第二章 -The Sky Dominated by Aces in 1998-
第0話「その白い翼」
あれから少しの時を経て、9月になった。
私は友香と共にズタボロになってしまったイーグルの処分についてアスタリカ空軍の幹部と話し合っていた。
修理しようにもフレームも損傷していて、恐らく空中戦は二度とできない。
「さすがにこれじゃ・・・」
「うん・・・。ジョーンズ少将、過去の例で行くとこの機体の処分は?」
彼の名はウィリアム・ジョーンズ少将。ライアーをはじめとした傭兵パイロットと深く関わりのある人物だ。
私と友香の様子を見てか、彼は少し悩んでいた。
「そうだな・・・。修理はせず、敷地内に展示格納庫を設営してそこに展示しよう。士気高揚のためだ」
私達はほっと胸を撫で下ろした。
友香が全力で整備して、私がそれを全力で使い戦う。死と隣り合わせで戦った、思い入れのある機体だからスクラップにされるのは嫌だった。
「相棒、イーグルはどうなるんだ?」
「イーグルは展示格納庫を作って、そこで保管していくって。だからスクラップにはならないよ」
「よかったな。そういや幸喜が探してたぞ」
「幸喜が?」
どうしたんだろう。また何か変な情報持って来てたりしないよね?
私は少し不安な表情を浮かべつつ、友香と共に幸喜のところへと向かった。
私達がやってきたのは、パソコンが何台か並んだ部屋。
管制室というわけでもなく、どちらかと言えば研究用に見える。
幸喜は部屋の奥の方でガサゴソと何か作業をしていた。
「幸喜、何か用?」
「ああ、ちょうどよかった。霧乃、確か歌得意だって聞いたからちょっと試してほしいのがあるんだ」
5分ほど渡された資料を見ながら幸喜の説明を受けた私は、唖然としてしまっていた。
その横で友香は説明された事をメモに取っている。
「要するに、霧乃には傭兵としてだけじゃなく、ちょっとしたバーチャルライバーもやってもらおうと思ってるんだよ」
「なるほどねー。由比の歌声結構キレイだし、最初は歌ってみたから投稿していくのはどう?」
「それいいな。ゲーム実況はその次にして、先に歌ってみたを投稿。曲の選定は霧乃に・・・」
あの。私置いてけぼりなんですけど。思考が半分止まってしまっている。
まずバーチャルライバーって何?歌ってみた?ゲーム実況?
「あの、どういう事?」
「もしかして由比ご存知ない?」
「ちょうど3年くらい前に扶桑でバーチャルライバーが流行りだして、いまや世間一般の人にも存在が知れ渡ってるんだ」
「で、バーチャルライバーというのは2Dか3Dのアバターを使って、画面の中のキャラクターとして実況や雑談配信をしたりするというモノ」
更に詳しく説明を受けているうちに、ちょっと興味が沸いてきた。
でも一つ疑問も浮かぶ。
「どういう感じのキャラクターなの?」
「そうだねー・・・由比、絵は得意?」
「ううん。そこまでじゃない」
私は絵はあまり得意では無い方で、どちらかと言えば理数系の人間。
じゃなかったら航空力学なんかもできないし、戦闘機なんて乗れない。
「じゃあ幸喜くん、任せた。3Dモデルでお願い」
「わかりましたよっと。霧乃、そこにある紙を取って」
「そこ?ああ」
私は近くの机に置いてあった紙を手に取り、その内容に目を通す。
5分程度でできそうなアンケートみたいだけど、どうやらそのキャラクターデザインに関する事だ。
「ねえ、幸喜ってもしかしてオタクだったりするの?」
「そうだけど」
「ふうん」
それは意外だった。でも言われてみればそうかも。
いくつか思い当たる節はあったし、今更なのかな。
ボールペンでそのアンケート用紙に自分の要望を書き込んでいく。
髪色は・・・うん、アクアマリンブルーでいいや。あ、それよりもう少し薄い感じで。
ヘアスタイルはロングがいいな。昔は結構伸ばしてた覚えがある。
身長は違和感が無い程度で自分と同じくらいで・・・む、胸のサイズは・・・・。
「少し大きめで・・・と」
「由比、盛ってもらうとか?」
「あっ、覗かないでよ!」
「ふふふーん」
すっかり夢中になっていて、友香が横から覗き込んでいる事に気が付かなかった。
まあでもちょっと大きくしてもらうくらいはいい・・・はず。
あれ、でもこれって幸喜が作るんだよね?・・・なんだか恥ずかしくなってきた。
「ああ、大体のモデルは俺が作るけど、そこから先の細かなデザインは柿本さんが作るよ?」
よかった・・・。とりあえず、これで決まりかな。
私はそのアンケート用紙を幸喜へ渡すと、近くの椅子に腰掛けた。
