第10話「真実はただ残酷で」
ようやくパレンバン基地へと戻ってきた私達は、一部損壊した施設の復旧に勤しんでいた。
工兵隊だけでは手が足りず、整備や飛行隊の人員も動員しての作業。
「もうじきあと数日で7月かぁ。もうすっかり夏だよね」
「なんかあっという間だったなあ」
6月ももうじき終わる。4月に配属されてから3ヶ月が経過しようとしているというのに、未だ戦況は大きく動かない。
それにしても、気温は30度を越えて湿度も高い。あまりにも暑すぎる。
私はそこまで汗をかかない方だけど、それでもこの高温多湿のせいで汗が滲む。
「由比って小柄なのに結構タフだよね・・・」
「まあ・・・ロックウェル少佐が主な原因かな」
そう。あのロックウェル少佐の訓練というか罰がすごい厳しくて。
訓練生時代は1分遅刻で敷地内周を10週しないといけなくて、よく遅刻をしていた私はいつのまにか他の訓練生より持久力に優れるようになっていた。
友香はそれを聞くなりお腹を抱えて笑い出したけど、釣られて私も笑い出した。
「あーははは・・・由比ってホント変わってないじゃん」
「ふふっ・・・確かに」
私達の役割はと言うと、42番隊の2機のイーグルが翼を休めている格納庫の修復。
とは言っても、主に工兵隊が修復作業をしているので、その手伝い。
そして私と友香はアイスをみんなに配っていく。
「ライアー、アイス買ってきたけど食べる?」
「ああ。ありがとな」
ライアーはバニラアイスを選ぶと、口にくわえたまま作業をしていく。
義勇兵時代に拠点の設営をやっていた事もあるらしく、手際よく進めている。
私がそんな様子をじーっと見つめていた時、背後から誰かが近づいてくるのを察知した。
サッと振り返ると、私とあまり変わらない位の歳の男が立っていた。
パッと見た感じは同じ扶桑人で、パイロットスーツを着ている事から戦闘機パイロットだと思う。
「アンタが噂のエースパイロットか」
そう言われ一瞬戸惑う私に、友香が隣から小突いてきた。
おかげで平常心を取り戻せた。自己紹介でもしておこう。
「私はここの42番隊の1番機の霧乃宮由比。アナタも自己紹介を」
「俺は明後日から42番隊として配属される達川幸喜」
ちょっと待って!?今この人なんて言った?!
私が思わず声を上げて驚いていると、近くを通りかかったライアーが私の頭に書類を乗せた。
「ほらよ。ちょうど今司令から書類貰ってきたんだ。同じ歳の、同じ国の人間だぞ」
「ちょっと待ってよ!先に言ってほしかった!」
「そうは言われてもな」
ライアーは困った様子で後ろ頭を掻いた。
でも、42番隊に3番機って・・・いや確かに2機だけとは言ってなかったけど!
私が頭を押さえて大きくため息をついていると、幸喜から話しかけられた。
「噂は聞いてるよ。ここの奪還で活躍したんだって」
「活躍したつもりは無いよ。私は生き残る為にやる事をやっただけ」
いつもそう。私は生き残る為に足掻いている。
そして、私は42番隊の鉄則(おきて)を口にした。
生き残れ。
これは大前提の掟であり、私達が地獄(そら)へと上がる理由。
それに付随して、細かい掟が生じるけど、それは省こう。
「俺は42番隊の2番機のライアー・フィリベルトだ。階級は中尉という事だけど気にするな」
「そうですか、あなたが黒鷲ですね」
「ああ」
ライアーは素っ気無く答えた。
全く、ライアーは本当に新人に厳しいよ。少しは優しくしてあげてよ。
私は書類を手に取ると、経歴に目を通していく。
元アスタリカ合衆国外国人部隊?
「幸喜、・・・まさかとは思うけど内通者じゃないよね」
空で敵を睨むかのように彼を見ると、苦笑いをしていた。
どうやらそういうわけではなく、2年前から扶桑人という事で冷遇され嫌気がさしてこちらへ来たらしい。次いで、私はそれより前の経歴に目を疑った。
「ちょっと待て、9歳で中東戦争特殊航空団?」
「それって・・・。相棒、触れてやるな」
私がその名を口にした時、ライアーに口を塞がれた。ちょっと苦しいんだけど。
ライアーは何か事情を知っているようだけど、私は初耳だった。
「ああ、空の暗殺部隊だよ。表向きは死んだ事になっている人物の寄せ集め」
それってまさか。
ううん。いくらなんでも勘違いだ。
「10年前に邦人射殺事件ってあったでしょ?」
私は一つの質問に全ての望みを賭けた。
たった一つの質問。それは。
「その事件で死んだ事になってる人に・・・私と同じ苗字の人は」
もしそうであれば。
「あー・・・そういえばその航空団の司令が同じ名前だ・・・って、ちょっ」
瞬間、私は資料を投げ捨てて幸喜に掴みかかっていた。
完全に”暴走”の寸前のところで、友香に制止をかけられた。
「・・・ねえ、どういう事!」
「落ち着いて由比!」
「友香、離して!」
私が友香の制止を振り切って幸喜へ詰め寄ろうとした時、勢いよく地面に叩きつけられた。
不意な衝撃で苦しくなって咽こんだ私は、ようやく我に返り、幸喜に頭を下げて謝罪をした。
「落ち着け由比!気持ちはわかるが、コイツに当たって何の意味がある」
「ごめん・・・」
「いきなりどうしたんだよ・・・」
肌蹴た服を直した後、私は再び尋ねた。もしさっきの事実が”真実”であれば、私は。
「・・・まさかとは思うけど、霧乃宮司令の娘だったりする?」
その質問に、沈黙で答えた私。信じたくない。じゃあ、なんで両親は、おばあちゃんは。
私に嘘をついたの?
