第10話 フォーチュンゲーム

 直樹からアルバイトの説明を受けている晴希。流石は現役女子校生、飲み込みが早く次々と仕事を覚えてゆくのだったが……


「直樹先輩。次は何をしたら良いですか?」

「じゃあそろそろ2番でも行くか」


「んっ??……2番ってなんですか?」


 少し困った様子で直樹の顔をジーっと見つめてくる晴希。その愛くるしい瞳に見つめられると胸が熱く締め付けられる思いであった。


 ふつふつと沸き立つ感情に思わず視線を反らしてしまった直樹は晴希の顔を直視出来ない。仕方無く横目で説明をする事にしたのだったが……


「2番は休憩の事だよ。接客業ではお客さんにバレない様に番号を使って行動を皆に知らせるんだ。ウチでは1番が集金、2番が休憩、3番がトイレだから覚えておいてね」


「なるほど。そんな意味があったんですね」


 番号の謎が解け、体を左右に揺らしながら喜んでいる晴希。同じ遅番をやっているパートのおばちゃんへ番号を告げると事務所で休憩する事にした直樹達。


 途中、自販機の前で急に立ち止まった直樹はポケットから小銭でパンパンになった黒いガマ財布を取り出すと自販機へとコインを投入した。


「晴希、お疲れ様。良かったら奢るから何か飲みなよ」

「えっ?良いんですか?嬉しいな……ふふふっ」


 子供の様にはしゃいで喜ぶ晴希を見て直樹も嬉しくなった。飲み物ぐらいでこんなに喜んで貰えるんなら毎回奢ってあげても良いかも知れない……そんな事を考えていると、自販機をジーっと見て難しそうな顔をしている晴希。何かあったのだろうか?


「どうした?何かあったか?」


「この自販機ルーレットみたいな物がついてるんです……これって何ですか?」


 コイン投入口の上にちょこっとついているデジタル数字のルーレットが気になって仕方が無い様子の晴希。


「これは当たり付きの自販機。ルーレットで数字が揃うともう一本貰えるんだよ」

「ええっ??もう一本貰えるんですか?凄い……凄いですよこれ。こんなの初めて見ました」


 右指を立て得意気に説明する直樹だが、当たりを引く確率なんてほぼ0%に等しいだろう。それを証拠に直樹はこのアルバイトを初めてから5年間、一度として当たった試しが無かった。単に運が悪かったとも言えるがそう簡単に引ける代物では無いのだ。


 直樹は自販機を見つめながら思う……これは使えると、そして直樹は晴希が何も知らないのを良い事にとんでも無い賭けを持ち掛けるのであった。


「なあ晴希。この自販機で賭けをしないか?もしルーレットで当たったらなんでも一つだけ晴希のお願い事を聞いてあげる。あっ!付き合ってとか結婚してとかは無しでな」

「うん。もし外れたら?」


「もし外れたらバイト先でもう僕の事は先輩って呼ばない事。どうだ、やるか?」


「ふふっ……受けて立ちますよ。それじゃあいっきいまーす……はいっ」



運命の駆引きフォーチュンゲーム



 晴希は確率の事を知らない。少し意地悪な賭けだけど、承諾したのは晴希だからと自分自身に言い聞かせその様子をジッと見守っている直樹……実に大人げない。


「あっ直樹さん揃いますよ……ほらっ」


 左右の数字が『7』と『7』で揃いリーチとなったがこれはきっとデフォルト。恐らく『6』あたりが来て外れるのだろうと安心しきっていると『6』を素通りしてそのまま数字が滑っていく……まさか?


「止まってぇー止まってぇー……あぁ~」


 晴希の祈りも虚しく数字は『8』で止まった。ガッカリ顔の晴希とは裏腹に当然の結果に悪ぶれた様子も無く、ドヤ顔で大笑いをしていた直樹。


「ははは……惜しかったな。でも約束は約束だからな。今から先輩って呼ぶのは禁……」


 チャラチャンチャラチャン~♪


 すると突如、自販機から賑やかな音が鳴り響き『8』の数字の横に小さなロボットが現れ数字を動かし始める。まさか……


「やっ……やめろぉーー」

「頑張れロボット君」


 チッチャラ~♪チッチャラ~♪チャ~ン♪


 ロボットの一撃で数字がテンパイし、まさかの大当り。その場で膝を付き落胆する直樹とその横では飛び跳ねて喜ぶ晴希がいた。


「やったーやったー。直樹さん大当りですよ。凄い……凄いです」


「なっ……何でだ。この5年間ずっと買い続けて一度も当った事が無かったのになんで今、当たるんだ」


 神の悪戯なのかはたまた偶然の奇跡なのか事態はまたも予想だにしない方向へと進んでゆく。


「ふふふ……さて何をお願いしようかな」


 悪戯に笑う晴希の顔が恐ろしい……後悔と苦悩に頭を抱え塞ぎ込む直樹であったが勿論、自業自得である。やはり悪い事などするべきでは無いのだ。


「直樹さん!直樹さん!!なんかルーレットがカウントダウンしてますよ早く押さないと……」


 晴希が慌てた様子では直樹を呼ぶ声がした。どうやらこの当たりには制限時間がある様だ。


「えっ?あっ……こっ……これだ」


 ギリギリの所で咄嗟にボタンを押すと中から出て来たのはなんと……


『ホットおしるこ』


 春も終わり、初夏へと向かうこの生暖かい季節に何故『おしるこ』が導入されていたのかは不明だが、直樹は押してしまったのだ、この季節外れのホットドリンクを……


「直樹さんは『おしるこ』が好きなんですか?私も好きですよ……ふふふっ」


 人間、いざとなると目の前にあるボタンを押す事ぐらいしか出来ないのかも知れない。


 溜め息をつきながら事務所へと入ってゆく直樹……その後ろからは晴希が軽くスキップしながら嬉しそうに続いていた。



 ―スーパーの事務所にて―


 二人は事務所の窓際にある長机で休憩していた。椅子に凭れながら直樹は思う……何故『温かいおしるこ』を選択してしまったのかと……

 一口飲むと……確かに美味しい。だがこの暖かくなってきた季節にはあまりにもミスマッチで、なんとも微妙な不協和音ディスコードを響かせている様であった。


「直樹さんどうしたんですか?賭けに負けちゃったのがそんなに悔しかったんですか?……ふふふっ」


「あぁ……そうだった……」


 晴希との賭けを思い出し、更に落ち込む直樹。晴希の事だからどんな無茶を言ってくるのか想像がつかず、不安と恐怖が山積みになってゆく。一方、晴樹はというとお願いを何にしようか嬉しそうに悩んでいた。


「アウトレットでお買い物に付き合って貰うのが良いかな?それともお泊りデート?ふふふっ……迷っちゃうなぁ」

「ちょっ……泊りはダメだぞ」


 そんな直樹の不安を他所に目を閉じて深く考え込んでいた晴希は突然、何かを閃いた様に椅子から飛び上がる。


「あっ決めました。私のお願い事はね………」


 ドクン……ドクン……ドクン……


 高鳴る鼓動……直樹に顔に緊張が走る。

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