ブラック・ラック・ホワイト

柴王

1、異世界転移-World Transition-

 天井は自分との距離がつかめないほどに遠く、壁と壁との距離もおよそ現代日本人が住む建築物では考えられないほどに遠い。そんな宮殿の広間に、キョトン、とした様子でたたずむ少女が二人。


 一人は後ろで二つに結んだ黒髪ととろんとした目、そして左目の下にあるほくろが特徴的、いや、それ以外にこれといって特徴のない、スカート丈が長く、紺色というありがちな制服を着た少女。


 もう一人は透き通るような琥珀色の髪にぱっちりとして力のある瞳、全体的に整った顔立ちにすらっとした手足が特徴的な、膝上スカートでビビットな、アイドルグループの衣装を連想させるような制服を着た少女。


 二人は顔を見合わせると、同じタイミングで前を向き、もう一度顔を見合わせる。


 一呼吸してから、二人はまたも同じタイミングで言葉を発する。


「何これ!?」

「どこなのここは!」


 ***


 都会の街中を走る、一人の少女がいた。


「やばいやばいやばい! 今日お母さんから買い物頼まれてたんだった! タイムセール間に合うかな!? ……なんでこんな時に限って急に補習があるの!?」


 少女の名前は黒鉄亜子くろがねあこ。都内の公立中学校に通うごく普通の……否、そこそこ不幸な中学生である。


「わ……!」

 信号のない道を急いで渡ろうして、その瞬間に道を走っている車の存在に気づく。


 キキー! という急ブレーキの音とともに車は減速、間一髪で亜子は難を逃れた。

「び、びっくりした……」


 亜子はホッとして電柱にもたれかかる。


「気をつけろ!」

「す、すいませーん…」


 運転手はぶっきらぼうに言葉を発し、亜子の言葉を聞くそぶりも見せずに車を走らせ去っていった。


「はあ、気をつけないと……。さて、早くスーパーに行かないと……って、今気づいた! 私課題学校に置いてきちゃった!」


 スーパーと学校の方向へ何度か右往左往した後、亜子は観念して今来た道を戻ることにした。


「もー、なんでこう、私っていつもツイてないんだろ……ん?」


 学校への道の途中で、亜子は道端に何かが落ちていることに気づき、とろんとした目を大きく開く。


「これ、手紙……? なんか、招待状っぽいけど、宛名が書いてない……。こんなの来る時落ちてたっけ? ……いや、急いでたから気づかなかったのかも……」


 手紙を拾った亜子は、うーん、と唸り、はあ、とため息をつく。


「気づいちゃったものはしょうがない、中見ちゃうのも持ち主に申し訳ないし、交番に届けに行くか……」


 そうして亜子がまた学校とは逆方向の道に向うとした時、手紙が光り出した。


「わ! 何これ!?」


 亜子が手紙の方を見るとまさに封が開き、辺り一面に光が広がり、亜子の視界を覆い尽くした。


 ***


 学校の玄関口で上履きから靴に履き替えようとしている、一人の少女がいた。


「白金さん! 今日は練習試合の助っ人ありがとね!」


 バスケットボールを抱えた体操服姿の生徒が少女に声をかける。少女はにこっと生徒に向かって微笑む。


「私の方こそありがとう! いい運動になったわ。またいつでも声をかけてね」


 そう言い残すと少女は靴を履き、校門へ向かって歩き出す。


 少女の名前は白金恵美利しろかねえみり。都内の私立中学校に通う日本有数の大企業の社長令嬢である。容姿端麗・学業優秀・スポーツ万能と3拍子揃った、かなりラッキーな中学生だ。


「白金さん、今日も美しい……」

「白金センパイ、今日もオーラ半端ない!」


 優秀さのみならず、そのカリスマ性から男女問わず人気がある恵美利だが、本人にその自覚はない。そして彼女は……。


(今日はどのアニメを観ようかしら……?)

 彼女は、オタクであった。


 恵美利は羨望の眼差しを受けつつ帰って観るアニメのことを考えながら、校門に横付けされていた車の付近で立ち止まる。


「居守さん、今日も送迎ありがとう」


 恵美利は、恵美利のためにドアを開ける女性に話しかける。


「そのような、お仕事でございますので……」

「相変わらずお堅いわね。それもまた、居守さんの魅力だわ!」


 車に乗り込んだ恵美利は、変わらず笑顔を浮かべる。


「それじゃあ、よろしくね」

「はい」


 車は動き出し、学校を後にする。そして、近くにある信号を曲がった直後。


「居守さん、止まって! 何か落ちているわ!」


 恵美利は道に落ちている「何か」に気づいて目で追う。


 車が止まった直後、恵美利は車を飛び出し「何か」に向かって早歩きする。


「これは、手紙……? 何かの招待状かしら?」

 手紙を拾った恵美利は首をかしげる。


「きっとこれを落とした人は困っているに違いないわ。早く届けなくちゃ!」

 そう、恵美利が言った瞬間、手紙が光り出す。


「手紙が……光ってる?」


 その直後、封は開き、辺り一面に光が広がり、恵美利の視界を覆い尽くした。


 ***


「何これ!?」

「どこなのここは!」


 そうして時は現在に至る。


 二人の少女、黒鉄亜子と白金恵美利は、異世界にトリップしてしまったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る