15、恐怖と勇気-Fear and Courage-
部屋に戻った二人はシャワーを浴びて宿の備え付けの浴衣に着替えていた。
「これ、見た目は普通の浴衣だけど、とっても軽いわ! 何か特殊な素材が使われているのかしら? ねえ亜子?」
「うん、そうだね……」
亜子は上の空で返事をする。
「ゲネロスさんの怪我に責任を感じてるの? それとも、怖くなった?」
恵美利は亜子の近くに座り、優しい口調で、けれど真顔で問いかける。
「どっちも……どっちもだよ。私を庇ったゲネロスさんの血が、私の視界を覆って、ようやく、私は私が知らない世界に来ちゃったんだっ、て……」
亜子の目が潤む。今朝、澄んだ青空のように輝いていた亜子の瞳は、今は曇っていた。
「亜子、あなたの気持ちもわかるわ。でも、あなたは自分で決意して宮殿を飛び出した。あの時の自分の勇気を無駄にしてしまうの?」
亜子は涙を流しながら恵美利をキッと睨む。
「恵美利ちゃんにはわからないよ! 魔術も使わずに敵を倒しちゃう恵美利ちゃんには!」
「亜子」
恵美利は亜子の肩に手を置く。
「何を言っても恵美利ちゃんの言葉じゃ私は……。!」
亜子は、自分の肩に置かれた手が震えているのに気づく。
「え、みりちゃん……」
「わかるわよ。悪魔族が現れたあの瞬間から、私の手足はずっと、治まることなく震え続けているもの」
「あ……」
「私が囮になるってゲネロスさんに提案した時も、走ってる間も、走った後も、ゲネロスさんが撃たれた時も、ミーティスさんに悪魔について聞いていた時だって! ずっと怖かった」
恵美利は亜子の肩に置いた手をぎゅっと握りしめる。
「悲しみも苦しみも、恐怖も、私が生きている証。だから私はそれを否定しない。それを背負ったまま前に進む。……一番駄目なのは、マイナスな感情に押しつぶされて動けなくなることよ」
「……うう、でも…………」
「亜子がやっぱり引き返すって言うなら、私は何も言わないわ。でも、もう一度、しっかりと覚えておいて。私と亜子は変わらない。喜び怒り哀しみ楽しむ、一人の人間よ」
亜子はハッとする。
「……じゃあ、私はそろそろ寝るわね」
恵美利が亜子の肩から手を離し、灯りを消そうと立ち上がろうとした瞬間、亜子が恵美利の手を掴む。
「亜子?」
「私、戦うよ……!」
「!」
「今逃げたら、私が嫌いな私に戻っちゃう気がするから。それに……私と同じ人間の恵美利ちゃんを、一人にはさせない。……私じゃ、頼りにならないかもしれないけど」
恵美利は亜子の手を勢いよく引っ張り、亜子を抱きしめる。
「え、恵美利ちゃん!?」
「その言葉を待っていたわ! 亜子!」
亜子から体を離した恵美利は、まっすぐに亜子を見つめる。
「これから私たちは一蓮托生、パートナーよ! もう、逃げることは私が許さないわよ!」
亜子は一瞬びっくりするが、すぐに笑顔になる。
「うん…………うん! 私はもう逃げないよ、恵美利ちゃん!」
勇気と絆を上書きし、二人の二日目の夜は過ぎ去っていった。
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