第9話「儚く強く」
いよいよ作戦の前夜となった。私は自分で
今になって、あの人を失った事を後悔してしまう。軽率な判断で見捨ててしまったも同然の、私の同期。
「
風が吹いたタイミングで、花束を上に放り投げる。
花束はまるで鳥のように風に乗り、自ら空へと上っていくように見えた。
「まだ、飛びたかったんだね・・・」
佐倉静音。ルーガンへ配属後5日後、3回目の出撃で撃墜数18機を記録し、その空で短い生涯を終えた。
たったの3回で18機。私ができるかと言えば、無理な話だ。もし彼女が生きていたら今頃、私よりも活躍してたのは目に見えている。なのにどうしてだろう。
「静音はどうして一人だけで・・・」
後悔だけが膨れ上がっていく。あの時、私も残って援護していれば生き延びたかもしれないのに。
真の英雄は先に散り、悪はしぶとく生き延びていく。そんな言葉がある。
私は復讐を、だけど彼女は当初から守る事を貫いていた。私は英雄か悪か、どっちなんだろう。
考えれば考えるほど、わからない。私は守れているのだろうか?
もし静音がいたら、答えてくれるだろうか?
「・・・由比」
ふと声を掛けられた。振り返ること無く、私は答える。
今は泣いてる姿を友香に見せたくなかった。
「今は一人にさせて・・・」
「・・・」
無言のまま、友香も花束を砂浜へ置く。友香もまた静音の親友であった人物。
「・・・あの子、由比よりも強かったよね」
「最終撃墜数は18機と、最期の作戦時に15機の反応が消失していたから・・・」
敵の無線は、最後に聞いた時にこう言っていた。「ルーガンの鬼神」と。
その闘いぶりはそれこそ鬼の神と言えるくらいだった事が伺える。
だけど、それでも歴史へ埋もれていってしまった。
「・・・私も、もっと強くならないといけない。みんなを守る事ができるように」
流れる涙を拭いながら決意を口にする。
彼女は配属後の私のように冷たくなく、優しくて。それでいて、強かった。
私ももっと優しく強くあろう。静音のように。
翌朝、ブリーフィングルームへ集められたパイロットはおよそ35名。
その最前列に、私達42番隊は座っていた。
「集まったな。それでは作戦内容を発表する」
現在、敵はパレンバン基地上空を制空権下に置き、地上軍が目下陣地構築中だ。
確認できる限りでは作戦航空機は110機。対空砲及び地対空ミサイルがそれぞれ8。
昨日配布した指示書通りであり、内容は変わらない。こちらからの作戦航空機は80だ。熾烈な戦いになるのは目に見えているが、やるしかない。以上だ。
私は固唾を飲んでマップを見つめていた。作戦航空機のうち、恐らく80機は戦闘機だ。対してこちらは戦闘機は60、地上制圧用の航空機が20。歩兵は240名が投入される。
「相棒、行こう」
「うん」
立ち上がると、ライアーと共に格納庫へと向かう。それからおよそ20分でエンジン始動完了までの準備を終えると、管制塔からの指示を待つ。
『42番隊、
「
出力を少し上げ、誘導路を進んでいく。
2機や3機ずつ離陸していく味方を眺めていると、やがて滑走路前へと到着。
『42番隊、
「了解(ラジャー)。42番隊、
私は出力を最大まであげ、
そんな私の右斜め後ろにピタリと付いてくれるライアー。
『相棒、どうだ?初の一大作戦は』
「もちろん、いつも通りやるだけだ。ただ、仲間を守っている余裕はあるかどうか」
『もし作戦が成功すれば・・・そうだな。報酬上乗せだな。聞いてるか?管制塔(タワー)』
『上と掛け合おう。だが、その前にやる事はきっちやってくれよ』
『
ライアーは傭兵故に、報酬の額の話をよく指揮官に持ちかける。
『42番隊、WP《ウェイポイント》4で方位070へ。味方と合流せよ』
「
10キロメートル程飛んだ所で変針し、左方向へ旋回していく。
レーダーに味方の反応があり、パッと見たところ40はある。
私は無線のスイッチを入れ、ライアーへ話しかけた。
「味方は見たところ40はいる。ずいぶん大掛かりな作戦だ」
『何機生き残るのやらな』
「腕の立つのもいるといいな」
『ああ。この戦いはエースが戦場を左右する』
ライアーの発言は的を得ていた。
いくら腕が良くても、時に急襲で墜とされる者もいる。そして、墜とす者もいる。
戦争とはそんなモノだ。弱者が食われ、強者が生き残る。だから私は強者になる。
『こちら
レーダーに目をやると、更に多数の機影が合流していた。
『残りの2機はまだか?なんでも腕の立つヤツとは聞いてるが』
「もうすぐ合流する。待っていなって」
『なんだ、子供か?基地に帰って大人しく寝てな』
「なっ!こっ、子供!?」
子ども扱いされたのなんて配属されて初めてだった。確かにまだ17で、子供ではある。だけど、全然納得がいかない。
『今子供扱いしたヤツが誰かは知らんが、撃墜数50を記録している紛れも無い
『おっとそれは失礼したな。悪かったよ』
まだ子供扱いされた怒りは収まらないけど、私は許す事にした。
やがて合流が完了すると、新たにウェイポイントが設定された。
いよいよ、パレンバン基地上空への航路だ。
『こちらAWACS《エイワックス》。これより作戦の指揮を担当する』
管制塔からAWACSへと指揮権が移り、無線が入る。
「AWACS、空から見守ってくると助かるかな」
『相棒、だいぶ喋るようになったな。戦場は慣れたか?』
「おかげさまで」
『全機、まもなくヤツらの
敵の勢力下に入る以上はいつどこから撃たれるかわからない。
