く』と送ったのだが、既読はなし。昼寝でもしてるのかと思ったが駐車場に車がない。どうやら出かけているようだ。


 とりあえずインターホン鳴らして、いなければ後日にするか……。


 ピンポーン


「……」

 応答がない。やはり留守のようだ。


『……!』


 お?今家の中からなにか聞こえたな。もう1回鳴らしてみるか。


 ピンポーン


『……イ!……ってください!』


 これはムギの声、どうやらムギは家にいるようだ。親が出かけてるだけなのか。


 ピンポーン


『ハイハイ!今行きますよ!』

 パタパタと家の中を歩く音ともに声が聞き取りやすくなっている。


 ピンポーン


『え!?聞こえてないんですか!?ちょっ、行きますって!』

 足音が走る音に変わった。


 ガチャ

「はいはい、どちら様ですか?」


 ピンポーン


「いや、もう鳴らさないでくださいよ!ってみ、みみみみミノリ先輩じゃないですかかがががががががが」

 玄関から顔をだしたムギは俺の顔を見るなり震えだした。


「おい、壁抜けしそうな勢いでバグるな。落ち着け」

 俺の言葉にムギは頷き、大きく深呼吸をする。


「フゥ……はい、大丈夫です。ミノリ先輩急にどうしたんですか?」

「ムギに渡したいものがあってきたんだ。一応ライ〇したんだけど気づかなかったか?」


 それに対してムギは気まずそうに頭を搔く。


「あー……ミノリ先輩と家族くらいしか登録してないんでスマホをあんまり見ないんですよね。通知が来ても大抵公式からなんでバイブも切ってるんです」

「うわぁ……」

 未読の理由があまりにも悲惨すぎる。


「仕方ない、そんな可哀想なムギにこれをあげよう」


 俺はマキ先輩から貰った景品の袋をムギに差し出す。


「可哀想は余計ですよ。……というかこれなんですか?人形に、お菓子……しかもこんなにたくさん」

「これはUFOキャッチャーの景品だ。同じ学校のマキ先輩っていう人が取ったものを押し付け……貰ったんだ」

 危ない口が滑るところだった。


「マキ先輩……あ!それって『中村の自動追跡チョークの回避法』を編み出したあのマキ先輩ですよね!」

「え、何その認識……あの人それで有名なの?」

「当たり前じゃないですか!マキ先輩の回避を動画で見ましたが本当に素晴らしいんですよ!あ、ミノリ先輩も見ます?」

「俺アレルギーだから見れないんだ。ごめんな」


 スマホを取り出しかけたムギを止める。


「なんですかそのアレルギーは。まぁ見たくないなら無理にとは言いませんけど」


 いやまぁ、『中村の自動追跡チョークの回避法』は確かに気になるけど。単純にマキ先輩が見たくないだけだ。


「ムギってマキ先輩と話したことあるのか?」

「いやいや、あんな美人な人と私が話せるわけないじゃないですか。そもそもミノリ先輩があの人と仲がいいことに驚きですよ。陰キャの癖に」


 ムギは余計なことを言いながら手を横に振って否定する。


「確かにあの人は見た目はいいもんな。話しかけづらいのも分からなくはない……が、俺とマキ先輩が仲がいいのは間違えてるからな」


 ムギは眉を寄せる。


「え、仲が良い以上の関係ってことですか?それってつまり2人は付き合っ……ひぇっ」

「あぁ?どうしたムギィ?よく聞き取れなかったんだが?」

「せ、先輩!目が怖いですって!なんでそんな急に怒るんですか!?」


 あれ?俺そんなに怖い顔してた?

 俺は顔を触って無理やり表情を戻す。


「いや、すまんすまん。1番されたくない勘違いをされてそうだったから怒りが50℃に達してた」

「沸点低すぎません?水でも100℃までいけますよ?」

「とにかく、俺とマキ先輩は仲良くも知り合いでもない」

「知り合いでもないのにゲーセンの景品貰ったんですか?」

「そういう事だな」


 ムギはため息をついて小さく頷く。

「はぁ……ミノリ先輩がマキ先輩のことが嫌いなのは何となくわかりました」

「お、物分りの良い後輩で助かるな。ご褒美にこれをあげよう」


 俺はもう一度ゲーセンの袋をムギに差し出した。


「どのみちくれる予定だったんですよね?」

「そうだな、いらないって言っても強引に押し付ける計画だ」

「なかなか酷いですね……まぁ、私は人形は好きですし、お菓子も食べますからありがたくもらいますよ」


 ムギは軽く頭を下げて袋を受け取る。よしこれで重い荷物が無くなった。


「じゃ、俺は帰る。ありがとな」

「え、もう?……あ、あの!ちょっと待ってください!」


 帰ろうとしていた俺の足をムギの声が止める。


「ん?どうした?」

「あ、いや、その……」


 ムギは何故か指を合わせてモジモジしだした。頬も少し赤くなってる。なんなんだ?


