第11話「愚かしく考える人達」



真実を知ってから数週間が経った。

私は民間人を装ってアスタリカ空軍に属する人物と接触していた。

名前はデイタ。服装はスーツ姿で、歳は50に近いらしい。

一方で私は男装。肩まで伸びた髪をまとめて帽子の中に隠している。

これが上層部に知られれば、私はスパイとして扱われて、最悪の場合は射殺などの手段を使われる。

連合国の命運を揺るがす力を持っているから、寝返る可能性があれば止めに来るのは当然。

でも、それでも情報が欲しかった。家族の・・・両親の情報が。


「情報料は・・・そうだな、6万ドルだ」


私は黙ってアタッシュケースを渡した。

取引相手である彼はアスタリカ空軍の高官らしい。

彼は、私にいくつかの情報と、居場所を用意してくれるそうだ。


情報は”元傭兵の扶桑人で、リアストラの高官について”とナールズの動き”の2つ。

そしてもう一つの情報と居場所。これは―


「アスタリカの上層部も、キミがライラプスではないかと疑い始めててね」


「私は一体・・・誰なんですか?」


ライラプス1、シフィル。白翼の悪魔。

本当にこの情報は謎が多く、そして理解が追いつかない。

私は20年前の戦争で姿を現し、やがて戦争の終わりと共に忽然と消えたライラプス1なの?

ううん、違う。でもそれなら・・・生まれ変わり?

