第12話 ストロベリーロマンス
晴希とレジで二人きりになると沈黙の時間が続いた。やはり直樹が嘘をついた事に対して怒っているのだろうか?沈黙に耐えきれず話掛ける直樹だったのだが……
「嘘ついてごめん晴希。職場で噂になっちゃうと僕も困るからさ……その……」
「…………」
静かに笑みを浮かべる晴希だが、その表情はどこか寂しげであった。すると今度はその大きな瞳で直樹の困り顔をジーっと見つめながら惑わせるのだった。
晴希に見つめられるとダメだとわかっていても視線を反らす事の出来ない。再び胸がドキドキ鳴り出すと頬から頭にかけてふわふわとした熱気が広がった。
そして再び……無言で見つめ合う時間が続いた。
最早、仕事どころでは無い。このままでは晴希に飲み込まれてしまうと感じたその時、晴希の方から1枚の付箋を手渡してきた。そこに書かれていたのは……
【私、怒って無いですよ。直樹さんの事を好きだから見ていただけ。直樹さんも私の事を見てくれてたけど、もしかして好きになってくれましたか?】
「なっ!?」
図星であった……膨らみ続ける晴希への想いは最早、爆発寸前。だがここでも
「そっ……そんな事、思ってなんか……」
「あっ!直樹さんお客さんですよ」
「えっ?あっすみませんお待たせしま……ってあれっ?」
お客さんがいると思い慌てて振り返ると目の前には誰もおらず、横でクスクスと笑っている晴希に直樹は少し怒りを感じていた。
「何でこんな嘘つくんだよ」
「ふふふっ……これでお相子だよ。もう嘘ついちゃダメですからね」
完全にしてやられた直樹だが……何も言い返す事が出来なかった。自分の気持ちに嘘をつくことを止めてしまえばきっとこんなに辛い思いをせずに済んだはずなのに……
しばらくしてオバちゃんが休憩から帰ってくると何事も無かった様に振る舞う晴希だったのだが、直樹の心はまるで風に押されたハンガーの様にいつまでも揺れ動いていているのだった。
―22時00分―
仕事を終えてスーパーを施錠するとオバちゃんは早々にスクーターで乗り走り去ってしまった。そして三度訪れる二人きりの時間。
「直樹さん。今日は優しく色んな事を教えてくれてありがとう。私、アルバイトするの初めてだったから……凄く緊張してたんだけど、指導してくれたのが直樹さんで良かったよ」
「困った事があったら何でも言ってよ。僕はここのバイトの中では長い方だしさ」
そう言うとまた無言で見つめてくる晴希。流石にこれ以上は危険だと判断し目を合わせずに歩き出す直樹だったが……
晴希が服の袖を掴んで引き止めた。
晴希は少し顔を引き上げると眉をハの字に曲げ照れているのか困っているのか……悩ましげな面持ちで直樹へと近づいて来る。
「直樹さん、あの……良かったらさっきの続き……しませんか?」
直樹の目の前で目を閉じキスを待っている様子の晴希。だが直樹はこれを……
「だっダメだよ晴希。まだウチラは付き合ってる訳じゃないんだし、人通りが少ないとはいえこんな所を誰かに見られたら……」
「直樹さん……」
直樹はキスを拒んだ。勿論、キスをしたく無かった訳では無く、これ以上深い関係になるのが恐かったのだ。
直樹に拒まれた晴希は視線を落とすと、そのまま塞ぎ込んでしまった……その
再び沈黙の時間……そして駅前の交差点に突くと直樹は意を決した様に思いの内を打ち明ける事にするのだった。
「あのさ。ごめんな晴希、僕に勇気が無くて……」
「ううん。私が一方的に好きになってるだけだから……グスッ。直樹さんの優しさに付け込んで無理なお願いばっかりして……私って最低な女ですよね……グスッ」
そう言って直樹へと謝罪をする晴希は目からはポロポロと涙が零れ落ちていた。
「…………」
「グスッ……直樹さんも嫌だったらちゃんと言って下さ……きゃっ」
感情を圧し殺しながら目を真っ赤にして涙を流す晴希を見て、ついに抑えきれなくなった直樹はただ無言のままに晴希を抱き締めた。
【
抱き合う二人には最早、言葉はいらなかった。晴希の優しい温もり、刻んでゆく鼓動が少しずつ速くなるのを感じると直樹の服には熱い涙が滲んでいた。
晴希を幸せにする事が出来るのか?付き合う事によって何か晴希の足枷になってしまうのでは無いだろうか?
色んな想いが交錯し、なかなか踏み出す事が出来ない直樹は苦悩の末、自身の想いをただ真っ直ぐにぶつけてみる事にした。
「僕も好きだよ晴希の事。でも生まれてから一度も付き合った事の無い僕に取って恋人同士になるのはあまりにも未知で……臆病な僕は未だにどうしたら良いのかわからないんだ」
「……うん」
「晴希とは真剣に向き合いたいから……だからもう少しだけ僕に時間をくれないか?」
今、言える精一杯の言葉だった。晴希の為にどうしたら良いのか直樹なりに考えて出した答え……その真剣な眼差しに想いも伝わった様で涙を拭うと晴希はいつもの明るい笑顔へ戻っていた。
「直樹さんが私の事を好きだって言ってくれた。私、直樹さんからの言葉を待ってるからね……ふふふっ」
首を右へと傾けながら笑顔で手を振る晴希は静かに駅の中へと消えていった。その後ろ姿を見送ると何だか、落ち着かない様子の直樹。
話の流れとは言え晴希に好きだと告白してしまったのだから……
火照った顔面をひた隠す様に家へ向かって走り出した直樹。このドキドキは走っていたからなのか……それとも晴希への想いによるものなのか?高鳴る鼓動に次第に呼吸が荒くなった。
帰宅してからもこの
「やっぱり僕は晴希の事が好きだ。でも晴希の為を思うと……こんなにも好きなのに……。どうして僕なんかの事を……」
募りゆく晴希への想いが直樹の心へと深々と刺さった。初めて味わう炎にも似た熱情に焼かれ直樹の心は脆くも崩れ去る様な気分だった。悩んで悩んでそれでも悩んで……晴希への想いは依然として膨らみ続けている。
深夜を過ぎても中々眠る事が出来ず、直樹が夢へと落ちる頃には空が薄っすらと青紫色に染まっていた。
これが直樹の……『初恋』
生まれ初めて女性を本気で好きになった瞬間であった。
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