第21話 部長戦⑤ 決着
部長戦3試合目の「愛しているよゲーム」はメアリがリードしたまま最後の試合「ミノリ対メアリ」に入っていた。ここで勝たなければ部長の座はメアリのものになってしまう。
マキ先輩の「始め」の合図とともに俺は攻撃にでる。
ここは、あえて近づかずに試合開始位置から口を開く。
「愛しているよ、メアリ……」
「おお、倒置法か……」
「倒置法……って、この勝負において強いんですか?」
「わからん!私には!」
「マキ先輩も倒置法になってる!?」
マキ先輩とムギが外野で何かを言っているがそんなのはどうでもいい。今はこちらの試合に集中しなければ。メアリを見ると少しだけ頬が赤くなってる気がする。しかし、この程度で照れるような相手ではない。
「次は
メアリは俺に近づいてくる。ムギと戦った時ほど近くはないが人が入れないくらいの距離だ。
「ミノリさん、愛しております……」
しかし、攻撃は思ったよりもシンプルだった。もっと凝ったものが来ると思っていた俺は多少の恥ずかしさはあれど耐えることが出来た。
俺はメアリの詰めてきた距離から離れるようにして後ろへ下がる。
「メアリ、愛しているよ」
もちろんこのくらいではメアリの顔は変わらない。むしろ先程より慣れてきているようだ。
そして、対するメアリはさらに俺に向かって歩み寄ってくる。
「ミノリさん、愛しております」
やはり、これといって目立った攻撃ではない。俺は容易に耐えることが出来た。
しばらくの間、そんな感じでメアリが近づいて俺が下がる状況が続いた。
「んー?思ったよりお互い攻めてないですね」
「そうだな、ミノリくんは後ろに下がって、メアリくんはジリジリ近づいているだけ……何か変わったことをしている訳でもないしな……」
「どちらも策が尽きたんですかね?」
「フム……2人に限ってそんなことがあるだろうか……」
それから3回この攻防戦が続き、ついに俺の後ろは部室の壁まで来ていた。これ以上、下がることは出来ない。
「ミノリさん、もう逃げられませんわよ」
メアリは「ついに追い詰めた」と言わんばかりにジリジリと近づいてくる。
しかし、心配はいらない。攻撃のターンは俺にある。
すかさず俺はメアリの腕を掴んで壁の前までグイッと引っ張る。
「ミノリ先輩が動いたっ!?」
「追い詰めていたメアリくんが追い詰められる形になっている。しかも、この形は……」
俺は壁にドンッ!と手をついてメアリと目を合わせる。
「愛しているよ、メアリ」
「か、かかか、壁ドンだぁぁぁ!」
「その破壊力は女の上目遣いを遥かに超えると言われている最強の男技!まさか現代の日本でこれが見られるとは……」
「ん……んん……!!」
メアリは声を漏らしながらたまらず目線を俺から外し、スカートを両手でギュッと握りしめている。
「め、メアリ先輩が必死に耐えてますね。顔も随分赤くなっています。普段余裕そうな顔をしている人の怯んでいる姿は可愛いですね」
「あぁ、極上だな。ふふふ、この企画を提案して正解だったようだ」
なんか男子中学生みたいなヤツらが外野にいるな。
「はぁ……はぁ……」
かなりのダメージを与えることに成功したが、照れの表情を引き出すことは出来ず勝利には届かなかった。
さすがメアリだ。あれをくらってもまだ息があるとは……
「……油断しておりました。これは
メアリは息を整えて心を落ち着かせている、俺も次の攻撃に備えなくては……
「どうやらメアリくんも本気を出すようだな」
「でも、お互いが至近距離のこの状況でどうやって攻めるんですかね?不意をつくのは難しそうですよ」
ムギの言う通り、俺が壁ドンをしている状態からメアリが大胆な行動をとることは難しい。となると、考えられるのは声や表情での攻撃か……?
「ミノリさん……」
メアリはゆっくりと顔をこちらに寄せてくる。限界まで顔に近づいてドキドキさせる作戦か。
「……?」
しかし、お互いの目線は外れ、メアリは俺の耳元まで顔を寄せた。なるほど、耳元で囁くことで恥ずかしさとくすぐったさを醸し出すわけか。
口が開くのを耳で感じた。くる……!
「実は
「……………………………………?」
呼吸のように小さな声でありながらも鮮明な音ととなり脳に届いた。しかし、その音の意味を理解するのに1時間以上かかった。
1時間といっても実際にかかったのは2秒程度だが、それほどまでに理解ができなかった。
「愛してるよ」ではなく「履いていない」という単語。履いていないとはそもそもどういう事なのか。
俺は別にメアリに履いてほしいものがある訳でもないし、命令した訳でもない。だとしたらなんだ?普段履いている物を履いていないのか?
