16、一夜明けて-Over Night into The Next Morning-

「ん……」

 亜子が眠りから目を覚ますと、目の前には恵美利の顔があった。


「やっと起きたわね。起こしても全然起きなかったんだもの! 疲れてたから眠りが深かったのかしら?」


 亜子はむくっと起き上がる。


「そうなんだ、全然気づかなかったよ。……それもたぶんあるけど、私、おとといふかふかのベッドであまり寝付けなかったから。布団で寝れて気持ちよかったー」

 亜子は気持ちよさそうに伸びをする。


「そう、珍しい体質なのね。って、それより早く支度して朝食をとりましょ! ゲネロス隊の人はもうみんな起きてるって聞いたわ!」


 恵美利は亜子から布団を取り上げて無理やり立ち上がらせる。


「わ、恵美利ちゃん! わかったから引っ張らないで!」


 ***


「恵美利さん、亜子さん、おはようございます」


 二人が朝食を食べに広間に着くと、すぐにあいさつが飛んできた。


「「ゲネロスさん!」」

 あいさつの主・ゲネロスは右腕を包帯でぐるぐる巻きにされて、慣れない左手で朝食を食べていた。


「もう起き上がっても大丈夫なの?」


「そもそも、こんなもの私にとっては負傷の内に入りません。うちには優秀な治癒魔術の使い手もいますしね」

「……えいっ」


 恵美利はゲネロスの包帯の上から指でちょん、とつつく。


「痛っ!」

「やっぱり。昨日見た感じだとずいぶん深く刺さってた感じだったもの」


「恵美利ちゃん!」

 亜子は恵美利をたしなめる。


「ゲネロスさん、その、昨日はありがとうございました! 私をかばって……」


「亜子さんを守るのは私の役目でしたから。それに、恵美利さんの言葉がなければ危うく亜子さんの命を危険にさらすところでした……むしろ謝らなければ」


「いえ、むしろむしろ、謝るのは私の方です!」

 亜子はゲネロスに向かって頭を下げる。


「亜子さんが責任を感じることではありません。今言ったように、亜子さんを守るのは私の役目ですから」


「そうじゃないんです……私、ゲネロスさんが私をかばって血を流して、それで、怖くなって、逃げたいって、もうやだって、思っちゃったんです。私の覚悟を汲み取って必死で助けてくれたゲネロスさんに、感謝する気持ちなんて忘れて…………」


「なるほど」とゲネロスは納得したように答える。


「私はそう思うのは当然だと思いますし、むしろ亜子さんは今日、『やっぱり戻りたい』と言ってくるのではないかと思っていました、ですが……」


 ゲネロスは亜子と恵美利の顔を交互に見る。


「どうやらその心配はなさそうですね」


 ゲネロスは微笑む。


「はい! 私はもう逃げません! きっとゲネロスさんみたいなかっこいい魔術師になってみせます!」


「かっこいい……照れますね」

 ゲネロスは目を伏せる。


「私もゲネロスさんのかっこよさは見習いたいけれど、魔術師としてはもっと高みを目指すわ! 当面の目標は大隊長にタイマンで買ってその座を譲ってもらう!」


 恵美利はびしっと人差し指を天井に向ける。


「大隊長は御三方ともすばらしい魔術師ですから、いつになるでしょうね。というか、そもそも大隊長にタイマンで勝っても大隊長にはなれませんよ」


「あら、そうなの?」


「……ですが。昨日の活躍を見れば、少し期待してしまいますね。恵美利さんはきっとすごい魔術師になると思います」


「ついにゲネロスさんも認めたわね! 後はひたすら頑張るのみ! さあ、早く魔術学校へ行きましょう!」


「恵美利ちゃん、朝ごはん食べてから、ね」

「そうね、腹が減っては何とやら、ね!」


「…………心配は杞憂だったようだな」

 三人の様子を傍から見ていたミーティスは、恵美利と亜子の表情を見て安心していた。


(一晩中警戒していたが、結局あの中級悪魔は現れなかった。それ自体は良いことだが、あれ以来どこの分隊もあの悪魔に遭遇していないというのは気になるな…………)


 その一方でミーティスは、何か不穏な雰囲気を感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る