第7話 ジェネレーションギャップ

 ダメだとわかっていても思い出してしまう昨日のやり取り……晴希の事。


『じゃあ付き合っちゃいましょうよ』

『やっぱり直樹さんは私の運命の人です』


 あんな可愛い子に出会えるなんて……直樹の事を好きになってくれるなんて……こんな幸福しあわせは二度と訪れる事は無いのかも知れない。


『私の処女を……』


 夢の様な出会いに想いをせながらも女子高生である晴希の為を思えばこのまま連絡をせずに終わらせた方が良いのでは?と苦悩している直樹。


「晴希ちゃん可愛いよな。しかも僕なんかの事を好きだなんて。はぁ……あと10年いや5年でも若ければ晴希ちゃんと付き合う事になんの躊躇ためらいも無いのに……」



年齢的意ジェネレーション識の壁ギャップ



 この見えない壁さえ無ければきっと晴希とも分け隔てなく接する事が出来たのだろう。果たして、電話を掛けるのが正解なのか誤りなのか……絶望と希望のジレンマが直樹の心をグラグラと揺さぶり続けてゆくのだった。


 時間だけは無情にも刻一刻と過ぎてゆき……何も出来ないままアルバイトへ向かう時間になしまう。直樹は冷たい水で顔と眠気を洗い流すと、その濡れた手で軽く髪整え、慌てた様子で家を飛び出していった。


 直樹のアルバイト先は家から徒歩20分……少し離れた場所にある……



 小さなスーパーマーケット

『スーパーミカド』

 


 付近に他のスーパーが無い事もあり、土日やタイムセールや夕方のラッシュ時には特にお客さんも多く、時給の割にはかなり忙しい仕事であった。


「あっ草原君良いところに来てくれた。ちょっとお願いしたい事があるんだけど」


 到着するや否や誰かに呼び止められる直樹。暗がりで静かに光るメガネ、倉庫の中から颯爽と現れたスーツ姿の長身の優男……店長代理テンダイ


 多忙な毎日にも関わらず、周りへの配慮は怠らない。アルバイトやパートからの信頼も厚く、持ち前のコミュニケーション力とリーダーシップを駆使して、このスーパーを回している謂わば影の支配者。


 実は直樹がこのお店に勤めていられるのもテンダイがフォローしてくれたお陰であり、感謝と同時に憧れの存在でもあった。


「急遽、バイトの面接する事になっちゃって……悪いんだけど、この荷物を第二倉庫の方に移動しといて貰えるかな?」

「あっそんなのお安い御用ですよ」


「助かるよ。あとで店長には言っとくからちゃんとタイムカードもつけとくんだよ。じゃあ宜しく」

「テンダイはスーツなんだし、肉体労働なんかはバイトに任せて貰っ……って行っちゃったか。相変わらず忙しい人だな」


 テンダイが事務所へと戻ると直樹は任された仕事をセカセカとこなしてゆく。こうやって集中していると余計な事を……晴希の事を考えずに済むから気が楽だった。


「あの、すみません」


 荷物の移動を終え、品出しをしていると後ろから誰かに声を掛けられた……どうやら女性客の様だ。


「『新鮮組しんせんぐみ』ってお醤油を探しているんですけど、全然見つからなくて……」


「あぁ『新鮮組』ね。今日の特売品だから特設コーナーに置いてありますよ。良かったらご案内を……って……ええっー!?」


 突然、大声を出しながら驚いた直樹。驚くのも無理は無い……声を掛けて来たのはなんと、あの女子高生『晴希』だったのだから。


「あれっ直樹さん?ここで働いてたんですね。ホールの品出しをしてるって事はひょっとしてアルバイトさんですか?」


 晴希にだけはアルバイトをしている事を……つまり自身がフリーターである事実を知られたく無かった直樹は俯き気味に視線を横へと反らした。

 

「まっまあそんな所だよ……ガッカリしたかな?」


 直樹に取ってこの遭遇は予期せぬ出会いであった。きっと晴希は幻滅しているに違いないと決めつけ、ネガティブな妄想ばかりを膨らしていた直樹の表情かおは暗く、後ろ髪を軽く掻きながら気を紛らわせていた。

