6、心の内側-Inner Heart-

 それから時が経ち、宮殿はそれまでのまばゆさからは考えられないほどの静寂、薄暗さに包まれていた。


「うう、どうしよう……寝れない。ベットがふかふかすぎて。そして、ベットで寝ること自体に慣れてなくて…………」


 亜子はベットの上でぱっちりと目を開けていた。


「ちょっと、廊下で散歩でもするか。…………迷わない程度に」


 亜子はベットから起き上がり、用意された部屋から出て、壁に取り付けられたランプの灯りを頼りに廊下を歩く。

 少し歩くと、宮殿の窓から外を眺める一人の少女が見えた。


「恵美利ちゃん」


「亜子。あなたも異世界にわくわくして寝れないの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど…………。何か見えるの?」


「ええ、街の明かりが、ぽつぽつと。当たり前だけれど、この世界にもたくさんの人が住んでるって思うと、なんだか少しほっとしない? 人ってきっと、一人だと寂しい生き物で、私もきっとそうなんだろうなって、思う」


「ほんとだ、きれい……。東京の明るさには負けるけど、それ以上に、きれいな気がする」


「そうね……。そして、このきれいな明かりが、消されようとしている」

「…………」


「あ、ごめんなさい。ネガティブな雰囲気にしようとしたわけじゃないの」


 恵美利は亜子に笑いかける。


「むしろ、これは私のポジティブな決意表明。本当に私に世界を救える力があるのなら、このきれいな景色を、人を、私が絶対に消させはしない。もちろん亜子も私が守るわ。それに、もし魔術部隊の人たちが帰るための術式を完成できないなら、私がつくってみせる。だから亜子は安心して」


「恵美利ちゃん…………」


 恵美利は手を置いた窓枠に力を入れる。


「…………その、ね、亜子。これから言うことは今言ったこととは矛盾してしまうし、私の独り言と思って聞かなかったことにしてくれて構わないのだけれど…………」

「?」


「もし、万が一にでも、あなたが……私といっしょに来てくれるのなら…………」


「…………恵美利ちゃ……」


「ごめんなさい。やっぱり今の話、無かったことにして。それじゃあ、私はそろそろ寝るわね。亜子もあまり遅くならないようにね、それじゃあ、おやすみ!」


 恵美利は亜子に背を向けて、早足で自分の部屋に戻っていく。


「恵美利ちゃん…………」


 去り際の恵美利の顔。笑顔でありながら寂しげなその表情が、亜子の頭の中で何度も反芻はんすうされる。


 亜子は先ほどまで恵美利がいた位置まで歩き、窓枠に手を置いて外を見る。

 窓から覗いた街の明かりは、変わらず静かに、そして美しく光っていた。

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