3、ウトピアの歴史-History of Utopia-

「…………」


 固まる一同と、すすす……と恵美利から距離をとる亜子。


「このシチュ、あなたたちは魔王軍の侵攻に抵抗を続けている。でもこのままではジリ貧。そこで私たちを勇者として召喚。対魔王軍の旗頭とする、という状況ね!」


「…………勇者、という存在はわかりませんが、概ね正解です。異世界の少女、思っていたよりはるかに理解が早い。どうやら話が早くて済みそうですね」


 圧のある早口で話し出した恵美利に若干戸惑いながらも、ゲネロスは恵美利が狂ったわけではなさそうだ、と確認して安心する。


 しかしその恵美利の隣で、ふるふると首を振る少女が一人。


「…………どうやら、あなたが特殊なだけのようですね」

 ゲネロスははあ、とため息をついて恵美利の方を見る。


「あら、あなた、私と同じ現代の日本人、よね? アニメや漫画、ラノベは嗜まないの?」


 恵美利は亜子に向かって不思議そうな顔をする。


「私の家、母子家庭で兄弟もいるから、そういうものは買ったことがなくて…………」

「…………そうだったのね、ごめんなさい。…………でも、それは絶対損をしているわ! 今度私がおすすめのラノベを貸してあげ……」


「失礼、今は私が説明をする時間です。談笑は後ほどで」


 ゲネロスが話を遮る。そうしないと恵美利が止まらなくなりそうだったからだ。


「あら、そうだったわね。ではお願いするわ、この子にもちゃんと理解できるよう、丁寧にね」


 誰のせいで話が途切れたんだ、と眉間をぴくっとさせるゲネロスだったが、きりがなさそうなので話を進めることにした。


「それでは、まずは私たちの現在の状況について説明しましょう。私たちの世界はウトピア帝国側、魔王側の大きく二つの勢力が争っています」


 ゲネロスは懐から地図を取り出し、二人に見せる。


「元々、ウトピア帝国は皇帝のお膝下である今私たちがいる地域、テッラを中心とし、さらに各地の都市を通じて各地域を治めることで、この地図上のほぼ全域を統治していました」


 そこまで説明して、ゲネロスの表情が曇る。


「…………しかし、約100年前、地図の南西にあるテッラとは真逆の方角、最北東の地域に、突如として悪魔族が現れ近隣の村を襲い始めました。…………悪魔族の伝承は約800年前の書物で確認されているのみで、100年前の人々はその存在を都市伝説のように思っていたらしいです」


「でも、悪魔族は確かに存在していた」


 恵美利が確認するように口をはさむ。


「はい。そして、悪魔族の出現場所から最も近い地域、プルトーは魔術部隊の奮戦の末、半年後に落とされ、悪魔族の占領下になりました。…………そして、他の地域に逃げ延びた人たちを除けば、プルトーにいた人たちは皆、殺されてしまったそうです」


「プルトー占領後、魔王と名乗る人物…………いえ、悪魔が帝国に向かって宣言します。これより人間をすべて皆殺しにし、世界を悪魔族の手中に収める、と」


「…………」

「ひっ!」


 黙って聞いている恵美利と、悲鳴を上げる亜子。


「あの、少し聞いてもいいかしら」

 恵美利が手を挙げる。


「…………ええ、なんでしょう」

「『魔術部隊の奮戦』、と言ったわね。この国の軍隊には、剣を持った兵士や大砲といった装備はないの?」


「ええ、そうですね。大昔にはそのようなものもあったと聞いていますが。まさに800年前頃から、魔術部隊が戦闘において用いられるようになりました。…………おそらく、800年前にも同じような悪魔族による襲撃が起こり、魔術で対抗したのでしょう。悪魔族には魔術以外の物理的な攻撃は効きませんから。…………それ以来、人同士の戦争にも魔術が用いられてきたと、伝わっています」


「なるほど……。この宮殿にも鎧を着た兵士が見当たらないのはそういうことなのね。…………ありがとう、話を続けて」


 納得した様子の恵美利。ゲネロスは恵美利の様子を見て、一拍置いてから話を進める。


「我が帝国はそれ以来、100年もの長きにわたり悪魔族との戦いを続けてきました。領土を奪われることもあれば、奪還に成功することもあった。…………そして現在、地図上の3分の2の地域は、悪魔族の領土と化しています」

「!」


「帝国も強力な魔術部隊を育成・編成することで戦ってきましたが、このままではじわじわと領土を侵食されてしまう。手遅れになる前に手を打つ必要がありました…………そこで約10年前、ソール様が宮殿の図書館で発見されたのが、800年前の悪魔族との戦争を基にしたとみられる物語です」


「物語…………」


「長らくフィクションとして読まれていたものですが、その内容が現在の状況に驚くほどに通っていた。そこに、当時の魔術部隊はこの戦況を打破する『何か』がきっとあると期待して読み進めました」

「…………それが、異世界人の召喚」


 恵美利がぼそっと呟く。ゲネロスは恵美利の理解の早さに驚きながらも、さらに話を進める。


「はい。その通りです。物語には、異世界から召喚された者が戦況を覆し、国を救ったと書いていました。そこで魔術部隊は召喚術式を組み上げることを計画・実行。手探りだったので術式の構築に9年、術式発動のための魔力の供給に1年をかけました。…………そうして召喚された初めての成功例、それがあなたたちなのです」

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