第14話 ダークメシア

 直樹の懸命な指導もあり、数日間の研修期間を経て晴希は独り立ちする……だが事件は晴希と直樹のシフトが初めて重なった日に起こるのだった。

 スーパーに『可愛い定員がいる』と噂が立つとたちまちに押し掛けてくる不良達。空いている直樹のレジには見向きもせず、一目散に晴希の列へとみんな並んでゆく。


 せかせかと仕事をこなしてゆく晴希だったが、流石に1人で対応するには人数が多く、その顔には疲れが見え隠れしていた。見かねた直樹が不良の中でもリーダー的な大柄男へ声を掛けるのだったが……


「お客様……こちらのレジが空いておりますので宜しければ商品をいただきますが……」


「オヤジにゃ用はねぇんだよ。それよりお姉ちゃん可愛いね。これから遊びに行かない?こんな所にいるよりずっと楽しいぜ」


 直樹の言葉には耳を貸さずそのまま晴希をナンパしだす不良男。こんなデリカシーの欠片も無い男には早々に帰って欲しい物であるが、そこはお客様……大人の対応で応戦する直樹だったのだが……


「すみません。営業時間中ですのでそう言ったお話はご遠慮していただけませんでしょうか?」

「あぁん……なんだテメェ。お客様をなんだと思ってんだよ」


 派手に突き飛ばされた直樹は床へと倒れた。尻骨に感じる鈍い痛み……上からはまるでゴミでも見ているかの様に高圧的な視線を感じる。天を突く程の怒り……今にも殴りかかりそうな程、激情していた直樹は不良達を激しく睨みつけた。そんな直樹を見て晴希も口調を荒げながら叫ぶのだったが……


「お店の中で暴れるなら警察呼びますよ」


「じゃあ外で待ってるよ。バイト終わったら一緒に楽しい事して遊ぼうぜ……へへへ」


 そう言うと不良グループは外へと出てゆき駐車場の真ん中にデンっと座り込むんでしまった。


 その様子を見て顔を見合わせると冷たくなってゆく二人の顔……暫くすれば諦めて帰るだろうと気を紛らわせる様に自分へと言い聞かせていた直樹だが、閉店の時間を過ぎても帰る気配が無い不良達に戸惑いを隠せずにいた。


「ねぇ直樹さんどうしよう。あの人達まだいるよ……私、恐い」

「うーん」


 暫く考え込んだ直樹はお店の裏口からコッソリ抜け出す事にした。手に握る汗……回すハンドルにも自然と力が入る。音を立てない様に細心の注意を払いながらゆっくり……扉を開けると二人は一気に抜け出した。


 辺りをキョロキョロとしながらゆっくりと歩いてゆく……駅の付近まで辿り着くと二人の表情かおにも安堵の色が少しずつ見え隠れした。


「なんとか巻いたみたいだな」

「ふぃー助かったよ直樹さん」


 念には念を入れてと駅裏の改札口からコッソリ入ろうと回り道を試みる直樹達であったが……


「待てよオラッ」

「きゃっ……」


 住宅街の一角へ差し掛かった時……暗がりで目を光らせていた三人の不良達に突如として囲まれてしまう。


「ったく釣れないよな姉ちゃん。俺達の誘いを無視して帰ろうとするなんてよ」


「お前ら晴希は嫌がってるだろ?」


 まるで壁際に追い詰められた猫の様に絶体絶命のピンチへと陥った直樹はなんとかこの状況を打破しようと抵抗するのだったが……


「テメェには関係ねぇだろ。邪魔すんじゃねぇよ。さあ、姉ちゃんこっちに来なよ」


 必死の制止も虚しく、直樹は再び突き飛ばされてしまった。不良男達は晴希の手首を鷲掴みにすると無理矢理連れて行こうとするのだが……なにやら晴希の様子がおかしい。


 ガタガタと震えだして一点を見つめながら全く動かない晴希。目からは大量の涙が零れ落ち……そのまま地面へと力無くしゃがみ込んでしまう。


「ごっ………ごめんなさい……ごめんなさい。もう私、悪い事をしないから……ゆる……許して下さい。ごめんなさい……ごめんなさい……私の事を虐めないで……下さい……グスッ……許して下さい……お願い……ごめんなさい……ごめんなさい……グスッ……」


 虚ろなその瞳はまるで取り憑かれたかの様に不気味であり、まるで壊れた人形の様に何かをブツブツと呟いていた晴希。この異変に気がついた直樹は立ち上がると不良達を押し退け、晴希の両肩を握りながら何度も呼び掛けた。