「あ、肝心な事を聞き忘れてた。名前はどうする?」
「名前?うーん・・・さすがに自分の名前はまずいよね?」
「おいおい・・・霧乃宮って名前珍しいし、結構な確立で身バレするよ?」
「だよね・・・」
名前か・・・空にちなんだ名前がいいな。
白翼の悪魔・・・も絶対一部の人のバレるし・・・。
「まあ、じっくり決めておいで」
「まずはそこからだね。とりあえず幸喜くんも一旦中断して昼食行こうよ」
「もうそんな時間か」
時計の針は頂点でぴったり重なり、12時を指していた。
よく考えてみると、私達って軍属のはずなのにトレーニングも何もしていない気がする。
午後は少し体動かしてみようかな。
この基地は前線基地というわけではなく、やや離れた場所にある。
そのおかげで出撃も無いが、美味しいご飯を提供してくれる食堂も無かった。
だから私達は4人部屋にあるキッチンで手軽な料理を作る事に。
「で、誰が作るの?」
友香の一言で、4人はじっと顔を見合わせた。
炊事は・・・訓練学校の時に毎日やっていたからできるけど、まさか。
「ねえ、3人とも料理はできるの?」
私が質問したとたん、幸喜と友香は目を背けた。
ライアーの方はと言うと、ため息をついていた。どうやらライアーはできるらしい。
「友香はともかく、小僧はパイロットだろ?ベイルアウトした時どうするんだ」
「非常食を」
「それが尽きたら?民家もガスも飲み水も無い場所でどうやって過ごす」
幸喜は完全に黙り込んでしまった。ライアー、ちょっとは手加減してあげて・・・。
とにかく、私とライアーで4人分のご飯を作らないといけないかな。
「まずは食材だけど」
冷蔵庫を開けてみると、たまねぎとにんじん、豚肉と大き目のジャガイモが数個。
これは…。
「カレーの材料だな。米はどうする?」
「米は・・・基地のストアで買おう。私が行ってくる」
私は財布をポケットにしまうと、ストアへ向けて出発。
時々会う人に挨拶をしているうちにたどり着き、米を探し店内をゆっくり歩く。
米を見つけ、手を伸ばした時に誰かの手が当たり、私は横を見た。
「・・・あれ、シフィル?」
まただ。私をシフィルと呼んだ人物は、ストアの店員。歳は30代後半と言ったところ。
少し小柄な女性だった。でも、私はシフィルではない。
「・・・ごめんなさい。私はシフィルではありません」
「でも、その髪と髪止め・・・」
その女性は困惑していた。多分彼女はシフィルの姿を日常的に見ていたんだと思う。
米を手に取り少し強引にその場から去ると、私は会計を済ませて部屋へと戻る。
「ただいま・・・ふふっ」
扉を開けてキッチンの方へ目をやると、ライアーに教わりながら肉と野菜を炒めている二人の姿。
それがなんだか可笑しくて、私はつい笑ってしまった。
「あ、おかえり由比」
「おかえり」
「米買ってきたから、もう炊いちゃうよ」
「そっちは任せた」
炊飯器から釜を取り出し、白米を4合入れて水を入れ、といでいく。
とぎ汁を捨てて、また水を入れてとぐ。これを何回か繰り返したあと、4合分の水を入れてスイッチを入れた。
あとは炊き上がるのを待つだけなので、3人の手伝いをしよう。
「あ、幸喜。もうちょっと火を弱くしないと焦げるよ」
「マジで?」
「うん。料理は基本中火以下だから、覚えておいて」
続いて友香を見る。友香の方は特に問題は無く、テキパキとこなしていた。
やがて肉と野菜がある程度調理できたので、水とカレーのルーを入れてフタをする。
弱火で20分間煮込んだら完成。それまで私は何をしようかな。
キッチンから離れてベッドへ座ろうとした時、幸喜から声を掛けられた。
「そうだ。霧乃、実はリアストラ空軍のキリヤ少将から連絡があった」
「キリヤ少将・・・って、えっ!」
「そう。霧乃宮由比が当基地にいたら、連絡をさせてくれとさ」
そうだった。こんな自分が少し情けなかった。両親を探すために命からがらここへ来たというのに。
すぐに幸喜からどこへ連絡をすればいいかを教えてもらい、基地内の電話を借りてその基地へ連絡を取った。
最初に出たのは少し若い声の男性で、言語は英語だった。私は英語でキリヤ少将へ取り次いでもらうようにお願いをする。
それまでの時間はとてつもなく長く感じて、バクバクと心臓が鳴っているのがわかった。
もしかしたら忘れられているんじゃないかとか、知らないと言われるかもしれないと、そんな恐怖がある。
2分ほど待って、ようやく声がした。
『もしもし』
