12、戦闘の後-After Battle-

「ああ…………」


 亜子の口元から声が漏れる。


「…………ゲネロスさん」


 亜子をかばって矢を受けたゲネロスの右腕は出血し、舞い上がった鮮血が亜子の顔に飛び散る。


「ゲネロスさん!」

「隊長!」


 恵美利と隊員がゲネロスの負傷を見て声をあげる。


「私のことより敵を!」

 その言葉に一人の隊員が反応する。


視覚強化・望遠レイズ・テレスコープ!」

 隊員は矢じりが襲ってきた方角を注視し、周辺を見渡す。


「敵影、見当たりません!」


「……どうやら去っていったようね」

 恵美利は辺りを見渡した後、ふう、と息をこぼして脱力する。


「! あなた、あの距離を目視で確認できるの!?」

 隊員は驚いて恵美利に尋ねる。


「生まれつき視力は良いのよ。まあ、視力検査では2.0以上を測ったことがないから具体的な視力はわからないけれど…………それより」


 ゲネロスに隊員たちが集まっていた。


「隊長、今治癒を施します!」


 ゲネロスから引きはがされた亜子は頭の整理がまだついていなかった。


「ゲ、ゲネロスさん……私をかばって、私のせいで…………!」

「いえ……恵美利さんと、作戦の結果に気をとられて亜子さんへの意識を薄めてしまった私のミスです。傷は命にかかわるものではありません。亜子さんが責任を感じることは一つも…………ぐっ!」


「隊長、動かないでください!」

 隊員がゲネロスの体を固定する。


 ゲネロスを心配そうに見つめる亜子の肩に、ぽんと手が置かれる。


「恵美利ちゃん…………」


「敵がまだいたのは想定外だったけど、治癒魔術というものがあるのなら、ゲネロスさんの傷もきっとそう遠くないうちに回復するでしょう。亜子が無事で良かったわ」


 恵美利は亜子に笑顔を向ける。


 亜子は、それでもなお下を向く。そして、思い出してしまう。目の前でゲネロスの腕に刺さった矢と、飛び散った鮮血を。


「恵美利、と言ったか。礼を言おう。君のおかげで隊の被害は最小限に食い止められた」


 恵美利の横に、一人の男が歩いてくる。


「あなたは?」


「申し遅れたな。俺はミーティス。ゲネロス隊の副隊長をしている。隊長の傷が回復するまでは、俺が暫定的に隊の指揮をとる。…………近くにはまだ敵が潜んでいるやもしれん。今夜は予定を変更して近くの村に一泊する。疲れていると思うが、君たちには2,30分ほどまた歩いてもらうことになる」


 ミーティスはゲネロスと同い年くらいの、体つきがしっかりとした真面目そうな男だった。


「ミーティスさんね、よろしく。それで、ひとつ聞きたいのだけれど。」

「なんだ?」


「今夜ここでの悪魔族の襲撃は、全くの想定外………。そういうことでいいのよね?」

「………ああ、そうだ。前線に近い都市ならともかく、前線からかなり遠ざかったこの付近に悪魔族が出現したことは、少なくとも俺の記憶では一度もない。そもそもそんな地域だったら、君たちを連れて野営などしないさ」


「そうよね。異常事態、それに最後の敵………完全に亜子を狙っていたように見えた………」


「とにかく、ここは危ない。先に移動してから話をしよう。君、歩けるか?」


 ミーティスは亜子に尋ねる。


「………はい」


「よし、皆も準備できたようだ。移動を開始する!」


 一行は先ほどまで戦場となった野営地を離れ、村へと向かう。


 道中恵美利は、無言で隣を歩く亜子の表情を、じっと見つめていた。

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