わからない。


「そうだな。場所を移そう」


私達は町から外れた場所へと歩みを進める。

その間にも話を続け、次々と知らない情報が彼から告げられる。


「私はライラプス1を知っている。ちょうど、キミとそっくりだった」


彼が言うライラプス1の容姿は肩まで伸びた蒼い髪に、少し小さな体格。中性的な喋り方。

わかんないよ・・・。私は私のはずなのに。


「だって・・・もし私が当時同じ姿で存在していたら、今はもう40歳です。けど私は2020年現在で17・・・いや、18歳です」


「わかってる。落ち着きたまえ」


ライラプス1の情報を知れば知るほど、私は自分がそうではないかと考えてしまう。

少しずつ自分が自分でなくなっていく感覚は、私を不安のどん底へ突き落とす。

そんな中、空襲警報が鳴る。

けど、私はしばらくの間出撃をしないことにしていた。だから、ライアーも幸喜も出撃をせずに休暇を取っている。

そして、42番隊の休暇に伴い友香も基地を離れて扶桑へと帰国していた。


「・・・デイタさん。私の育った国は扶桑で、生まれた国はリアストラ・・・という情報は本当なんですか?」


真実を知った日の、あの情報。父が戦後数年経って扶桑へ隠居を始めたという情報。

その情報の詳細を知りたかった。


「そこについては不明だ。だが・・・裏の情報ならあるかもしれない」


裏の情報は、手を出せば時に命を狙われる事になる。

・・・私は、命のリスクを犯してまで手を出すべきなんだろうか。


「まあ、今はいいんだろう?」


「はい。今は・・・ですが」


うん。今はまだその時じゃない。まだ他にも表の情報にあるかもしれない。


「わかった。次の話だが・・・アスタリカ空軍の外国人部隊に興味は無いかね」


その問いに、私は頷いて答えた。





基地の42番隊の部屋へと戻った私は、今日デイタさんから貰った情報が記載された紙を机の奥底にしまった。

そして、底板に偽造した板で覆い隠して更に鍵をかける。その鍵も、私のベッドの下へと隠した。


「・・・」


もし本当に両親が生きているなら。会えるなら、今すぐにでも会いたい。

でも、私だってそんな簡単に会いにいける立場じゃない。最悪、追っ手を振り切って離反しないといけない。

・・・誰が出てくるかはわかってる。連合軍を優位に導いた42番隊のほかの隊員。もしくは他の基地のエースパイロット。


ライアーは、今どこにいるんだろう。この基地は休暇中の隊員と連絡を取る手段はほとんど無い。

あるとすれば、ホテルなどの施設にある電話で取り合うくらい。だから、今はライアーに心境を打ち明けられない。

そんな時、誰かがドアを叩いた。


「誰?」


「37番隊のジョージだ。お前確か扶桑人だったよな」


「そうだけど。何かあったの?」


「ちょっと不穏な動きがあってな。入るぞ」


ドアを開けて入ってきたジョージ・トンプソン大尉。

私は来客用の机と椅子を用意すると、扶桑から取り寄せてあった緑茶を淹れた。


「ごめん、今は紅茶が無いんだ」


「別に構わんぜ。それよりニュースは見たか?」


「ニュース?」


私はすぐに普段使わないテレビのスイッチを入れてチャンネルを切り替えた。

そこに書いてあったのは――


「扶桑国がナールズの参戦に不快感・・・」


詳細としては、20年前に本州などを占領された経験から国民が反対意見を多数述べていた。

私も・・・ナールズがこちら側に加勢した事に不満に近い感情はあった。

でももし離脱すれば、間違いなく再び扶桑は本土での戦いを強いられる。


「・・・ごめん、ジョージ。やっぱり出て行って、一人にさせて。湯飲みと急須持っていっていいから」


「あ、ああ・・・」


ジョージが出て行ったのを確認すると、私はベッドに潜り込んだ。

なんでこのタイミングで扶桑はあんな行動に?