「あっ、えっ、と・・・もしもし」
私は慌ててしまい、ちょっと噛んだ。
そして、私は自分の名前を口にする。ゆっくりと。
「霧乃宮・・・由比です」
どんな反応が返ってくるのか。けどそれは怖がる必要はなかった。
『・・・由比か。由比なのか・・・?本当に』
「うん・・・お父さんの娘の由比だよ」
『そうか・・・』
この返答の仕方でいいのかな。お父さんはなんて言うだろう。
いつの間にか、受話器を持つ手が震えていて、一瞬落としそうになった。
でも受話器をぐっと握り締めて、お父さんの返事を待った。
『由比、謝っても謝りきれないのはわかってる。だが・・・謝らせてくれ。本当に申し訳無い事をしてしまった。俺があの時お前も連れてアスタリカへ来ていれば・・・!』
お父さんの声はすごく悔しそうだった。同時に、涙声でもあって。
私も少しずつ涙が浮かんできて、耐え切れなかった。
「お父さんまで泣かないでよ・・・私は、大丈夫だから・・・」
『お前は・・・俺を許してくれるのか?お前の人生を狂わせる事をしたのに、それでもというのか」
私は・・・幸喜に存命を聞かされても、恨んだりしなかった。お父さんもお母さんも、おばあちゃんも。
確かに辛かった。でも恨んだりはできなかった。生きているという真実を知って、むしろ嬉しかった。
それを伝えると、受話器越しにお父さんの嗚咽が聞こえた。
「でもね、お父さんがそうしてくれたから出会えた仲間がいて、共に戦って、笑いあって・・・そんな出会いをくれたから、私はお父さんに感謝してるよ」
私は涙を手で拭いながらお父さんと話をする。こんなに泣いたのは、両親が亡くなったと聞かされて、それを実感した時以来だ。
そうだ、お母さんの事も聞こう。今何をしているかがすごく気になった。
『お母さんか。今は学校の先生をやってる』
「そっか・・・お父さんもお母さんも元気みたいで本当に良かった」
『お前こそ、戦闘機に乗ってよく無事で居られた。すごい事だよ』
「お父さんのおかげだよ・・・ありがとう」
本当に何事もなく無事に生きていて、声を聞けた。それが嬉しくて、私は電話を終えた後もその場で泣き続けていた。
心配になって様子を見に来てくれた3人に励まされながら部屋へと戻った。
食事中もまだ泣き気味ではあったけど、ゆっくりと食べ進めていく。
「落ち着いたか?」
「うん。みんな、ありがとう」
「よかったね、由比」
電話を切る前に、私はお父さんと約束をした。今は無理だけど、数ヵ月後に会おうって。
場所はリアストラの首都キャンベラのとある場所。その場所は特別な場所らしいけど、詳しくは話してくれなかった。
インターネットで住所を調べてみても、特に大きな家というわけでもなかった。
「何調べてるの?」
「お父さんに”ここで会おう”って言われて、ちょっと気になって調べてた。でも、特に変わった建物じゃないよ」
「んー・・・そうだね。そこまで豪華じゃないけど、何か思いいれがあるのかも」
思い入れ・・・。お父さんに聞いても答えてくれないだろうから、会った時に聞こう。
そういえば、幸喜は食器洗い終わったかな。”俺がやるから霧乃は休んでて”って言われたけど。
「もうじき終わるから大丈夫」
「由比は休んでろ。俺らで片付く事だ」
「うん、ありがとう」
私は二人にお礼を言い、部屋を後にした。
そしてやってきたのは格納庫。傷付いた私の翼が、その役目を終えて鎮座している。
「イーグル、お疲れ様。あと、ありがとう」
シートが被せられた操縦席へハシゴを使って乗り込むと、シートをゆっくりと剥がした。
操縦席で目を瞑ると、あの時の光景が脳裏に浮かぶ。
『さあ来い!撃て!』
あの時、もし撃たなかったら私は今ここにいなかった。戦争なんて、そんなモノだ。撃たなきゃ撃たれる。
私は操縦桿に手を伸ばすと、再び目を瞑った。
『お前は、まだ俺と飛べ』
そんな声が聞こえた。
驚いて周りを見渡しても誰もいない。だとしたら・・・。
「イーグル...?ねえ、あなたなの?」
答えは返ってこなくて、気が付けばまたあの白い羽が足の上に落ちていた。
まだ俺と飛べって。それはどういう意味?もう飛ぶのも限界のはずなのに。
『限界なぞ来てはいない。支配しなければいけない』
支配する?何を?
『それはお前もわかっているはずだ』
私は考える間も無く、意識を手放した。
群青の空へ 朝霧美雲 @Mikumo_Asagiri
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