「・・・ねえ、ライアー・・・」
なんで、どうして。私はどうしてその真実を聞かされなかったの?
「おい、落ち着け!」
落ち着いていられるわけないよ。じゃあ私のこの10年間は?
アスタリカはどうしてそんな事を?
わからないよ。
本当の事を知っていたら今頃私は普通の学生として過ごせたかもしれないのに。
”普通の”人として過ごせたかもしれないのに。
何十人と命を奪って苦しむ必要も、命を賭ける必要も。なかったかもしれないのに。
「ライアー、どうして私なの・・・?」
気が付けば、泣いているつもりなんて無いのに溢れ出す涙で頬が濡れていた。
今まで私が復讐と信じていた事は、本当にただの勘違いで、虐殺でしかなくて。
すぐにでも意識が途切れてくれればまだよかった。でも、途切れる事なんて無かった。現実から逃げる事は叶わない。
真実を求めていたのに、その真実はあまりにも残酷で。
子供のように泣き叫んでもその真実は変わらないのはわかっていた。
そして、私は何を理由に空を飛んでいるのかさえも見失っていた。
リアストラ軍支配下の町への爆撃作戦は、私は出撃を拒否。私達42番隊の代わりに、ナールズ連邦国の戦闘機が加わった。
今まで中立の立場を取っていたナールズ連邦が、こちら側へ加勢。
明らかにおかしくなっていた。なぜ今になってナールズが加わったのか。
私達42番隊の4人は、一度休暇を取って基地より遠く離れた場所で話し合いをする事にした。
「由比、やっと調子戻ってきたみたいだね」
「・・・うん。あの時よりは」
あの日から一週間が経った。私はなんとか落ち着きを取り戻せたけど。
それでも時々自分がわからなくなる事がある。
「・・・じゃあ、頃合かな。霧乃、話すよ。両親の今を」
大きく深呼吸をして、残酷だけど求めていた真実を受け入れる心構えをする。
そんな時、ライアーが私の肩を持って抱き寄せた。
「っ、っちょっと!ライアー!?」
「怯えてんだよ、お前」
私は怯えてないと反論した。でも、ライアーは震えている私の手を取った。
いつの間にか、私は震えていた。
「由比、そんな強がらなくていいのにね」
「なんか、霧乃たちって家族みたいだよなぁ・・・」
幸喜が私達の様子を見てそうこぼした。
「まあ、私は前々から由比はちょっと妹みたいだなって思ってたけどね!」
「い、妹!?」
私ってそんな風に思われてたんだ。でも、確かに友香はちょっとお姉さんっぽさはあったけど。
「じゃ、話すよ。まず10年前の真実だけど」
10年前。いや、正確には12年前。
アスタリカ合衆国は、これから起きる戦争において水面下で動く航空団の設立を提案した。
世界に知られる事無く決まったそれは、2年後の2010年に実行された。
それが邦人射殺事件。でも、その事件で実際に亡くなった人はいなかった。むしろ、今もアスタリカの陸海空軍によって手厚く保護されている。
私は様々な感情から起きる動悸で苦しくなったけど、ライアーと友香が介抱してくれた。
「じゃあ、由比の両親は今も生きているって事?」
「うん。今はリアストラの空軍の少将だったかな?今はユキヒロ・キリヤという偽名を使ってるよ」
でも、なんでそんな偽名を使ってるんだろう。
「霧乃の両親は、元は傭兵だった。20年前の扶桑での戦争で、ナールズの諜報部隊に目を付けられてね」
20年前の戦争。扶桑海戦争と呼ばれ、時折耳にするライラプス隊の伝説のある戦争。
私の父は、元々はリアストラ空軍の外国人部隊にいたらしい。父はあまりそういうのを話さなかったから、これは初めて聞く話。
ライラプスとは別方面の隊だけど、撃墜数は1年という短期間で170機にも及んだ。
結果としてナールズに目を付けられ、戦後数年経った頃からは扶桑の長野で隠居生活を送っていた。
そして、10年前。
「長野での隠居がナールズに悟られて、ちょうどその時にアスタリカがその計画を実行した」
その時の詳細は幸喜も知らないらしい。でもそれが、私が追っていた真実。
信じられないけど、彼はその事に関する書類を持っていた。
多くの字が黒く塗りつぶされ、重要度の高い文書だという事がわかる。
「・・・」
「どうする?霧乃」
私は。
「ごめん、まだどうすればいいかわからない・・・」
まだ、何をすればいいかなんてわからないよ。実感は0に等しいから。
だから。
「でも、答えは必ず出す。覚悟も決める」
それが私の今の答え。
答えを出すための時間が何よりも必要だと感じた。
「そっか。まだ時間は掛かりそうだね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます