4、英雄の素質-Quality of Heroine-

 恵美利は一度目をつぶって、ゆっくりと開くと、ゲネロスに問いかける。


「どうして、私たちなの? 日本人、女性、年齢も近い。ランダムに選ばれたというわけではなさそうだけれど」


「はい。術式によってある程度のスクリーニングをかけました。そもそも体内の魔力濃度は男性よりも女性の方が相対的に多く、年齢的には10代半ばから20歳近くがピークとなっています。物語の異世界人が少女だったことを考えると、この法則は私たちだけでなく異世界人にも当てはまると判断しました…………周りを見れば分かると思いますが、魔術部隊はその8割方が女性で構成されています」


 恵美利と亜子はローブの男女を見る。確かに女性の比率が多く、さらに若者が多いようだった。


「…………ということは、前線で戦っているのは」

「!」


 恵美利の言葉で、亜子も察しがついた様子を見せる。


「…………そうだ。前線で戦っているのは多くが10代の少女。人生を謳歌するべき年頃の彼ら彼女らに戦闘を任せるのは私も心が痛い…………。だが、魔術部隊が最も強力な戦力なのだ…………」


 ソールが沈痛な面持ちで口を開く。


「そしてそれは、君たちも同じことだ。そうであればこそ、私は…………」


 亜子はごくり、と唾をのむ。恵美利は表情を変えない。


「…………その話はひとまず後にしましょう。性別と年齢的に私たちが素養を持っているのはわかった。その上で、どうして日本人……それも、2020年の日本人を選んだの?」

「それは、物語に登場する異世界人が、2020年の日本、それも東京という場所から来た、と書いてあったからです」

「! それはつまり…………」


「はい。800年前の帝国人は、2020年の日本人を召喚していた、と推測できます。私たちとしては、できる限り当時の召喚対象に近づけるため、2020年の日本、東京に時間軸と座標軸を固定して術式を発動させました」


「なるほど、この国で800年前に召喚された人間がさっきまで私たちがいた東京に生きている人、というのは変な感じだけれど、確かにここは異世界。そういうことができても不思議じゃない…………。? 待って、じゃあその人たちは、今はどうなっているの?」


「……それは、わかりません」

「どういうこと?」

「書いていないのです。800年前に召喚された異世界人のその後が、物語のどこにも。……いや、思いつく限りの文献を調べてみたのですが……どこにも記載はありませんでした」


「そんな……もしかして、死……」

 亜子の顔からサーっと血の気が引いていく。

「いや、まあ、800年前なら寿命的にはもちろん亡くなっていると見るべきだけれど……。そういえば、重要なことを聞いていなかったわ。私たち、帰れるの?」


「え?」

 先ほどにもまして亜子の顔から血の気が引いていく。


「そのことですが……すいません。お二人を元の世界に帰す術式はまだ完成しておらず……なにしろ召喚に成功するかすらわからなかったもので……」

「ええ!?じゃあ、私たち帰れないの!?」


 亜子は打ちひしがれる。


「少なくとも術式が完成するまでは……」

「どうしよう、お母さんたち心配しちゃうよ!……いや、帰るのがおばあちゃんになってからかも?……それとも、一生帰れないかも!?」


「落ち着きなさい!」

 恵美利が亜子の頭をびしっと軽く叩く。


「生の記録も死の記録もないってことは、800年前に召喚された異世界人は日本に帰ったと見るのが自然……いや、私はそう信じる。それに、時間と場所を指定して人を連れて来れるということは、逆もできるということ。きっと歳をとらずに帰ることができる、そうでしょ?」


「はい、理論的にはそれが可能なはずです」

「ね、少しは落ち着いた?」


「うう、まあ……さっきよりは……」


 ふう、といったん息を吐いて、恵美利はゲネロスの方を向く。

「いろいろ聞いてきたけど、結局私たちの役目は……戦うことなのよね?悪魔族と」


「ええ、そのためにお二人にはここに来てもらいました。もちろん初めから前線に行ってもらうようなことはしません。まずは魔術部隊候補生として、魔術学校で理論や実技を学んでもらいます」

「…………もし、断ったら?」

 広間に緊張が流れる。


「そうですね、もちろん強制はしません。悪魔族と戦うことは、文字通り命を懸けること。召喚した私たちが言うのもなんですが、異世界の、しかも年若い少女に戦場に行け、と無理やり言うことは私たちの道徳に反する。その場合は元の世界に帰る術式が完成するまで部屋をお貸しするのでそこで術式の完成まで生活してもらいます」


 ほっと胸をなでおろす亜子。

 そしてすぐに、ゲネロスの肩が震えだす。


「…………ですが、ですが、その上で私はあなたたちにお願いしたい。これまで悪魔族によって私たちの同胞は数多く殺されてきました。中には目の前で、家族を殺された人もいる……! 私の魔術学校時代の友人も悪魔族との戦闘で……! 身勝手な願いだということは分かっています…………それでも、一人でも多くの人を救いたい、そのためにあなたたちの力が必要なんです! どうか、どうか……」


「わかったわ」

「…………え?」

「悪魔族と戦う、って言ったの」


 恵美利は、まるで部活の助っ人を引き受けるように、ゲネロスの願いを引き受けた。


「え、いえ、でも…………」


「あなたがお願いしたんでしょ。ゲネロスさん。あなたのここに至るまでの人生、思いが、あなたから伝わってきた。私にこの国を救える力があるのなら、喜んで任されましょう。帰るための術式ができる前に帝国が消滅したんじゃ、私も困るしね」


「ありがとう、ございますっ…………」


「それに」

「それに?」

「異世界に来て魔術を使う、なんて機会、きっともう二度とこない! 部屋で引きこもってちゃ損でしょ!」


 恵美利は心からの笑顔をゲネロスに向ける。それを見て、ゲネロスは一瞬驚いた表情を見せるが、恵美利につられて笑顔になる。


「まだ、自己紹介をしていなかったわね。私は白金恵美利。よろしくね、ゲネロスさん」

「恵美利さん、本当にありがとう!」


「それで、そっちのあなたの名前は?」

「黒鉄、亜子です…………」


「黒鉄さん、あなたはどうする?」

 恵美利はまっすぐな目で亜子を見つめる。


「私、は…………」

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