第10話 体育館裏


 保健室の窓から逃げた次の日、俺は体育館裏に呼ばれた。現代では珍しい靴箱手紙スタイルで。


 手紙を見てみると3枚の便箋が文章によって埋め尽くされていた。

 内容としては『放課後に体育館裏』『一人で来い』『来なかったら校内放送をする』だけが重要で、それ以外は自分と一切関係なかったのですぐに破り捨てた。まったく、誰が彼女の朝食を知りたいというのだ。


 とりあえず、校内放送をされるわけにはいかないので俺は放課後になるとすぐに体育館裏へと向かった。


 ……いた。


 イヤホンが絡まるよりも面倒くさいマキ先輩が木陰に立っていた。


 俺が近づくと先輩もこちらに気づき頬を緩ませる。

 涼しい風になびく黒髪といい、それをかきあげる仕草といい、それにあった大人びた表情といい、見るからに美少女なマキ先輩がそこにいた。出来ればそのまま口を開かないで欲しい。


 しかし現実は非情、マキ先輩の口はヘリウムガスより軽い。


「おはようミノリ君、久しぶりに会うな。百年ぶりかな?」

「コールドスリープでもしてたんですか?昨日会いましたよね」

「そうだったか?昨日のことは覚えていなくてね」

「マキ先輩の頭の中ってセーブし忘れたゲームみたいになってますよね」


 やはりマキ先輩はマキ先輩だ。見た目だけの人だった。残念。


「それで、なんで俺を呼んだんですか?」

「おお、そうだったな。実は2つほど渡したい物があってな。……すまないが、少し待ってくれ」


 マキ先輩は背負っていたリュックを下ろし、中を漁る。

 渡したい物?別れの手紙とかだったらいいんだが……


「あったぞ、まずはこれだな」


 マキ先輩はリュックから取り出したそれを俺に手渡す。


「封筒……?」


 渡されたのは茶色で無地のどこにでもある封筒だった。中に何かが入っている。


「それは先日借りた電車賃だ。あの時は助かったよ」


 あー、そういえば貸してたな。ゲーセンで破産して帰れなくなったマキ先輩に。


「あの日は昼食を奢ってくれたんで返さなくても大丈夫ですよ。それに、貸したのは数百円ですよね。封筒の中が明らかに紙なんですけど……」


 マキ先輩といえど、知人に貸したお金を多めに返されるのはどこか気が引ける。


「ふふふ。実はな、ミノリ君はそう言うんじゃないかと思ってあらかじめお金以外の物を入れておいたんだ。安心して受け取りたまえ」

「え、そうなんですか」


 マキ先輩にしては随分粋なことをしてくるな。俺はさっそく封筒を開け、中のものを取り出す。


「……」


 中から出てきたのはマキ先輩が決めポーズをしている写真だった。


「どうだ?嬉しいだろう?私のオリジナルブロマイドだ」

「……よく、燃えそうですね」

「ふむ、ミノリ君的には萌える要素があるのか。カッコイイ感じで撮ったんだがな……」

 違う、物理的に燃えそうだってことだ。


「お返しします……」

「おっと、ミノリ君には刺激が強すぎたかな?」

「そうですね、刺激が強すぎて今すぐ破きたいくらいです」


 なぜ恩を仇で返されなければならないのだろうか……


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「よし、それじゃあ次は……これだな」


 マキ先輩はリュックの中から黒色のクリアファイルを取り出した。


「はいこれ、ファイルと一緒に持ってけ」


 そう言ってマキ先輩は俺に手渡してくる。

 ファイルの中には1枚のA4サイズの紙が入っているのが見える。


「なんですかこれ?」

「それか?それはクリアファイルと言って___あー!冗談!冗談だから丸めないで!それは入部届けだ!」


 俺は手の力を抜く。


「入部届け?俺は部活なんか入りませんよ?」

「いやいや入らないとかではない、入るんだよ」


 マキ先輩は「何言ってんだコイツ」みたいな表情をこちらに向ける。


