第9話 保健室
「眠い……」
俺は机に突っ伏した状態で固まっていた。
月曜日、ムギと一緒に朝までス〇ブラをやったせいですごく眠い。ほんと、ヤバい、チョーヤバい。マジ語彙力なくなる。パネェ。
なんとか学校には来れたものの、正直授業を受けられる体力はない。
「仕方ない……適当に理由をつけて保健室で寝るか」
俺は眠い目をこすりつつ席から立ち上がった。
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トントン
ガチャ
「失礼します」
「おー、ミノリか。どうした?」
保健室に入ると猫の描かれたマグカップを片手に何かの書類を書いている痩せ型で顎髭を生やした30代前半くらいの男がいた。
こいつの名前はモトオリ。体格や目の下のクマにより不健康そうに見えるが、これでもこの学校の保健室の先生だ。
「咳と鼻水、頭痛と吐き気、寒気、節々の痛み、痙攣が同時にきてます。寝かせてください」
「その状態でよく来れたな。その症状だと今すぐ大きめの病院に行ってもらうぞ」
「じゃあ、咳と寒気だけでいいです」
「じゃあってなんだよ。とりあえずそこに座って体温測れ」
俺はモトオリの指さす背もたれのない椅子に座り机に置いてあった体温計を手に取り測定する。
「これって何度あれば休めるんですか?」
「うーん、特にこれといって決まりはないな。生徒が休みたいって言えば休ませるようにしてる」
「仮病でも?」
「そうだなー、一応俺も先生だし、元気であれば授業は受けてほしい……が、休みたい理由があるから来てるんだろ?」
「そうですね」
「ならいいんだよ」
そう言ってモトオリはコーヒーを飲む。
「……それで?お前はなんで休みたいんだ?」
「さっき言ったじゃないですか。咳と寒気ですよ」
「俺は嘘が12番目に嫌いなんだよ。いいから正直に言ってみろ」
「結構順位低いですね……せめてトップ10に入ってから言ってください」
「じゃあ1番でいいよ」
「じゃあってなんですか」
しかも1番でいいのかよ。ガバガバだな。
「いいんだよそんなことは。俺が聞きたいのはミノリが休みたい理由だ。なんだ?自分の悪口でも聞いて凹んだか?」
「先生じゃないんですから悪口なんて言われてないですよ」
「はは、そうか……ん?ちょっと待て。俺は言われてるのか?」
「37度5分ですね」
「いやいや!俺悪口言われてんの?え、何?なんて言われてんの?というか体温高くない?」
「ははは、冗談ですよ」
俺はそう言って体温計の先を拭く。
「なんだ冗談か……」
モトオリはホッと胸を撫で下ろす。
「本当は36度7分です」
「そっちかよ!」
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俺は一、二限を休みベットで寝ていた。休み時間になるとモトオリが起こしてくれた。
「どうする?授業受けるか?」
「そうですね、三限からは受けてきます」
「分かった、頑張れよ」
「はい……そういえば、休みたい理由は聞かなくていいんですか?」
俺の言葉にモトオリはニヤッと笑う。気持ちが悪い。
「おいおい、俺が何年この仕事してると思ってるんだ。そのくらい言わなくても生徒の顔を見れば分かるんだよ」
「じゃあ俺が休んだ理由は……?」
「お前は……宿題を忘れたから誤魔化すために来たんだろ!」
「おぉ凄い!ミリも合ってない!」
さっきの自信は一体どこから来ていたんだ?
「違うのか?答えはなんだ?」
「ただただ眠かったからです」
「あーそっちか!うわー、迷ってたんだよなー」
ズルくないっすかそれ?
「おかげで眠気が無くなりましたよ。先生もしっかり寝てくださいね。クマが酷いですよ」
「そうなんだよ。俺も寝たいんだけど、ちと問題があってな」
モトオリは眠そうに欠伸をしながら頭を搔く。
「問題?」
仕事が多くて夜寝れないとか?
「俺、ここに誰も来ない時間は基本的にベットで寝てるんだけど。特に放課後とかな」
「いやいや、あんたは寝たらダメだろ」
教師の風上にもおけないなこの人。
「最近……1週間くらい前か。その時から隣の部屋から物音が聞こえだしたんだよ」
「え、隣の部屋って……」
「お、流石にお前でも知ってるのか。そう、『開かずの扉』だよ。誰も入れないはずなのに物音が聞こえたら怖くて寝れないだろ」
なるほど……マキ先輩の被害がここにまで来ていたのか。というか
「あのー、それ怪奇現象とかではないんで気にしなくて大丈夫ですよ。だからって寝るのもどうかと思いますけど……」
「何故そう言いきれるんだ?ミノリは隣の部屋に入ったことがあるのか?」
「入ったことはないですけど、何が音を出してるのかは分かります」
「本当か!音の正体はなんなんだ!?」
「それはですね……」
トントン
ガチャ
「失礼しまーす!お!ミノリ君じゃないか!」
真実を伝える寸前のところでドアが開き、音の元凶が来た。
「教室に戻ります、先生ありがとうございました」
「え、ちょっ、おい!正体はなんなんだよ!」
モトオリの止める声を無視して俺はドアに走る。マキ先輩を避けてこの部屋から早急に出なくては!
「おいおいミノリ君。いくら私が好きだからって走って来なくてもいいだろう?」
マキ先輩とドアの隙間から逃げようと試みるもあっさりと捕まってしまう。ギュッとハグをされ、イチゴの香りが顔全体を包みこむ。
「よしよーし、ミノリ君は甘えん坊だなー」
マキ先輩は指の長い手で俺の頭をゆっくりと撫でる。
俺は全力で離れようとするものの、左手だけでハグをしている先輩の力に勝てない。なんなんだこの人……。
「おー熱いねーお二人さん。イチャイチャしたいならベット貸してやろうか?」
モトオリが面白そうに話しかけてくる。よし、今度ありもしない噂を流しといてやろう。
「ふむ。とてもいい提案だがそれは今度にしよう。すまないなミノリ君、今日のところはお預けにさせてもらうよ」
マキ先輩は俺を離してウィンクする。お願いだから一生お預けであってほしい。
「ハァハァ……今凄く精神が病みそうなので一生話しかけないでください」
「そうなのか?それならもっと撫でてあげよう」
何一つ理解してくれないマキ先輩の手を躱し、後ろに下がる。
「やけに元気そうだがマキは何しに来たんだ?」
「あぁ、そうでした。私はモトオリ先生に用事があってきたんです」
「なんだ?ハグならいらんぞ」
「ははは、やるわけないじゃないですか。気持ち悪いですよ」
「そう言われるとショックだな……なんでお前は羨ましそうな目をしてるんだ」
そりゃ羨ましくもなりますって、マキ先輩からダル絡みされないなんて。
「それじゃ、俺は教室に戻りますね」
「おー、授業頑張れよー」
モトオリに軽く頭を下げてドアに向かう……が、そこにはマキ先輩が手を広げて待っていたので窓から逃げた。
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