私はニュースを見続けた。でも、やっぱり間違いではない。


夕飯も食べず、私はいつもの様にイーグルの主翼の上に仰向けになった。

もう癖になってしまってるけど、気にも留めなかった。

今は友香もライアーもいない。ただ一人、イーグルの上で気持ちを落ち着かせたかった。









私は朝の光で目を覚ました。

体が少しだるくて、喉が痛い。そして顔が少し熱かった。どうやらイーグルの上で布団も掛けずに寝てしまっていたらしい。

イーグルから飛び降りた後、私はそのまま食堂へと歩き出す。やっぱり少し体調を崩してしまったみたいで、食堂へ着くなり机に突っ伏した。


「なにやってるんだろう私は・・・」


今は何もかもやる気が出ない。

短期間に自分の意思を揺るがしてしまうだけの情報を多く知りすぎた。

もうちょっとだけ、考えをまとめる時間がほしい。そんな事を考えていたら、お腹の虫が鳴った。

友香ならこんな時こう言うかな。


『おなかが空いてても暗い気持ちにしかならないから、ほら食べる』


それを思い出して、私はフフッと吹き出したあとに席を立った。




とは言え。


「多く取りすぎた・・・」


ご飯並み盛りに焼き魚、味噌汁に卵焼き。それからプリン。

体調の優れない今の私に全機撃破は無理だった。

結局焼き魚と卵焼きを残し、食堂の片付け場にいるおばさんに謝りながら渡した。


「本当にごめんなさい・・・」


「由比ちゃんが残すなんて珍しいねえ」


「昨日機体の上で寝ちゃって・・・」


「あら、風邪かい?病院行っておいで」


「そうですね、行ってきます」


少し話をした後、基地内の病院へとやってきた。

目的はもちろん風邪薬をもらうため。そうでもしないと、南方のこの基地は時々マラリアなどが発生する。

1年に1回あるかどうからしいけど、不安だった。


「大丈夫、ただの風邪だね」


安堵のため息をついた後、500mlのペットボトルの水数本と薬を貰って病院を出た。

42番隊の部屋へと戻ってくると、早速薬を飲んでベッドに腰を降ろす。

やる事を見つけようと部屋を見渡したけど、散らかっているわけでもなく、掃除の必要は無さそう。

と、ここでまた来客。今日は42番隊の部屋に用がある人が多いな。


「はーい」


「ただいま、霧乃」


休暇で別の基地へ行っていた幸喜が帰ってきた。けど、風邪をうつしてしまいそうだしどうしようかな。

私は事情を説明し、一旦外のベンチに座って話をする。


「はははっ、霧乃も風邪引くんだ」


「アナタは私を何だと思ってたの?」


「何、か。そうだな・・・戦乙女(ワルキューレ)かな」


戦乙女(ワルキューレ)って、確か北欧神話に出てくる半神だっけ。

半神・・・・。


「そういえば、他の基地に行ってたんでしょ?」


私は、幸喜に私がどういう存在とされてるかを聞いてみた。

だけど、期待していた答えは返ってこなかった。

連合離脱の可能性のある扶桑国の人物である事と、20年前に存在したライラプス隊ではないかという噂の2つで、いつ寝返るかわからない不穏な存在とされていた。

軍上層部も、私の存在を消そうとしている高官がちらほら出てきているらしい。


「・・・霧乃、キミはどうしたい?」


「・・・」


私はどうしたいんだろう。答えを見つけるには、まだ更に時間が必要なのかな。






色々な考えが浮かび、眠れぬまま朝を迎えた。

熱は38度を超え、私は基地の病院でしばらく療養する事になった。

朝食は味気の無い病院食。もっと美味しいものが食べたかったけど、仕方が無い。


「由比、大丈夫?」


「愛機の上で寝て風邪を引くなんてな」


ちょうど今朝帰ってきた友香とライアーが室内にいるおかげで、退屈はしなかった。

時々別のパイロットも顔を見せに来てくれたり、話をしに来てくれた。

私は飛ばなくなってもみんなにとって大切な奴なんだよ、とライアーが笑いながら言うけど。

納得がいかない様子が見て取れたのか、今度は友香が私の手を握りながら力説してきた。


「前も言ったけど、由比はなんだかんだでみんなを助けてるんだから。そこは自信持ちなさいって」


「敵と味方が入り混じって戦う中で、一歩引いた位置ではなくその中で戦況を即座に見極める能力を持ってるんだよ、相棒」


自分の右手を見つめ、そして目を瞑った。


私は・・・まだ、答えは出せない。


「焦らなくていいよ、霧乃」


ふと声をかけられ、私はその声の方向を見た。

スポーツ飲料の入ったダンボールを抱えた幸喜が入り口に立っていた。


「コイツの言う通りだ。さすがに色々な事が重なってんだし、焦って答えなんか出したら後悔するぞ」


「そーそ。とりあえず気分転換にケーキ食べに・・・」


ケーキ、という言葉に反応した私。だけど、すぐにライアーに突っ込まれる友香。

そうだ、私今風邪引いてるんだった。


「そうだな。熱が下がったらケーキでも食いに行くか」


「ライアーはどうせカルボナーラ食べるんでしょ」


「まあな」


クスクスと笑ったあと、私は小さく欠伸をした。起きたばかりだというのに再び睡魔が到来。


