私の処女を奪って下さい ～僕と晴希の愛の軌跡 731日の絆と58年の想い～

第16話 アイラブレラ

　夏稀が『俺の女宣言』をした『あ（・）の（・）日（・）』から不良グループ達が晴希のレジに集中するような事は無くなった。だが直樹はより一層の不満を心の中に募らせていた。

　やはりその元凶は夏稀の存在だった。あの日からアルバイト帰りには必ず現れ、晴希を連れ去ってゆく夏稀に直樹の心は激しく揺さぶられていた。

「晴希……君の心に僕はもう……」

　孤独な夜に一人潰されてしまいそうな直樹。

『もしかしたら晴希と夏稀は家に帰ってからコッソリ愛を育んでいるのではないか？』

『やっぱり僕に対する好意は単なる遊びだったのでは無いか？』

　晴希の事を思えば思う程に浮かび上がる疑問と不安。夏稀と結ばれた方が幸せなのはわかっている……でも諦められなかった。

　張り裂けそうな想いと向かい合いながら今日もズタズタに壊れてゆく直樹の心。ギスギスした痛みに絶えながらただ必死に耐え続ける日々が続いた。

「直樹さん……」

「僕の事はもう気にしないで良いから……」

　アルバイトが終わると申し訳なさそうな顔をしながら声を掛けてくる晴希に直樹は素っ気ない言葉でしか返えせないでいる……晴希の気持ちもわからないままに……

　―6月―

　気が付けば晴希がアルバイトに加わってから１ヶ月以上が経過していた。

　この日は生憎の空模様……梅雨時期にしては珍しくひんやりと冷たい雨がシトシトと降っていた。いつもの様に晴希と同じ遅番のシフトで入る直樹……この日も当然閉店後には夏稀が来るものかと思っていたのだが……

「今日、雨だからナツは迎えに来ないよ」

「えっ？」

　晴希の言葉に目を見開き驚いた直樹だが、心の中ではこの瞬間を待ちわびていた。やっと晴希と二人きりで話が出来るのだから……

　ビューー

「きゃあ……。あっ私の傘が……」

　急な突風に煽られて晴希にの傘が壊れてしまう。勿論、予備の傘など無く途方に暮れていた晴希に直樹は優しく傘を差し出す。

「良かったら一緒に入っていかないか」

　二人で一つの傘に入り、寄り添いながら歩くその様はまるで長年連れ添った恋人同士の様でもあり、ゆっくりと心が暖まってゆくのを感じた。

　そして二人が暗い路地へ差し掛かろうとした時……

「あのぅ」

「あのさぁ」

　二人は同時に声を掛け合った……きっと晴希も何か伝えたい事があったのだろう。お互い話を譲り合うが結局、直樹の方から話をする事になった。

「あのさ……僕は晴希の迷惑とかになってないかな？一度好きって言ってしまったが為に他の恋愛に踏み出せないとかさ。もしそうだったとしたら僕の事は全然気にしなくても良いから……だから……」

　本当は夏稀の事をどう思っているのか聞きたかったけれど、晴希の気持ちを考えるとどうしても強く出られない直樹。そんな優しい直樹に自身の胸の内を語り始める晴希……その目には薄っすらと涙が溜まりウルウルと輝きを放っていた。

「そんな事無いよ。私はずっと直樹さん一筋だもん。私から好きになったのにずっと寂しい思いをさせちゃってごめん」

「晴希……」

「でも仕方が無かったの……グスッ。私が直樹さんの事を好きだって事がバレれば直樹さんはきっとナツに壊されてしまうから……グスッ……だから……ううぅぅ……うっうっうっ……」

　晴希は夏稀に夢中になっていた訳でも直樹を嫌いになった訳でも無かった。

　晴希もまた直樹の事を想いながら悩んでいたのだ、自身の気持ちを隠しながら……。晴希の想いを受け取った直樹は傘を握っていない方の手で静かに肩を抱き寄せるのであった。

【秘密の相合い傘（アイラブレラ）】

　再び寄り添ってゆく、二人の想いは強（したた）かな雨音によって秘密に愛を育くんでゆく。晴希の嬉しそうな笑顔に直樹の心もまた暖かくなった。このままこの雨が止まなければ良いのに……降り続ける雨に祈りを捧げながらも、この幸せ時を感じずにはいられなかった。

　そして駅へと到着すると……

「私、まだ直樹さんと一緒にいたいよ。明日は学校もお休みだし、お友達なんですからお泊りしても良いですよね？」

「ダーーメ。まだ付き合ってもいない男女が一つの屋根の下で過ごすなんてそんな事……」

　別れを惜しんだ晴希が直樹の家に泊りたいと言い出したのだが直樹はこれを断固として拒否。

「直樹さんのイジワル。私達はもう両想いなんだから良いじゃないですか？」

「えっ？あっ……いやそれは……でもダメだ」

　直樹へと猛烈にアピールするのだが結局、却下され渋々帰る事になった晴希。

「あぁ……直樹さんの家に行きたかったなぁ。なんてね……この傘、本当に借りちゃって良いんですか？直樹さん濡れちゃうよ？」

「僕の家はそんなに距離も無いし、大丈夫だよ。晴希こそ気を付けて帰ってな」

「うん、ありがとう。私、やっぱり直樹さんの事が大好き」

　別れ際に抱きついてくる晴希だったがここは駅前……周りの人の目が痛かった。知り合いが見ていなければと願いつつも晴希との時間を肌で感じとっていた直樹は幸せだった。

　晴希を見送ると直樹は家まで走った。いつもよりも軽快な足取りに駆けるスピードも速く感じる。降り注ぐ雨を物ともせず、力強く駆けてゆく直樹の心は空を覆い尽くすこの雲とは対照的に青く澄み渡っていた。

　シャワーを済ますとベットに寝転び晴希の写真をジッと眺めながら問い掛ける。

「晴希……僕なんかで良いのか？本当に後悔しないか？」

　この日、直樹は晴希への告白を決意する。心の蟠（わだかま）りが取れた直樹には最早、迷いは無かった。

　だけど、二人にはまだ越えなきゃならない壁がある。そう夏稀と言う大きな壁が……