「晴希、晴希。おいしっかりしろよ晴希」


「えっ?あっ……ごっごめんなさい……私、また……」


 直樹の声で我へ返った晴希を見てにホッとしたのも束の間、不良達は禍々しい形相をしながら再び晴希達へ迫って来るのだった。


「俺達は別に恐い事なんて何もしないぜ。楽しくナイトフィーバーしようよ……なぁ」


 迫り来る不良達から晴希を守るため直樹は両手を広げながら間へと割って入る。見兼ねた不良グループの1人が直樹へと殴りかかろうとしたその時だった。1台のバイクが不良達との間へと割り込んで来る。


 間一髪、事故にこそならなかった物の危うく引かれる所だった不良達は顔を真っ赤にしながら怒りを爆発させるのだった。


「テメェどこに目ぇつけて走ってんだよ」

「ぶっ殺ろされてぇのかオラッ」


「お前らこそ、俺に喧嘩売るという事がどういう事か分かってるんだろうな?」


 バイク男がヘルメットを外すと露わになるその全貌。金髪のロングヘヤー……ハーフなのかクォーターなのかわからないが整った顔立ちで超イケメン。その凄まじいオーラと鋭い眼光は見るもの全てを圧倒し、『魔王ルシファー』と呼ぶに相応しい風貌ふうぼうであった。


 初めは威勢良く吠えていた不良達もバイク男の素顔を見るや否や状況は一変した。土下座して謝る不良達……どうやらこの男はこの辺りを縄張りとする暴走族の長の様である。


「ウチのチームじゃナンパはご法度はっと。振られて情けない姿は俺の美観びかんさわるからな。わかったらさっさと消えろゴミ共が……」



悪の救世主ダークメシア



 その余りの威圧感に気圧され、脱兎の如く逃げ出す不良達は実に無様な姿をさらしていた。不良達が立ち去った後、バイク男が直樹達へと向かって……いや実際は晴希の下へとやって来た。


「お前、良く見たら『ハル』じゃねぇか。久しいな元気か?」


「もしかして『ナツ?』。久し振り中学以来だよね。もう会えないと思ってたのに……いつこっちに戻って来たのよ?」


 どうやらこのバイク男は晴希の知り合いの様だ。だが、どうにも怪しい。

 『ハル』とか『ナツ』とか愛称で呼びあってるし、仲睦まじい様子はまるで離れ離れになった恋人同士の様でもあった。嬉しそうな晴希の顔見ているとまるでゴミでも入ったかの様なゴロゴロとした痛みを目に感じるのだった。


「こっちに戻って来たのはつい1ヶ月ぐらい前だ。ハルこそ、こんな遅い時間に何やってんだよ。んでコイツは何?」


 ナツと呼ばれるこのバイク男は鋭い視線で直樹を指差し質問をするのだが……やっぱり晴希の様子がおかしい。


「今、アルバイトの帰りで、この人はバイト先の先輩で草原さん」


 この違和感に戸惑っている直樹。いつもだったら困らせるぐらいラブアピールして来る晴希が直樹の事をバイトの先輩と……。しかも名前では無く苗字で呼んで来るなんて親しくなってからは一度も無かった事なのだから……


 気持ちの整理が追い付かず、落ち着かない様子の直樹。そんな直樹に追い討ちを掛けるかの様に耳打ちをしてくる『ナツ』と呼ばれる悪魔。


「バイトの先輩だがなんだか知らねぇけどな、もし晴希に気があるなら今すぐ諦めろ。お前に晴希と付き合う資格は無い」


 直樹は何も言い返す事が出来ず、ただ呆然と立ち尽くしていた。悔しかった……晴希を諦めろと言うこの男にも、何も言い返せずに立ち尽くす事しか出来ない自分自身にも……


 するとナツは持っていたヘルメットを晴希に向かって投げ渡すと後部座席を指した。


「乗れよハル。帰り道だから乗せてってやる」

「……ありがとう。……あっ」


 晴希は申し訳なさそうな顔でバイクに乗り込むとバイク男を後ろから強く抱き締めた。


「しっかり、掴まってろよハル」

「うん。……ごめんね草原さん」


 ブルゥゥン……ボッボッボッ……ブオォォーーン……ブオォォーーン……


 白煙の中に消えてゆく二人。颯爽と走り去ってゆくその姿はまるで白馬に乗った王子とお姫様……直樹の心は深く抉られる様であった。

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