第17話 フロッグスコール

 ―梅雨―


 シトシトと降り注ぐ雨とジメジメとした蒸し暑さ際立つ春から夏へと向かう季節。一年で最も敬遠されがちな季節であるが、今の二人に取っては最上の季節であった。



雨日和の恋人フロッグスコール



 雨の日限定の二人だけの空間、二人に取って愛を育む唯一の時間であった。いつもなら嫌な梅雨時期も、この時だけはいつまでも続けば良いのにと……ただ願い続けていた。


「あっ……あのさぁ晴希……」

「ん?直樹さんどうしたの?」


「あっ……いや……何でもない……」


 決意はした物のいざ告白となると、どうしても踏み留まってしまう直樹。晴希も察しているのか茶化さずにただその瞬間をジッと待っている様である。だけど話は一向に進まず、もどかしい日々だけが続いていた。


 6月も終盤になり、梅雨明けが迫って来ると直樹は途端に焦り出した。そう雨が……二人の時間が終わってしまうからだ。


 次のシフトが重なるのは6月30日。直樹はこの日に晴希へ想いを伝える事を決心するのであったが、ここでも二人は運命によって激しく揺さぶられる事となる。


 台風12号接近


 この日はくしくも台風の影響で激しい暴風雨が巻き起こっており、お店の営業も早々に取り止め、早めの帰宅を余儀なくされた。

 激しい雨の中を歩きやっとの事で駅へと辿り着いた二人だったが、改札口には運転見合わせの大きな看板が立っていた。直樹は仕方無いと晴希をお茶へと誘うのだったが……


「ったく酷い雨だよな。風も強くて傘もさせないしさ」

「本当ですよね。直樹さんが言う通りレインコート着て来て正解でしたね」


「晴希は雨、好きか?」


 あまりにも唐突な質問……何故こんな質問をしたんだろうか?もっと他に言う事があるんじゃないか?中々想いを口にする事が出来ない直樹に対して晴希は……


「私は雨……好きだよ。雨が降るとね……思い出すんだ、直樹さんとの出会いの事」


「ははは……それはあんまり良い思い出じゃないでしょ?僕は泥酔してて吐いちゃったしさ」


「ふふふっ……そうでもないよ。私はね……あの日、手を引いてくれた直樹さんに恋をしたの……だから……」


 いつになく真剣な表情の晴希に直樹も決心した。晴希を幸せに出来るかはわからない……でも……もう自分の気持ちに嘘をつきたくなかった。


 そして直樹はついに……


「晴希……僕は晴希の事が好きだ。色々と悩んだけど、やっぱりこの気持ちは変わらない……だから僕と……付き合っ……ん?」

 

 晴希に告白しようとしたまさにその時だった。直樹は何者かに胸ぐらを掴まれるとそのまま席を立たされる。目の前にいたのは……そう夏稀であった。


「テメェよくもハルに手を出しやがったな。この落とし前どうつけてくれるんだよ」


「ナツ止めて。直樹さんは私の大切な……」


「ハルは黙ってろよ。俺は今コイツに聞いてんだ。何とか言ったらどうなんだよこの木偶の坊が」


 怒りを露にした夏稀は直樹へと食って掛かる。晴希の制止も受け付けず、その突き刺さる様な重圧力プレッシャーに直樹は動く事すら出来ないでいた……

 

 だけど逃げださなかった。


 逃げようと思えば逃げられたのだろう……だけど、晴希を置いて逃げる訳にはいかなかった。それにこれは直樹のケジメ……夏稀に向かい合いそして戦う事を胸に決めていた。


「晴希が誰と付き合おうがそんなの自由だろ?どうして邪魔をするんだよ」


「晴希の事を何にもわかってねぇ。俺はなぁ……テメェみたいな害虫が目障りで仕方無ぇんだよ。邪魔するなら消すまでだ」


 そう言うと直樹の右頬目掛けて思いきり拳を殴りつける夏稀。吹き飛ばされた直樹は机や椅子を倒しながら床へと倒れ込んだ。


 騒然とする店内……最早、誰も止められずにいた。


「行くぞハル。こんなオヤジの言う事を間に受けてんじゃねぇよ。これ以上関わるなら仲間を呼んで二度と歩けない体にしてやるからな」


 夏稀の言葉に成す術の無い晴希は夏稀と一緒に出て行こうとするのだが……立ち上がった直樹が夏稀の肩を掴んでいた。


「待てくれ……僕は晴希の事が……」


 直樹の顔は赤紫に腫れ上がり、鼻からは血が垂れていた。


「気安く触るんじゃねぇよ。このクソオヤジが……」


 再び殴られ吹き飛ばされる直樹だったが、それでも何度も立ち上がる。藁をも掴む思いだった……ここで引いたら二度と晴希に告白出来ない様な気がしたから……


 何度も何度も立ち上がり夏稀を引き止める直樹。夏稀の拳や蹴りが骨のキシむ様な鈍い音を立て直樹の体へと深くめり込んでゆく度に飛び散るおびただしい量の血が辺りを赤く染めていた。


「てっ……テメェいい加減にしろよ。本当に病院送りにされてぇのか?」


「ナツもうやめて……これ以上殴ったたら直樹さん死んじゃうよ……ねぇ」


「ぼっ……僕はそれでも晴希の事が……」


 薄れゆく意識の中、直樹が見たのは目に涙を浮かべ今にも泣きそうな晴希と口角を引き上げ勝ち誇った様子の夏稀の顔だった。


 ドサッ


 いったいどれくらい寝ていたのだろう。目が覚めると病院のベットの上だった。そのまま検査へと連れていかれた直樹。外傷はあるものの骨折や内臓破裂など大きな怪我も無く、すぐに退院する事が出来た。


 病院から出ると直ぐ様、晴希へとLINKを送るのだが一向に既読にはならない。きっと夏稀の陰謀によってブロックされているに違いなかった。


 数日が経過し、晴希とのシフトが重なる日には会う事は出来たのだが、ここでも夏稀の舎弟が目を光らせており迂闊に近付く事すら出来ないでいた。


 一度は近付いた二人の距離も夏稀と言う暴風雨タイラントによってその行く手を阻まれてしまう……愛し合いながらも遠ざかってしまう二人はまるでおとぎ話に出てくる織姫と彦星の様でもあり、切なさと虚しさだけを残しながらただ無言で見つめあっていた。

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