第8話 マシュマロック

 晴希との距離を置きたい直樹はどうしたら傷つけずに遠ざけられるのか本気で悩んでいた。


 考えれば考える程に頭が痛くなる……正直に話せばわかって貰えるだろうか?そんな不安と戸惑いを胸にスーパーの扉から出ると直樹に気付いた晴希は勢い良く走って来るのだった。


「待ってたよ直樹さん。お仕事、お疲れ様」

「おっ……お待たせ」


 直樹の不安などお構い無しに晴希はいきなり腕へと抱きついて来る。鼻を擽るフワッとした華やかな香り……これが香水の香りなのか晴希の匂いなのかわからなかったが不思議と心地が良かった。


 そして心地良いのはこの香りだけでは無かった。腕に感じる柔らかな感触これってつまり……



魅惑の双丘マシュマロック



 苦笑いを続けながら困惑している直樹。今すぐに逃げだしたい状況にも関わらず、腕に当たる柔らかな膨らみによって行く手を阻まれどうにも気持ちが鈍ってしまう。そんな直樹の気持ちを知ってか知らずか晴希は直樹に向かって掌を出してくるのだった。


「番号とか登録するのでスマホを貸して下さい」


 直樹がスマホを手渡すと何やら凄い勢いで操作していく晴希。流石は現役の女子高生……スマホの扱いなどお手の物なのである。


「はい。これで一通り登録が完了っと。基本的には『LINKリンク』でのやり取りがメインになりそうですね」


※『LINK』は大人気のソーシャルネットワークサービスの事であり、メッセージのやり取りや通話が可能。


「ありがとう。これで晴希ちゃんと気軽に連絡取り合える訳だ……なぁーーぅ!!」

「なぁーう?ふふふっ……そんなに喜んで貰えて私も嬉しいです」


 この時の直樹は喜んでいたのでは無く、無意識のうちに晴希と連絡先を交換してしまった事に対して驚いていた。最早、後の祭り……後戻りなど出来るはずもなかった。


 不安と後悔をいだきながら重い表情をしている直樹とは対象的に好きな人と繋がれた事を心から喜んでいる晴希。

 そんな晴希の横顔を見ているとダメだとわかっていても愛しく感じてしまうのであった。


「直樹さん『LINK』使うの初めてでしょ?試しに何か打ち込んでみてよ。ほらっ結構、簡単なんですよ」


「こっ……こうか?」


 チャラチャラン~♪


直樹【テスト送信】


「うん。大丈夫そう。じゃあ今度はこっちから送りますね」


 チャラチャラン~♪


晴希【直樹さん大好きだよ♡】


「なっ!?」


 この後に及んでラブアピールしてくる晴希。毎度、踊らされてばかりいる直樹な訳だが、流石のやられてばかりでは面白くない。ここは仕返しとばかりにLINKによる迎撃を試みるのだったが……


直樹【脱衣場に下着が干したままだったよ】

晴希【忘れてた】

  【良かったら直樹さんにあげますよ】


「なっ!?」


 直樹の迎撃もアッサリと捌いてみせる晴希だったが反撃はこれで終わりではなかった。


『最終兵器……投下』


 チャラチャラン~♪


晴希【そろそろ裏面の回答】

  【聞かせて欲しいです】


 晴希は少し照れくさそうに俯いていた。晴希の為を思えば断った方が良いに決まっている。だけど悲しんでる姿も見たくは無いし、直樹自身も本当は……。色んな想いが錯綜する中、直樹は自分の気持ちを正直に伝える事にした。


「晴希ちゃんみたいに可愛い子が僕みたいなブサメンを好きになってくれたのは凄く嬉しいんだけど、僕はまだこの年齢差を埋める事が出来ないでいる。だからまずは……『お友達』から始めてみないか?」


「お友達?」


 これが直樹の素直な気持ちだった。距離は置きたいけど本当は離れたく無い、晴希の事を遠ざけてはいたけど、本当は直樹も晴希の事が好きだったのだから……


「なかなか踏み切れ無くてごめん。こんな中途半端な回答じゃ駄目かな?」


 上目遣いに恐る恐る様子を伺う直樹であったが、晴希はニッコリ笑うと一気に表情が明るくなった。


「ううん、今はそれで十分。だってこれはお付き合いを前提としたお友達って事ですもんね」


「ん?あっ……ああ」


 晴希の考えは少し飛躍しすぎてる様だったが、余計な事を言うとまた話がこじれそうな予感がした直樹は指摘するのを諦めた。すると、手を打ち嬉しそうな顔をしながら話し掛けて来た晴希。


「あっそうだ。私達、今日からお友達同士になったんですから年上の直樹さんは私の事を『晴希』って呼び捨てしてくださいね」

 

「えっ……ああ……。ありがとな


 呼び捨てで呼ばれたのが余程嬉しかったのか跳び跳ねて喜んでいる晴希。その笑顔は太陽よりも眩しく直樹の荒んだ心さえも照らしだすのだった。



 ―帰り道―


 晴希は突然止まると手招きしながら直樹を呼び寄せた。


「ねぇねぇ直樹さん直樹さん。ちょっとこっち来て下さいよ。こっちこっち」

「ん?なんかあるのか?」


 直樹の顔にどんどん近付いて来る晴希。まさかキス?そう思った瞬間……緊張が走った。

 ゴクリと唾を飲み込みながらただその瞬間を待っている直樹。そして顔と顔がくっつきそうになった瞬間に音が鳴った。


 カシャ


 目の前でカメラのシャッター音の様な音がすた……どうやら晴希がスマホでツーショット自撮りをした模様。画像を確認するとニッコリと笑顔で振り向いた晴希。


「ふふふっ……良い写真撮れたよ。今日は二人のお友達記念日ですからね」

「なっ……なんじゃそりゃ?」


「ふふふっ……良いの。いっぱい作ろうね、二人の記念日」


 なんだか既に恋人同士の様なやり取りをしている様な気もするけど、今日の所はこれで良いだろうと自分自身に言い聞かせる直樹。

 だが……横でスマホを見ながらニヤついている晴希を見るとその行動が気になって仕方なかった。


 チャラチャラン~♪


晴希【バッチリ撮れたよ】

  【スマホのロック画面にしちゃいました】

  【良かったら直樹さんも】


「えっ!!」


 そして添付された写真を見て驚愕する直樹。何故なら画像に写る二人はもはや恋人同士にしか見えなかったからだ。

 晴希はスマホをくれくれと身振り手振りするが、手でバツ印を作りこれを拒否する直樹。


「えぇー良いじゃないですか。お揃いにしましょうよ」

「ダメだ。こんなの誰かに見られたらどうすんだよ。ウチラまだ付き合っている訳じゃ無いんだからな」


「その時はその時で……付き合っちゃいましょうよ」

「だぁーから………」


 結局、最後は振り回されてしまう直樹……そんな仲睦まじいやり取りをしながら駅前の交差点に差し掛かると晴希は突然足を止めた。


「私は電車なんで今日はここでバイバイです」


「えっ?あっそうか……気をつけて帰ってな。スマホの設定してくれてありがとう」

「どういたしまして」


 笑顔で去ってゆく晴樹の後ろ姿を見送り、自宅へと足を向ける直樹であったが、気が付くとその胸には暖かい春風にも似た想いが立ち込めていた。

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