「ごめん、もうちょっと寝たい」


「はいはい。ゆっくり休んでね」


私は布団に潜ると、やがて少しずつ眠りに入っていく。










途中で何度か起きて、また寝てを繰り返して。

気が付くと、私は空に浮かんでいた。でも、あの時見た夢の空のような恐怖感は無い。身体を捻ればくるりと回るし、とても不思議な感覚だ。


「なんだか鳥になったみたい」


どこまでも行けそうな自由な空。

そう思っていたら、今度は少しずつ何かが見えてきた。同時に、語りかけてくるような声も聞こえる。


―・・・け・・・い・・・けて・・・


「・・・誰?」


ぼんやりとしていた何かは、はっきりとその姿を見せ始める。

この形は・・・扶桑国だ。地図で見たものと全く同じ形だけど、何か様子がおかしかった。

九州のあたりから少しずつ黒く染まり始め、本州や四国を少しずつ飲み込んでいく。


―お願い、助けてよ・・・誰か・・・


涙ぐんだ声が聞こえた。

私はそれが扶桑の方向から聞こえたものだと確信した。身体を捻って急降下して速度を上げ、扶桑へと飛んでいく。


そして扶桑の町並みが見えたところで私は目を覚ました。直前に見た扶桑の町並みは、まるで映画のワンシーンのようで、赤黒い煙に包まれていた。

助けを呼ぶあの声と、あの光景はなんだったんだろう。不思議な夢だった。

窓の外を見れば、まだ夜明け前だった。

熱を測ってみると36.3度。体調もようやく戻ったみたい。


私はこっそりと病室を抜け出すと、42番隊の部屋の前へとやってきた。

たぶんライアーと幸喜も寝ているだろうし、少し覗いて別の場所へ移動しよう。

ゆっくりとドアを開けて中へ入ると、二人とも寝息を立てて寝ていた。

二人とも普段はピシッとしてるんだけど、寝顔はちょっとかわいいかも。

よくよく見ると二人とも顔立ちはすごくいい方だ。幸喜に関して、とある情報を思い出す。


「幸喜も・・・学校へ行けなかったんだ・・・」


ライアーの過去は詳しくは知らないけど、幸喜は9歳の時に既に航空団所属と言っていた。

基礎的な知識は学んでいても、友達とか恋愛に関しては私よりも知らないのかもしれない。

その上死んだ事にされていて、とても辛い思いをしたんだと思う

私は幸喜の頭を撫でた後、布団を掛け直して部屋を去る。


「あ、由比。おはよ、珍しいね早起きだなんて。ってか服着替えてないね」


「ああ、うん。変な夢を見て、それで早く起きたんだ」


部屋を出てすぐに、友香と遭遇した。

友香はこれからお風呂に入るとの事で、私は脱衣所まで一緒に行く事にした。

今日見た夢に関しては鮮明に覚えていて、友香にそれを話すと驚いた様子で考え始めた。


「由比、それって九州から黒くなっていったんだよね?」


「うん。そこから四国や本州が少しずつ黒くなっていって・・・誰かが助けを求める声が聞こえて」


でも、最後は扶桑の町並みが見えたところで夢は終わった。

夢は記憶の整理と言われるけど、あれが記憶の整理の影響で見たものとは到底思えなかった。


「・・・それ、間違いなく20年前の戦争を表現してるよ。あの戦争も九州から侵攻し始めて――」


ナールズの物量に扶桑軍は敗退ばかりで、結局青森まで攻められたところでようやくアスタリカ軍の主力部隊が到着。

その中のライラプス隊によって勝利進軍を続け、他の国からの支援もあって半年で全てを奪還。

でもそこからはナールズの過激派組織によって戦争は続いた。


「何で私がそんな夢を・・・?」


「私に聞かれても・・・。とにかく不思議な夢だったねー、で終わらせようよ。それの方が気が楽じゃん?」


それもそうだけど・・・と言おうとしたところで、友香に手を引かれてお風呂へと連れさられていく私。





お風呂から上がった私は、少し不安な気持ちで体重計へ乗った。

けど予想に反してあまり変化は無く、ほっと胸を撫で下ろす。


「そういえば由比、しばらく乗ってないよね。イーグル」


「うん、体調も戻ってきたしそろそろ訓練しないといけないなぁ」


「今日この後司令に許可を得て飛ぶ?」


私はしばらく考え、答えを出した。

友香の提案通り、この後執務室へ行き司令に許可を貰おう。

ライアーと幸喜もついてきてくれるだろうし。


「じゃあ私は整備してくるよ。由比が墜落しないようにね」


「私は朝食を取ってから格納庫へ行くよ」


時計を見ると朝の6時。そろそろ二人を起こして一緒に朝食へ行こう。

42番隊の部屋に入るなり、私はゆっくりとカーテンを開ける。


「二人とも。今日は久しぶりの飛行だから早く起きて」


「あぁ・・・」


ライアー私の声に反応し、すぐに身体を起こした。

一方で幸喜は私と同様に朝に弱いのか、なかなか起きなかった。

どうしようかと悩んでいると、ライアーが水を持ってきて顔のかけ始める。


「起きろ小僧」


「ぶへっ!?うぷっ!」


なんかすごい反応しながら起きたけど、大丈夫かな。ちょっと心配になるけど。

これで42番隊の3人は起きる事が出来たので朝食を取って訓練飛行。