普段履くものといえばなんだ?
上履き……履いてる。靴下……も履いてるな。スカート……ももちろん履いてる。
後はなんだろう。これら以外に履くものっていったら……後は……
パンt……
「ふふ、2人の秘密ですよ?」
メアリの言葉で現実に戻ってくると、俺はすぐさま後ずさりをした。
「な、ななななななな?」
おそらく俺の顔は真っ赤になっていることだろう。
メアリを見るとうふふと上品ながら可愛らしい笑顔になる。やめろミノリ、下半身に目を向けるんじゃない。
「……これはどう考えてもミノリ先輩の負けですね?」
「うむ、たしかにミノリくんの負けだが……慌て方を見るにメアリくんが「愛してるよ」以外の言葉を使ったように感じたが……」
「あら、
メアリは自信たっぷりな目をこちらに向ける。
もちろん「愛してるよ」以外での攻撃は無効であり、勝負を仕切り直すことが出来る。
つまりここで俺がメアリの発言を公言すれば逆転することも可能だ……
可能……なんだが……
俺は小さい頃、親父から言われた言葉を思い出す。
『いいかミノリ、男には破ってはいけないものが2つある。1つ目は選挙のポスターだ』
当たり前だ、女でも破っていいわけない。
『そして2つ目は女との約束だ』
その時は何の気なしに聞いていた言葉が今となって心に刺さった。
そうだな親父、メアリは俺がバラさないと信じてこんなとんでもない情報を暴露したんだ。
それが例え戦略の一部でもあろうとも、「秘密にして」と言われれば守らなければならない。それが男ではないのか。
……いや、待て。秘密にしてと言われたが、俺はそれに承諾していない。つまり、秘密にするという『約束』をしたことにはなっていない……?
なら別に破ってもいいのでは?
そんな時、俺は小さい頃、親父から言われた言葉を思い出した。
『えーっと、その、なんだ……このエロ本はたしかに俺のだ』
あ、これ親父の隠していたエロ本がお袋に見つかって説教されてる時だ。
『あのな、男はな、その……エロはどんな状況であっても隠さなきゃいけないんだ。隠さなきゃいけないんだ!それが漢ってもんだ!俺は漢を貫いたんだ!』
突然開き直った親父の頭に3回目のゲンコツが落ちてきてたっけ……。なつかしいや。
フ、そうだよな親父。エロは隠さなきゃいけないんだよな。
「み、ミノリくん!本当にメアリくんは「愛してるよ」と言ったのかい?」
「どうなんですか!先輩!」
真実を知りたいであろう観客2人の言葉に俺は深呼吸をして答える。
「えぇ、言ってましたよ。「愛してるよ」と」
完敗だよ。メアリ。
「と、いうことは!?」
「今回の勝負メアリくんの勝利だ!」
マキ先輩がメアリの右手首を持って高らかに上げる。
「と、いうことは!?」
「最終ゲーム『愛してるよゲーム』の勝者は全勝のメアリくんだ!」
マキ先輩がメアリの左手も高らかに上げる。
「と、いうことは!?」
「今回の部長戦の結果が、ムギくん4ポイント、ミノリくん6ポイント、メアリくん8ポイントでメアリくんが部長に決定だー!」
マキ先輩がメアリの両手を上でクロスさせる。どういうこと?
「やりました。皆様大変楽しかったです。特にミノリさん、良い勝負をさせていただきました」
そう言ってメアリがこちらに手を差し出してくる。手首にまだマキ先輩が残っている。
「こちらこそありがとう。やっぱりお嬢様には叶わないな」
ガシッと握手する。後ろで「え、私は?」と言ってるムギは無視して握手する。
「よし!下校の時間も迫ってることだし、今日のところはこれにて解散としよう!部長任命式は明日やるから3人とも放課後に集まること」
「私も来ていいんですね!」
「あぁ、部員になれるかは明日決まる。メアリくんは明日までにこの部のルールとムギくんを入部させるか否かを考えておいてくれ」
「はい、かしこまりました」
「あー……そういうことですね。信じてますよメアリ先輩!」
「メアリ!血迷った判断をしないでくれよ!」
「あらあら困りましたね」
部長にはなれなかったがメアリがムギの入部を断ればいいだけだ。ぜひとも冷静に考えてきて欲しい。
「それでは、これにて第1回『部長戦』を閉会とする。全員解散!」
マキ先輩の閉会宣言とともに今回の部長戦は幕を下ろした。
……開会宣言はしてなかったのに閉会したな。
美人な先輩がアホすぎる! 古野 けた @sister0809
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