17、水の魔術師-Magician of Water-

 あれから一行は村を出発し、3時間ほどかけてメルクリスに向かっていた。


「……見えてきましたね。あれがメルクリスです。」

 ゲネロスが真正面に見える街を指で指し示す。


「ずいぶん大きな街ね。活気がありそうだわ」

「メルクリスは商業が発達した街だからな。魔術道具なんかも品揃えが良かったりする」

 ミーティスが口を挟む。


「なるほどね。じゃあみんな、街まで競争よ! 私が1着をいただくけどね!」

「よーい、ドン!」と言って恵美利は走り出す。


「…………」

 誰も、走り出さなかった。


「……あ、恵美利ちゃん待ってー!」

 周りから誰も出走しないのを見て、亜子が走り出す。


「……優しいですね、亜子さん」

「そうですね……」

 ゲネロスとミーティスはたどたどしく走る亜子を見守る。


 一方恵美利は全速力で街に向かって走っていた。


「どうやら私についてこれる人はいないようね!もはや私が速すぎて追いかけてくる気配すら感じないわ! ……ん?」


「…………まー!」

 恵美利の前方に人影が現れる。


「誰か来たわ!」

「……スさまー!」

 二人の距離はどんどん縮まっていく。


「ゲネロスさまー! って、ゲネロスさまじゃない!?」

 向かってきた人影は、恵美利の姿をはっきりと確認すると、ガーンという表情を浮かべる。


「このままではぶつかってしまうわ!恵美利は急に止まれないー!」

 恵美利は衝突を覚悟する。


水質変化・弾性チェンジ・エラスティック!」

 その瞬間、恵美利と前方の人物との間に何かが出現する。


「これは……水!?」

 出現したのは水の塊だった。


「ぶっ! ……いたた……」

 恵美利は水のクッションにぶつかり、地面に尻もちをつく。


「よっ! っと!」

 一方、水の塊を出した人物はクッションを利用して上手く着地する。


 魔術師は、恵美利と同じくらいの年代の、金髪碧眼でツインテールの少女だった。


「すごい、これあなたの魔術ね! おかげでお互い怪我をせずに済んだわ!」

 恵美利は勢いよく立ち上がり、ずいっと魔術師に近づく。


「いや、私は自分の身を守っただけだから。というか、すごい速度でこっちへ向かってくるのが見えたから、てっきり私はゲネロス様が魔術を使って移動しているものだと思ったのに……あんた一体何者なの?」


「あら、あなたゲネロスさんを知っているのね! 私は白金恵美利! 今日からこの街の魔術学校でお世話になるわ!」


「シロカネ……変わった名前ね。それもこんな時期にうちに編入? 珍しいわね」


「名前は恵美利よ。それより『うち』ってことは、あなた魔術学校の生徒ね! さっそくここでの友達ができそうだわ!」


「友達……って、冗談。そんなものは……」


「……恵美利ちゃーん!」

 その時、恵美利を追ってきた亜子が息を荒げながら走ってくる。


「あら亜子、よくぞ追いついたわね! 他のみんなの姿が見えないけれど……」

「はあっ……! いやっ……! 他の……皆さんは、そもそもスタートを切っていないというか……!」


 亜子は手を膝について息を整えながら言葉を振り絞る。


「また変なのが来た……」

 魔術師は嫌そうな顔をする。


「変なのじゃないわ、この子は黒鉄亜子。私たちはいっしょに魔術学校に入るのよ?」


「じゃあこいつも編入生!? この時期に二人も入ってくるなんて、聞いたことないけど……」


「そんなことより、まだあなたの名前を聞いていないわ。水の魔術師さん。」


「はあ? なんで私が自己紹介なんか…………あ!」

 魔術師は何かに気づいて表情を一気に明るくさせる。


「ゲネロス様!」


 それは、遅れてやってきたゲネロス隊……というかゲネロスであった。


「お二人とも、そんなところでなにをして……? あら、あなたは確か……」

 ゲネロスは魔術師を知っている様子であった。


「フィーナです! 3ヵ月前、魔術学校でゲネロス様が特別講師としてお越しになった際、いろいろご指導していただいた……」


「ああ、覚えていますよ。とても熱心に話を聴いてくれましたからね。確か水属性の魔術の使い手でしたよね」


「! ゲネロス様が覚えていてくださっているなんて! 感激です~!」


 やりとりを遠目で見ていた亜子と恵美利は先ほどまでの彼女との違いにあっけにとられる。


「私たちの時とは態度がまったく違うわね……」

「うん…………」


「いきなり魔術学校の生徒さんに出会えたのは良い機会ですね。楽しげな談笑が聞こえてきましたが、もうお友達ができたのですね、亜子さん、恵美利さん」


「あの二人は、ゲネロス様のお連れなのですか?」

「はい。私たちゲネロス隊がここまで護衛してきました。といってもむしろ助けられたのは……」


「はっ! よく見たらゲネロス様、その包帯、お怪我を! なんてこと!」

「ああ、まあこの程度で済んだのは……」


「ゲネロス様がそこまでして護衛したあの二人、一体何者なのですか!? あの明るい髪の女、そこそこの風の魔術の使い手と見ましたが!」


 フィーナの圧にゲネロスは苦笑いをする。


「いえ、恵美利さんはまだ魔術を使えませんよ。彼女のスピードは単に脚力によるものです」


「ええ!? あの速さで!?」


「あと、何者か、と言えば、恵美利さんと亜子さんは異世界人です。おととい召喚されたばかりの」


「ええ!? 異世界人!?」


 フィーナは、脳の理解が追い付かなくなっている様子だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る