 ……何言ってんだコイツマキ先輩


「だいたい何部に入れようとしてるんですか」

「何部って、そりゃ『スゴい部』に決まってるじゃないか」

「なんですかそのクソダサい名前の部活は」

「クソダサいとは失礼な奴だな。これでも1時間は考えたんだぞ!」


 なんで1時間も考えてそんな名前しか付けれなかったのか……。


「ってあれ?もしかして、マキ先輩が部活名を決めたってことは……」

「うむ、私が作った。結構簡単だったぞ」


 そんな手料理みたいな感覚で言われても……理解が追いつかないんだけど。

 確かに俺のいる高校は申請さえすれば簡単に部活が創れるが、創った人は初めて見た。


「部室とかどうしたんです?この学校に空いてる部室とかないですよね」

「ふふふ、部室はいい場所を見つけてな。そこにしてもらったぞ」

「いい場所?」

「保健室の隣だよ。何年も使われてないらしく随分と汚れていたが、2週間くらいかけて掃除をしたからかなり綺麗だぞ」


 保健室の隣……『開かずの扉』の部屋……。そういえば、ムギと一緒に行った時にあの部屋からマキ先輩が出てきたし。モトオリもあの部屋から放課後になると物音がするって言ってたな。


「部室があっても部顧問もいなくちゃダメですよね?」

「部顧問はモトオリ先生になってもらうことにした。昨日、ミノリ君と保健室で会っただろう?その時に頼んだんだ」


 あー、そういえばモトオリと話があるとか言ってたな……。


「保健室の先生って部顧問になれるんですか?」

「そこはよく分からんが、モトオリ先生は「寝れる場所が増える」と喜んで承諾してくれたぞ」


 部室を寝所にする気なのかあの先生は……。


「というか、そもそも何をする部活なんですか?」

「そうだな……特にこれといってやることは無いな。部室は確保出来たからそこに毎日集まれば良いだけだ」

「なんて、なんて意味の無い事を……」


 わざわざ申請して、学校の施設を1つ貸してもらいつつ何にも使わないとは、この人の思考回路どうなってんだ。


「というかそれなら俺は入部しなくてもいいじゃないですか、部活の申請に人数指定はありませんでしたよね?」


 俺がそう言うとマキ先輩はやれやれと呆れた表情で手を横にする。


「そんなの私がミノリ君と二人きりの空間でイチャイチャしたいからに決まっているだろう」

「奇遇ですね。俺もこのファイルをグチャグチャにしたいです」

「あー!ストップストップ!」


 マキ先輩は焦ったように俺の手を抑える。


「まったく、アメリカ的冗談に決まってるだろ?」

「アメリカンジョークをそう言う人初めて見ましたよ。それにアメリカン要素皆無でしたし」

「そんな事はどうでもいいんだ。とにかくさっきのは冗談として、私はミノリ君に日頃のお礼をしたいんだ」

「お礼?」

 お礼がしたいのなら俺と関わらないでほしいのだが。


「ミノリ君はかなりの頻度で私のバイト先に勉強をしに来るだろう?しかしあそこで君は集中出来ていない気がするんだ。だから部室を借りてミノリ君独自の勉強部屋にして欲しいんだ」

「ま、マキ先輩……」


 集中出来てないのは貴方が話しかけてくるからですよ?なんでそれが分からないかな?

 しかし、勉強が静かに出来る空間は少しだけ惹かれなくもない。……マキ先輩がいる時は行かなければいいだけだし。


「ふふふ、どうやら入部するか迷っているみたいだな」

「そうですね……一度部室を見に行ってもいいですか?」


 とりあえず、この人がレイアウトした部室がどうなってるかを確認するか。掃除をしたと言っていたが、悲惨なことになっている恐れもある。


「もちろんだとも!今からでも行こうか」


 どうか、どうかせめて部屋の原型は留めていますように……。



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