「幸喜、すごい寝癖付いてるから直してくれば?」


私は指で自分の右側頭部を触り、大体の位置を教えてあげた。

幸喜はすぐに洗面所へと入っていく。


「おはようライアー」


「ああ、おはよう」


なんだかこういう雰囲気は初めてな気がする。

少し照れくさいような、嬉しいようなそんな気持ちになっていた。


「ここしばらく敵の襲来も無かったし、大丈夫だと思う」


「そうだな。けど大丈夫か?」


ライアーは何かよくない出来事を予感しているようで、私の顔を心配そうに見つめていた。

でも、飛ばなきゃ何も出来ないのが私達パイロットだ。


「だから、私は飛ぶ」


「・・・」


私の中では自信のある答えだったけど、ライアーとしては否定したかったらしい。

口を開こうとしたが、結局喋る事無く立ち去っていった。


「っ・・・」


「霧乃、ちょっといいかい」


ライアーの後を追おうとしたところで、今度は幸喜に呼び止められた。


「出所は不明だけど、六芒星作戦という単語がこっちに流れてきた。・・・何が起きるかわからないから気をつけて」



六芒星ヘキサグラム作戦



幸喜の言うこっちとはアスタリカ側の事。詳細は不明だけど、何かしようとしている。

とにかく飛行の時は十分に注意しよう。


「うん。ありがとう、幸喜」




なんだか色々な事が重なりすぎてため息しか出ないけど、私は目の前のケーキへフォークを乱暴に突き刺して口へ運んでいく。

そんな私の様子をライアー達は少し珍しそうに見ている。


「3人ともどうしたの?口元にクリームとか付いてる?」


「いや、つまらなそうに食べてるの初めて見たからちょっとびっくり」


「・・・つまんないよ。大体色々な事が起きすぎ!どうしてこんな状況になるの!」


ダン!と机を軽く叩いて思っている事を口にする。

頬にクリームの感触があるので拭いてから紅茶を飲み、私は頬杖をついた。

そしてケーキを食べ終え、今度はクリームチーズタルトへとフォークを刺す。


「まあまあ落ち着いて。さっきイーグル見てきたけど異常は無しだよ」


「ふうん・・・。いつもありがと、友香」


私は友香にお礼を言うと、ケーキの一口分を友香の手元にある皿へと分けた。

それを嬉しそうに食べる友香を見ていると、なんだか微笑ましく思える。


「にしても、由比髪伸びたよね。配属時は肩に掛かるか掛からないかくらいだったのに」


言われてみれば、配属からもう4ヶ月ちょっとが経っていたし、髪も背中に掛かりそう。

これだとヘルメットを被ったときにちょっと邪魔になるんだよね。

どうしようか悩んでいたところで、友香が切ってあげようかと口にする。


「これを期にイメチェンしたりしてみたら?」


「でも霧乃、昔はロングだったんでしょ?」


「ちょっと待て。どこからその情報を手に入れたの!?」


時々、幸喜の持っている情報量の多さに驚かされる。どうしてそんな事までという情報もあったり。

結論として、私はこのまま髪を伸ばしてみる事にした。伸ばすのなんて小学生以来だ。

朝食を終えた後は42番隊の部屋で隊内のブリーフィングで飛行に備える。


「―――そして、ここで哨戒飛行を指示されているから、30分の哨戒飛行。その後は――」


「霧乃、ここは高度をもう少し上げたほうがいい。最悪、レーダー網を潜り抜けた敵機に襲撃される可能性が思慮される」


綿密に飛行経路を決め、上からの指示である哨戒飛行も組み込んでいく。

こういう時、情報を持っている幸喜の提案は助かったりする。

友香からの提案で燃料タンクの本数なども決め、15分ほどでブリーフィングは終わった。


「嫌な予感もしないわけではないけど、皆気を付けて」


最後にその言葉で締めくくり、飛行の準備へと入っていく。

格納庫にやってくると、友香が他の整備兵に指示をしながら燃料タンクを取り付けていた。

私も取り付け作業に加わり、ミサイルを一人の整備兵と協力して取り付ける。


「ありがとうございます。助かりました」


「ううん。いつもありがとう」


耐Gスーツを着て操縦席に乗り込むと、機体の前に立った友香の指示でエンジンを始動する。

徐々に音が高くなっていくエンジンの回転数をチェックしながら、発進準備をしていく。


『相棒、機体の調子はどうだ?』


「全く問題ない。むしろ調子がいいくらいだよ」


『ブルイヤール、被弾したら怒るよ』


「うん」


愛機イーグルの調子は、まるで久しぶりの空に心を奮わせるかのように感じられた。

全ての発信準備が終わり、滑走路へと3機で進入していく。


「42番隊から管制塔タワー、離陸許可を」


了解ラジャー、離陸を許可する」


管制塔から離陸許可を得て、私達は一斉に空へと舞い上がっていく。

全身へ圧し掛かる重力に耐えながら地上滑走。それも10秒ほどで終わり、ふわりと機体が浮き上がる感覚。


「この感覚は久しぶりだ」


空の人となった私達は、高度4000メートルまで上昇してから編隊を組む。

地図を片手に飛行経路を確認し、多機能ディスプレイに映し出された経路も確認する。