「……?何もないなら帰るぞ?」

「あります!えーっと……あ。お礼!これを貰ったお礼をします!」

「お礼?そんなの別にいらないぞ?それ貰い物だし」

 むしろ俺がお礼言いたいくらいだ。


「いえ、お礼しないとミノリ先輩がずっと調子に乗るかもしれないので」

「ムギじゃないんだからそれは無いと思うが……」

「と、とにかく!お礼に何かあげるんで先輩は玄関で待っててください!」


 ムギはそう言って俺を玄関に入れて、家の中に戻って行った。


 5分後


「ちょうどいいのがありました!知り合いから同じものを2つペアで貰っちゃったんですよね。ミノリ先輩もこれを付けてペアルックにしましょう」


 ムギは満足そうな笑顔でこちらにお礼の品を渡してきた。


「ペアルックって、キーホルダーとかはあんまり付けるタイプじゃないんだけど……ってこれ何?」


 ムギが渡してきたのは一枚の長方形の薄い紙だった。片面には難しそうな漢字が書かれている。


「これは御札です」

「へぇ、御札ねぇ……御札!?なんでそんな気味悪い物渡してくるんだよ!?」


 俺は御札から顔を遠ざける。


「えー、気味悪くないですよー。一緒に付けましょうよ」

「これは憑いてる人が付けるんだよ!」

「憑いてなくてもいいじゃないですか。きっとカバンに付けたら映えますよ?」

「そんなんで映えるか!霊も離れるわ!」

「でもぉ、さっきのミノリ先輩の怒った表情、何かに取り憑かれてるみたいでしたから多分効果アリですよ」


 お?もう一回怒ってやろうか?


「まぁまぁ、お守り代わりと思ってお財布にでも入れといてください」


 財布に御札が入ってる奴見たことないけどな……

 俺はそう思いながらも渋々御札を受け取った。今度神社で焼こう。


「それじゃ、お礼……というよりお札も受け取ったし今度こそ帰る。じゃあな」


 俺はドアの方を振り返りドアノブを握る。


「ま、待ってください!」


 ムギの声が玄関に響く。えぇ……まだ何かあるの?


「どうした?」

「あ、あの実は今日……親が帰ってこなくて……私1人なんですよね……」


 ムギは顔を赤くして、チラッとこちらを見る。え、何?どういうこと?


「そうか……しっかり鍵閉めて寝ろよ」


 俺の言葉にムギは目を細める。違った?


「し、食事は偏らないようにバランスよく食べろよ」


 ムギはさらに眉をひそめる。いや、何が正解なの!?


「はぁ……その顔はほんとに分かってないっぽいですね」

「逆にさっきの意味が分かる人がいるのか?」

「分からない人の方がレアですよ。全く、ミノリ先輩はほんとに鈍感ですね」


 えぇ……鈍感判定されたんですけど……。

 俺が地味にショックを受けているとムギは覚悟を決めた様な顔でこちらを向く。


「あのですね!私がミノリ先輩に言いたかったことは……わ、私はミノリ先輩のことがす……」

「え、す?酢?す、何?」


 よく聞き取れないので俺はムギに顔を近づける。


「だぁぁ!もう!だから!す、すぅ……」

「なんで声のトーンを落とすんだよ。ハッキリ言えよ!」


 俺がそう言うとムギは目をギュッと瞑ってこちらに叫んだ。



「ス〇ブラやろうってことですよ!」



「よっしゃあ!受けてたつ!朝までやるぞ!」

「キング〇ルールは私が使いますからね!ボコボコにしてやりますよ!」

「へっ、やれるもんならやってみな!」


 俺は指をポキポキと鳴らしながら家に上がった。

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