第15話 ウィッシュスター
道端の小石を蹴りながらトボトボと家へ向かう直樹……頭に過るのはバイク男のあの言葉だった。
『もし晴希に気があるなら今すぐ諦めろ』
『お前に晴希と付き合う資格は無い』
晴希の事を思えば確かにそうかも知れない……いや実際そうなのだろう。少なくともあのイケメンと結ばれれば僕と付き合うよりずっと幸せなはずだと決めつけては落ち込んでいる直樹であったが……やはり晴希への想いが捨てきれず、苦悩する時間が続いた。
ベッドに寝そべり、スマホの中の晴希の見ていると急に悲しみが直樹の胸へと押し寄せ、目には薄っらと涙が溜まっていた。
「初めから決まってたんだ。きっと晴希との出会いも神様の間違いだったのだろう。やっぱり僕には釣り合わな……」
チャラチャラン~♪
ネガティブな事を直樹が考えていると突如、スマホが鳴り響いた。どうやら晴希からLINKが送られて来たようだ。
晴希【今日はごめんなさい】
【一人だけ先に帰ってしまって】
直樹【気にしないでよ】
【知り合いなんだろ?】
【良かったじゃん】
直樹は嘘をついた……本当は晴希と一緒に帰りたかったし、あのナツというイケメンの事が気になって、気になって仕方が無かった。
晴希【夏稀は私の幼馴染みなんだ】
【中学卒業後に遠くへ引っ越したんだけど】
引っ越してしまった晴希の幼馴染み。あの感じだと晴希は夏稀の事を好きだったに違いない。あのルックスに男としての頼もしさ……直樹に持っていない物を夏稀は全て持っていた。勝てる見込みなど1%も無いのだろう。
深い絶望感と空虚感に襲われる直樹であったが気持ちとは裏腹に心にもない事を言ってしまう。
直樹【再会出来て良かったな】
【格好良いし、結構モテそう】
晴希【モテモテだったよ】
【クールなんだけど優しくて】
【いつも私は助けられてた】
直樹は確信した。晴希は夏稀の事が好きだったのだと……。そんな憧れの人が帰って来てたのだ……夢中になってしまっても仕方無い事だとわかっていても中々割りきれない直樹。胸の
直樹【あんな格好良いなら】
【付き合ってる人いるんだろ?】
話の流れからして、この質問にはかなり違和感があった……でも安心を得る事に必死だった直樹は聞かずにはいられなかったのだ。
【
もしこの質問の答えが『No』であったのならば
晴希【恋人はいないらしいよ】
【絶賛募集中だって】
【直樹さん気になるの?】
想像しうる最悪な展開であった。彼女がいないだけなら未だしも、恋人募集中。ただでさえ晴希が好意を持っている相手な訳だし、陥落するのは時間の問題だった。しかし、直樹はただなら無い不安を感じながらも正直になれないでいるのだった。
直樹【別に気になってる訳じゃ無いよ】
【ただ格好良いからモテそうだと思ってて】
【良かったな】
本当は気になって気になって仕方なかったはずなのに今日はこれ以上の質問をする事が出来なかった。
晴希【うん、ありがとう】
【明日からもバイト宜しく】
直樹【宜しく】
これで今日の晴希とのLINKは終わった。いつもと比べるとあまりにも素っ気無い晴希の対応に不安が積み重ねてゆく。
「これで僕の初恋は終わりなのか?いやまだ晴希に直接聞いた訳じゃ……でも……きっと……」
晴希の目にはもう僕の姿は写っていないのだろうかと思うと耐え難い不安に胸が締め付けられる直樹であった。
翌朝、不安や苛立ちからいつもより早くに目が覚めてしまう。夕方のアルバイトまでには時間がある為、ゲームで気を紛らわせようとする直樹であったが……
「ダメだ。こんなもんじゃ気を紛らわす事なんて出来やしない。晴希……はぁー」
不安と後悔が直樹の心を蝕んでゆく……つい先日までは『思いを口にすれば手が届く』そんな距離にいた晴希が急に遠ざかってしまった様に感じた。
気付くとスマホの中の晴希を見てはため息をつく様な事を繰り返していた。
―夕方―
アルバイトへと向かう直樹だが、その心は複雑であった。何故なら今日のシフトも晴希と一緒だったからだ。
話したい事は山程あったが、勤務中に私語は話せない等と自分自身に言い訳をしながら帰り道で思いの内を晴希に聞いてみようと心に決める直樹……その握り締めた手には不思議と力が入っていた。
「こんにちは直樹さん。今日も一緒に遅番だね。宜しくお願いします」
「あっ……ああ」
眩しい過ぎる晴希の笑顔。
この笑顔も
引き継ぎを終えレジへと入ると昨日の悪夢が再び甦る。晴希のレジにはまた長蛇の列、そして例によって晴希を口説こうとする不良達。
見かねた直樹が再び止めに入ろうとすると……
「テメェらなに俺の女に手ぇ掛けてんだ。シバかれてぇのか?オラッ」
声の主はなんと夏稀であった。その鋭すぎる眼光に……荒々しい口調に辺りには戦慄が走った。まるで巣を襲われた蟻達の様にワチャワチャと逃げてゆく不良達は圧巻。その様子は夏稀の力量を物語っている様であった。
間近で見ていた晴希は苦笑いをしているだけで嫌がる訳でも否定する訳でも無く、直樹の心は再び強く揺れ動いていた。
『俺の女発言』だけすると、そのまま立ち去ってしまう夏稀だったが……晴希との間には微妙な空気が流れていた。
「なっ……直樹さん。アレはナツの冗談だから真に受けないでね……ははは」
「じょ……冗談なのか……ははは」
受け流すのには無理があった。こんな公衆の面前で夏稀は堂々と恋人宣言してしまったのだから……。そしてこの時から直樹の中で熱く煮えたぎっていた想いは脆くも崩れ始めるのであった。
不穏な空気のままアルバイトを終えると、一台のバイクが直樹達の前へと現れた。バイクに乗っていたのは当然……夏稀である。
「乗れよハル。今日も家まで乗せて行ってやるよ」
「えっ?……あっうん……」
少し戸惑った様子の晴希は直樹の顔色を伺う。そんな晴希の気持ちを察した直樹はまたしても心にも無い事を言ってしまった。
「送って貰いなよ。また不良に絡まれても危険だし、送って貰えば安心だろ」
晴希の為にと直樹は自分の想いを押し殺す様に言った。晴希もコクりと少し寂しそうに頷くとバイクの後部座席へと座る。
駆けてゆく晴希達の後ろ姿をただ呆然と眺める事しか出来ない直樹。己の不甲斐なさを呪いつつ、ただ虚しさとバイクの排気音だけがいつまでも心へ中でリピートしているのだった。
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