「長機(リーダー)より各機、12マイル地点で右旋回ライトターン、方位210へ」


了解ウィルコ


了解ラジャー


二人の返答を聞いた私は、遥か上空の薄雲の辺りに注目した。

レーダーには映っていないけど、何かがいたような気がする。


「・・・気のせいかな」


12マイル地点で右旋回をした後、もうじき哨戒空域へと突入するのでそれに備え各機の距離を取った。

そういえば、この間の爆撃作戦においてアスタリカ軍のステルス戦闘機が確認されたらしい。

おかげで30機のうち6機が撃墜され、少し痛い目を見たようだ。私が参加していたら被害を軽減できたかも。

でも過ぎた話。今は哨戒に集中していこう。


『相棒、哨戒ポイントに到着した。敵性反応レーダーコンタクト


レーダーを確認すると、かなりの敵性反応。おそらく30機以上。

少し分が悪いけど、生き残る為に戦う。それが今の私の使命。


「各機散開。各個撃破」


私は二人に命令し、高度を上げる。

航空戦において高度を取る事は基本であり、同速度であれば高度が高い方が優位に立てる。

兵装の安全装置を切り、レーダー誘導ミサイルで敵へ狙いを定める。


「ブルイヤール、Fox3!」


ミサイルを放つと同時にこちらもロックオンされ、ミサイルアラートが鳴り響く。

ゆっくりと旋回しつつ、ミサイルが目視距離まで接近してきたところで急旋回をして回避した。

後ろを振り返ると12本の白煙。


「・・・」


血の気が引いたけど、すぐに前方へ視線を戻す。

右、左、横転、急旋回、横転と敵の攻撃を避けていく。感覚的な話になるけど、敵のおおよその攻撃は予測が可能。

だから自分の勘と目視で回避し、1機の戦闘機の背後を取った。

速度差があり、私の機体は一気に敵へ近づいている。チャンスとばかりに未来位置へ機関砲ガンを撃ち込む。

敵の主翼に命中し、火を噴いて落ちていく。けど悠長に撃墜確認をしている暇なんて無い。


「ブルイヤール、1キル!」


『相棒、後ろに2機!』


『2機は任せて』


後ろを振り返ると、1機2機と連続して撃墜された。単調な動きだったんだろう。

私は幸喜へ礼を言うと、すぐに旋回した。だけど、ここで異変に気付いた。

敵が私達に攻撃するのを止め、一気に離脱しようと反転している。


『待った、パレンバン基地より暗号!この空域から急いで退避しろ!』


「どういう・・・」




言葉を言い終える前に、私達が飛んでいる空が眩く光った。

私はその光から目を逸らし、手で目を覆った。そのくらいに強すぎる光だった。

きっと素手でそれをやれば手が透けそうなくらいの光。


そして次の瞬間。


「きゃっ!」


機体が大きく揺れ、高度が一気に下がっていく。それなのに警報アラートが鳴らない。

HUD《ヘッドアップディスプレイ》も消え、多機能ディスプレイの電源も落ちた。


「一体何が・・・」


状況を確認するために無線で二人に呼びかける。けど応答は無かった。

いや、あったけど聞き取れない。


『・・・い・・・う・・・しろ』


『・・・が・・・て・・・っ』


無線もダメだ。先に姿勢を戻さないと墜落する

焦るな、落ち着け。エンジンの出力を落として傾斜バンク角を0度に。


「くっ・・・!」


海面が迫ってくる中、一気に操縦桿を引いて機首を上げていく。

数秒間強いGが掛かかり、血液が足の方へ下がっていく感覚。


「っ・・・!はぁっ・・・・はぁっ・・・はっ・・・」


アナログ計器を見ると、速度は時速換算で1345キロメートル、高度は170メートル。

本当に危ないところだった。あと一歩遅ければ墜落していただろう。


「はぁ・・・そうだ、無線・・・」


乱れていた呼吸が落ち着いたところで、私は無線で二人へ安否の確認。

先ほどよりはノイズが小さくなったけど、まだまともに使えそうにない。


『相棒、・・・そっ・・・の状況・・・ど・・・だ』


「こちらブルイヤール、エンジンと無線は生きてる。それ以外は全機能停止オールダウン


『だろ・・・な。小僧は・・・て・・・か」


『・・・こちら3番・・・生き・・・すよ』


なんとか3人全員無事らしい。ふと私は多数の火柱の存在に気が付いた。

まさか、さっき交戦した敵機?


『敵の方は・・・全部落ち・・・ようだ・・・』


『まさか、これ・・・あの作戦・・・』


あの衝撃が何かはわからない。でもまさかこれが作戦?

味方を巻き込んで敵を殲滅させるこのやり方が作戦とでも言うの?


「狂ってる・・・」


上空を飛ぶ2機の機影に機首を向けつつ、私はそう吐き捨てた。

本当に何もかもが狂ってる。そして、呆れた。

自分たちの軍上層部のやり方に、嫌気が差しつつあった。


「各機、方位160へ。地図と照らし合わせるとこの方角が基地。繰り返す、方位160へ」


二人の返答を合図に、ゆっくりと方位160へ向けて旋回。

私達は、アナログ計器を頼りに基地へとこの空域を後にした

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