 しかし、当の晴希はというと首を傾げながら不思議そうな目で直樹の事を見つめていた。


「ガッカリって何をですか?」


「いや何をって、こんなオッサンにもなってフリーターだし。情けないと言うか……恥ずかしいと言うか……」


 バレてしまった以上、隠し立てしても意味がないと悟った直樹は正直に話する事にしたのだが……


「社員もバイトも関係無いです。私は頑張ってる人を職種や役職で差別したりなんてしませんから」


 きっと、こんな事を言ってくれるのは後にも先にも晴希ぐらいだろう。自らのコンプレックスを受け入れてくれた事で救われた直樹だったが、晴希は思い出したようにを投下してくるのだった。


「今朝は何も言わずに出ていってしまってすみませんでした。あっ!メッセージ読んでくれましたか?」

「えっ!?」


 晴希の思いもよらない発言に直樹は目を見開くと口をグニャりと曲げてながら困っている。連絡して欲しいと書かれていたはずなのに未だに連絡出来ていない現状にどう言い訳したら良いのかわからず、戸惑いからなかなか言葉が出ない直樹。


「……連絡をくれ……ってヤツだよな。ごめん、スマホの操作がわからなくて……その……」


「なぁーんだ、そう言う事だったんですね。私、嫌われちゃったのかと思って心配しちゃいました。じゃあ、お仕事が終ったら私が設定してあげるね。外のベンチで待ってるから声掛けて下さい」


 嫌われていなかった事に安心した晴希はホッと表情を緩めていたが、直樹はというとまるで鳥籠にでも入れられたかの様に重苦しい面持ちで言い訳を考えていた。


「えっ?でも……仕事もあと30分ぐらいはかかっちゃうよ。そんなに待たせる訳には……」


 普通ならこんなに可愛い子と連絡先を交換出来る事自体が奇跡なのだが、晴希との距離を置きたかった直樹はここでもやはり言い訳をしてしまうのだが……


「今日は時間あるから大丈夫。大人しくスマホでもイジりながら待ってますよ。それに……私達二人の仲じゃないですか水くさいですよ」


 苦し紛れな言い訳する直樹に対しても『良いから良いから』と手振り素振りでアピールする晴希。

 すっかり手詰まり状態の直樹は漸く観念して連絡先ぐらいなら良いかと仕方無く了承するのだったが……少し照れた様子で詰め寄って来た晴希は追撃の一言を言い放つのだった。


「あのぅ直樹さん……裏面に書いてあるメッセージも読んでくれましたか?」


 裏面に書かれていたのは『お付き合いしたい……お返事下さい』という晴希からの告白。好意を抱いているいる晴希としては当然、早く返事が欲しい訳だが、直樹はというと……


「えっ?あっ……裏……裏か。あはは……全然気づかなかったよ。裏にも何か書いてあったんだね、帰ったら確認してみるよ」


 本当は裏面も見ていたけど、回答に困った直樹はあたかも見ていないように振る舞ってしまった。

 だけど、その様子は如何にも態とらしく怪しい……そんな直樹を見て何か察した晴希はニコっと作り笑顔するととんでもない事を言い始めるのであった。


「じゃあ、今ここで直接お話しますね。私は直樹さんの事が……」

「ダァーー。ダメダメダメ……こんな所でそんな事を言ったら噂になっちゃうから」


 あまりにもストレート過ぎる晴希の発言に完全に取り乱してしまった直樹だったが、これはトラップであった。


「私、まだ何も言って無いのに……直樹さん本当は裏面も見てたんじゃないですか?何で誤魔化したりするんですか?」


 直樹の嘘を見抜いた晴希は凄い剣幕で詰め寄って来た。そのあまりの迫力に怯んだ直樹は……


「いっいや……それはそのつまり……嘘ついてごめん晴希ちゃん。仕事中だし、ここでそう言う話はちょっとマズイかなって思って……」


 正直に謝る事にした……直樹の言葉に晴希も納得出来た様で顔にはいつもの笑みが戻っていた。


「確かにここじゃマズイかも知れないですね。ふふふ……じゃあ待ってますから後で回答聞かせて下さいね」


 晴希は嬉しそうに左目でウインクをすると買物を済ませ外の外のベンチへと座った。完全に逃げ場を失ってしまった直樹はどう向き合えば良いのかもわからず、頭痛にも似た苦悩に額に手を当てがいながら耐えていた。

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