5、輝く命-Shining Life-

「私には、無理だよ…………」

「…………」


 ゲネロスは、残念そうな表情を浮かべる。


「白金さんは、頭も良くて、強くて、自信が持てるのかもしれない。でも、私は何もないんだ。勉強もスポーツも、上手くいったことなんか一度もない。だからきっと、私には魔術の才能だってない。戦う勇気だって。…………ゲネロスさん、ごめんなさい。私はたぶんはずれです。他に才能のある人が召喚されるべきだった…………」

「…………」


 恵美利は無表情で亜子を見つめる。


「……そうですか、残念です…………。では、黒鉄さんはしばらく宮殿の一室に滞在してもらうことになります。それで、よろしいですか?」


「…………はい。あの、できるだけ、早く帰らせてもらえたらな、って」

「ええ、可能な限り、早く術式を完成するよう私たちも努力します。…………ソール様」


 ソールが椅子から立ち上がる。


「白金恵美利。貴君の協力、心より感謝する。皇帝として最大限の礼を尽くして我らの同胞として迎え入れよう。そして黒鉄亜子。我らの勝手な事情で呼び出してしまい、申し訳ない。君にはしばらく不自由な思いをさせるだろうが、どうか許してほしい」


「ええ」

「…………いえ」

 それぞれの返答をする恵美利と亜子。


「今日はもう日が暮れてしまいそうですね。今日はお二人とも宮殿で休んでください。明日、恵美利さんには私が同行して魔術学校へ案内します。お二人ともお疲れでしょうから、まずは大浴場で体を癒してはどうでしょう?」


 ***


 大浴場の広い浴槽に、ただ二人だけの少女が浸かっていた。


「それにしても、とっても豪華で広い浴場ね! それに、浸かってるだけで比喩でなく疲れがとれていくわ。これも魔術なのかしら?」


「……そうだね。なんだか、夢を見ているみたい。この世界に来てからずっと…………」


 亜子はちら、と恵美利の方に顔を向ける。


「ねえ、白金さんはなんで、悪魔族と戦う、なんて引き受けたの? どうして、そんなに強く在れるの?」


「……恵美利」

「え?」


「恵美利、でいいわ。私も黒鉄さんのこと、亜子って呼ぶから」

「……ああ、うん…………」


 亜子は照れくさそうに恵美利から顔を背ける。


「まず、なんで引き受けたか、だけど、ゲネロスさんの顔を見て、とか、魔術を体験してみたい、とか、まあ、いろいろあるのだけど」


 そこまで声に出して、恵美利は湯から手を出し、天井に向かって手のひらを伸ばす。


「なにより、『そうすべきだ』って感じたから。いわゆる直感というものね。私は大抵何かを選ぶとき、自分の直感に従って決めてきた。直感に背いて後悔することはあっても、直感に従って後悔をしたことはあまりないもの」

「直感…………」


「そして、二つ目の質問のことだけど、私は強く在ろうとしているだけで、強いわけじゃない。さっきだって内心ガクガク震えてた」

「…………そうなの!?」


「当たり前でしょう? 完璧な人間なんていない。少なくとも私は、そんなものには憧れない」


「しろか……恵美利、ちゃんの制服、有名だから見たことがあった。私立の名門だよね。それにさっきも落ち着いてて、私には輝いて見えて、だから、私とは違う星の元に生まれてきた人なんだって、思ってた」


 恵美利ははあ、とため息をついて、コツン、と亜子の肩に頭でもたれかかる。


「小学生の頃、私は勉強も運動も平均以下だった。家に帰ればおいしい食事をいっぱい食べて、アニメや漫画を好きなだけ貪って、ぶくぶく太っていたわ」

「…………恵美利ちゃんが?」


 亜子は心底意外そうな顔で肩によりかかった恵美利を見る。


「結果としてクラスメイトには馬鹿にされ、両親には見放された。でも私はそんなことはどうでもよかった。私には、ただ一人私に心から優しく接してくれた、大好きな姉がいたから」


 亜子は黙って恵美利の話に耳を傾ける。


「姉は才能にあふれていたけど、それ以上に努力家だった。習い事も勉強も、スポーツも一生懸命で、寝る時間と食べる時間以外はずっと何かを頑張っていたわ。…………それで私は不思議に思って聞いてみたの、『お姉ちゃんはどうしてそんなに頑張るの?』って」


 亜子はもはや恵美利の話に興味津々になっていた。


「そしたらね、『頑張ってるときが私が一番輝いているときだから』って。私には意味がよくわからなかった。そしてその言葉の意味がよくわからないまま、翌年、中学3年生の時、姉は交通事故で亡くなった。私は当時小学5年生だった」

「!」


「とっても悲しかったのを覚えてる。朝も夜も泣き続けた。周りの人間はみんな、私ではなく才能のある姉が亡くなったことに落ち込んだわ」

「そんな…………」


 恵美利は亜子の肩から離れ、亜子にまっすぐに向かい合う。


「そして、ここからが私の始まり。私はどんなことにも全力で取り組んで、結果を出してきた…………でも、それは周りに自分を認めさせるためじゃない、お姉ちゃんを、認めさせるため」


「お姉さんを?」


「みんな、お姉ちゃんのことを何にもわかってなかった。お姉ちゃんは天才じゃなかった。ただ、ひたすらに努力を重ねる人だった。そして、『自分が輝くため』に頑張っている人だったから。私がお姉ちゃんの生き方を表現しようって、そう思ったの」

「…………」


「だから私は、誰のためでもなく、自分が信じた道を進むことを決めた。『《《》》』、つまり私自身が輝くことでお姉ちゃんは生きられる、そう思ったから」

 そこまで言って、恵美利は口を緩める。


「長く、なってしまったわね。それが、私が強く在ろうとしている理由よ」


「そっか……そうなんだ。恵美利ちゃん、ごめん…………私、恵美利ちゃんは才能があるからって、逃げる自分を正当化しちゃってた」


「ふふ、そんなのは謝ることじゃないし、亜子が逃げちゃいけない理由にもならないわ。死ぬかもしれない…………怖がるのが当然、むしろ私が少数派なんだろうから、ただ…………」

「ただ…………?」


「亜子、あなたは今の自分が、輝いていると思う?」


 恵美利のまっすぐな瞳が、亜子の瞳を見つめる。


「……………………」


「ごめんなさいね。私は先に上がらせてもらうわ、そろそろのぼせてしまいそうだし」


 恵美利は立ち上がって、亜子を残して浴場を出る。


 亜子は、床に手をついて、天井を見上げる。湯煙に包まれた天井は、とても高いところにあるように見えた。

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