周りを飛んでいる全員に緊張の色が見えた。
『
そしてすぐに、再びAWACSから無線が入る。
『こちらAWACS、
視線をレーダーに移すと、多数の敵の反応を捉えていた。
距離は200キロメートル先。あと100キロも飛べば長距離ミサイルの範囲内だ。
私は兵装の安全装置を解除し、レーダーのモードを切り替える。
「ブルイヤール、
『さあ、血みどろの戦いの始まりだな』
「ああ」
私は極度の緊張感から1分1秒を、0.5秒でさえ長く感じていた。
横を飛んでいるライアーにハンドサインで上を指差す。
『了解、上昇する』
私とライアーの2機は角度10度で上昇を始め、数分で高度7000メートルへ到達。
ここまで来ると雲海を眼下に見る事が出来るけど、今はそんな景色を楽しんでいられない。これから始まるのは生きるか死ぬかの闘いだから。
「ブルイヤール、
もうまもなく接敵だ。味方は既にミサイルを放ち、回避のため一時離脱していく。
私達も敵を射程圏内に捉え、長距離ミサイルを2つの敵に向けて2発撃ち放つ。
しばらく間を置いて、ディスプレイに2回successの文字が表示される。
2機を撃墜できたようだ。
「ブルイヤール2キル!」
『こっちも2キルだ』
「レイ、散開して各個撃破で行こう」
『
私は右へ、ライアーは左へ旋回していく。
距離にしておよそ1km離れ、敵へと向かっていく。
ゆっくりと降下しながら、増していく速度を抑えるためにエアブレーキを使い減速する。
速度は550ノット、およそ1020キロメートルで。
「左旋回(レフトターン)!」
敵とすれ違った直後に後ろを見つつ左旋回で敵の背後を狙っていく。
別の味方へと狙いを定めているからか、私の事に気が付いてないみたいだ。
出力を全開にして一気に距離を縮めて
引き金を引き、敵の排気口を狙って引き金を引く。
「1キル!」
エンジンから火が吹いた直後、敵は脱出した。
そう、これでいい。敵を無力化すればいいんだ。そうすれば殺めてしまう事も少なくなる。
「よし・・・」
機体を水平に戻し終える直前、ミサイルアラートが鳴り響く。
どうやら背後に敵がいるらしい。後ろを振り向くと、いた。こちらを狙う敵が。
操縦桿を引き、同時に右へ倒し、また思い切り引く。
「くっ・・・うっ・・・!」
およそ8Gの重力が私に圧し掛かるが、それを堪えて後ろを見る。
けど敵はいない。なら後頭部の辺りに・・・いた。敵も旋回中だった。近接戦に持ち込んでしまえば体重が軽く、体格の小さい私が有利。
旋回を続けているうちに、正面に捉えた。赤外線誘導ミサイルを撃つと、数秒で敵へ命中。これで4機目だ。
『敵に動きのいいのが2匹も居やがる!』
『全員アイツ等2機を狙え!』
『尾翼の白い翼のマークを付けた機体に右だけ赤い機体・・・噂には聞いてたが、あの2機が例のヤツか!』
どうやら敵は私達に狙いを定めたようだ。これは味方にとってはチャンスだ。
『こちらボマー3、パレンバン基地の地上勢力の半数を撃破した!上空の露払いに感謝するぜ!』
『行け!怯んでいる今が突入のチャンスだ!Go Go Go!』
地上では味方の歩兵たちがここぞと言わんばかりにヘリコプターから降りて展開している様子が無線を通して聞こえてくる。
しかし、それに気をとられているばかりでは後ろから撃たれる。
ハッと正面を見ると、敵がこちらへ機首を向けようと旋回していた。だけどそうはさせない。
一度右へ急旋回してからの左へ捻って急旋回。タイミングはばっちりだ、これなら後ろを取れる!
「Fox2!!」
ほぼ後ろを取った瞬間にロックオンが完了し、すぐにミサイルを撃つ。これで5機目。
次いで右に味方を狙っている敵。けどその後ろにはライアーが既に背後を取っていて、すぐに
「レイ、ナイスキル!」
『この調子でどんどん行くぞ!』
「わかってる!」
右へ機体を傾けた時、ロックオンの警報が鳴る。
だけどそれもすぐに消えた。味方からの無線が入り、声が聞こえる。
『42番隊にいいところばっかり持っていかせるな!お前ら!』
『こっちは2機撃墜したぞ!どうだ、俺達だってエースだ!』
味方の歓喜の声が聞こえ、私は安心した。今度は左下へと視線を移して敵を目視。
一気に距離を詰めていくと、慌てた様子で旋回し始める。
だけど遅い。既にどんな動きをするかさえも予測していた。
「ブルイヤール、これで6機目だ」
私は機体を水平に戻し、左後ろに目をやるとライアーがゆっくりと近づいてきた。
『こっちは8機だ。相棒、1
言われてみれば、確かに過去最高は5機だった。それを1機だけだが更新した。
AWACSから無線が入り、作戦の完了が伝えられる。
『全機、よくやった。作戦は成功だ。パレンバン基地を取り戻し、別働隊がバンカ島を奪還した。帰投しろ』
ふうー、と息を長く吐き出し、酸素マスクを外す。
『また生き延びたな、相棒』
「そっちこそ。また翼をもがれたりしないでよ?」
あの時はどうなるかと思ったけど、生き延びた。
そして、今日も。
『ああ。あんな生きた心地のしねえフライトはもうコリゴリだ』
「あははっ、私ももう撃墜はされたくないな」
私はふと、我に返った。こんな会話を出来た事に驚いたから。
変わっていく自分自身に驚きながら、自動操縦に任せてパレンバン基地上空を後にする。
また、パレンバンへと戻れる。
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