2、皇帝登場-Emperor Appearance-

「……おお、召喚は成功だ!」


 どこからか声が上がった。その一声をきっかけにあちこちで歓声が上がる。

「ひぃっ!」


 亜子は急に周りから聞こえ出した大勢の声にビクッとする。


「夢……という感じではないわよね」


 恵美利は周りを見回す。数十人のローブを着た男女が一定の距離をとった円状に並んで自分たちを取り囲んでいることに気がつく。


「……ついに、やったか……!」


 ローブの男女とは別の場所、恵美利と亜子の直線上、上の方から低く、重い声が聞こえてきた。

 二人はそちらに目をやる。


 全身に華美な装飾を纏い、白く長い髭を蓄えた男が、ゆっくりと長い階段を降りてくるのが見えた。

 ローブの男女はそれを見ると、一斉に男に向かって片膝を立ててこうべを垂れる。


 カツン、カツン、と、男が階段を降りる音だけがその場に響く。

 二人は立ち尽くして男を見据える。


(……あの人がボスのようね。敵か味方か……。もしも敵だったなら、隣の子を連れてすぐに逃げなくちゃ……!)


 恵美利は亜子の方を一瞥ながら思考を巡らせる。


(……?、????)


 一方の亜子は状況がまったく掴めずに混乱していた。当然といえば当然だろう。

 カツン、と最後の段を降りた男はまっすぐ二人に向かって近づいていく。


 恵美利は心の中で身構える。亜子は放心状態で男を見つめる。


 二人の周りを囲んでいたローブの男女は道をつくり、男を通す。男はそこで立ち止まり、恵美利と亜子にそれぞれ目をやってから、両手を上げて口を開く。


「よくぞ来てくれた、異世界の少女たちよ! ウトピア帝国はそなたらを歓迎する!」

「…………」

「…………」


 静寂が宮殿の広間を包む。男は両手を上げたまま微動だにしない。

 ローブの男女はみなぴくりとも動かない。


「…………あの、」

「なにかね?」


 静寂を破る恵美利の声に男は食い気味で返答する。


「私たち、まだ状況が呑み込めていないのですが…………」


 恵美利は男がひとまず敵でないと安心しつつ、とにかく状況を探ろうと考えていた。


「…………ははは! そうであったな。では、君たちがここに召喚された経緯、話すとしよう…………ゲネロス」

「は」


 男が名前らしきものを呼んだ瞬間、恵美利と亜子の目の前に若い女性が現れる。


「!」

「ええ!?」


 恵美利と亜子は各々驚く。その場にいる二人を除いた人物はみなそれをさも当然のような様子で見ていた。


「その反応…………異世界には魔術の概念がないとは聞いていましたが、やはり本当のようですね。…………と、失礼しました。私はゲネロス。ここ、ウトピア帝国の魔術部隊の分隊長をしています」


 外見から見て年齢は20歳ほど、前髪を分けた短い黒髪とクールな表情の女性が自己紹介をする。


「そしてこのお方こそが、ウトピア帝国現皇帝、ソール様です」

「そう、私こそが帝国のトップ、ソール皇帝である…………それとゲネロス君、膝が痛いから椅子を出してくれ」

「かしこまりました」


 ゲネロスが指を鳴らすとたちまち椅子が出現した。


「よいしょっ、と。では、話を続けてくれたまえ」

「はい」


(皇帝さんの威厳はともかくとして…………瞬きする間に椅子が出現した…………やっぱり、本当にここは異世界で、魔術が存在するの…………?)


 恵美利は動揺を隠せない。亜子は目をぱちくりさせている。


「それでは、どこから話すとしましょうか…………」

「あの、私の方から2,3質問しても?」


 恵美利が手を上げる。


「! …………ええ、構いませんが」

「ではお聞きします。ここは私たちが住んでいた場所とは違う世界、すなわち異世界、で間違いないのですよね?」


「はい、あなたたちから見ればその認識で間違いありません」

「そして、あなたが先ほど見せた力は魔術、本物の。そうですね?」


「はい、そうですね…………。あなたたちの世界に魔術はないと聞いていますが」

 恵美利の声のトーンは徐々に大きくなっていく。


「つまり!私たちは魔術が存在する異世界に転生…………いや、転移してしまった、と、そういうことでいいのですよね!?」


「…………はい、その通りですが…………」

「…………ふふ」


「?」

「ははは…………あーはっはっはっは!」


 恵美利は声をあげて笑う。ゲネロスもローブの男女も、そして亜子も、怪訝そうな顔で恵美利を見つめる。


「あなたもしかして、状況の変化で気がおかしく…………」


「いーーーーーよしっ!」

「!?」


 今度は恵美利の周りにいる全員がびくっとする。

「…………あの?」


 ゲネロスが困惑する。


 恵美利はゲネロスに向けてびしっと指を向ける。


「叶ったわ! 私の夢!」

「へ…………?」


「異世界に行くという私の夢が、叶ったの!」


 そう、恵美利はここに来てから、ただ冷静だったわけではない。内心とってもわくわくしていたのだ!

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