第3話「語られる伝承」


1998年、扶桑国。


周辺国の連合による突然の侵略。

国土の3分の2を数ヶ月で奪われ、国の存在が揺らいだ時の事。

アスタリカ合衆国空軍の雇った二人のエースパイロットをはじめとした増援により、侵攻を阻止。

同時に、反攻作戦が展開される。そして、その反攻作戦の要である一つの部隊。



―アスタリカ合衆国空軍第698飛行隊 通称「ライラプス隊」


ーその1番機である「シフィル」と「フィーラ」



この部隊の活躍により、突然の侵攻から1年で平和への調停が結ばれた。

取り上げた「ライラプス1・シフィル」は、調停前に行われた作戦の後に消息を絶った。

当時の管制官は滑走路へと最終進入するシフィルの姿を見たが、ふと目を閉じた一瞬後にその姿は消えていたという。





・・・これが、つい先日私が交戦したパイロットが口にした「ライラプスの復活」というワードからみんなが知る限りの表の情報。





「確かに、そのシフィルの塗装と由比の機体の塗装は似通ってるけど・・・」


「由比が当時17歳だとしても今じゃバ・・・」


ライアーが禁止ワードを言いかけた所で、私は持っていた辞典の角を思い切りぶつけた。

頭を抑え悶えるライアーを横目に、私は思った事を口にする。


「不思議ではあるけど、世の中同じような思考を持つ人は一定数いる。そして、ライアーが言ったように年齢が合わない」


更に調べていくと、シフィルは傭兵とされている。

対して私は正規軍所属であり、そこも大きな違いである。

共通点と言えば搭乗していた機体と塗装のみ。


「よし、もうちょっと調べてみよう」


私が立ち上がった所で、緊急事態を告げる基地のベルが鳴った。

ライアーと友香の二人と目を合わせると、コクリと頷く。


「由比、先に機体乗ってて!放送が無いからホントにやばい事態かもしれない!」


そう、普段のスクランブル要請であれば必要な飛行隊への指示がある。

その言葉の数秒後、基地に設置してある対空ミサイルが発射される音が聞こえた。

どうやら本当に近くまで来ているらしい。


「相棒、上がるぞ」


「うん」


二人同時に全速力で格納庫へと向かう。

互いにぶつかって倒れている人や、食堂で散乱している食器。

基地の中は慌しい様子だ。


「機体が無事だと良いんだがな」


「大丈夫と信じるしかないよ」


格納庫まであと曲がり角二つという所で、爆発音と共に地面が大きく揺れる。

ライアーはなんとも無かったが、バランスを崩した私は躓き転んでしまった。

転んだだけならいいが、近くに落ちていたガラス片が手に刺さる。


「痛っ」


すぐにガラス片を抜き、立ち上がる。


「おいおい、滑走路に穴開いたんじゃねえのか」


ライアーの言葉から、滑走路かどうか定かではないが爆弾が落ちたらしい。

やがて対空機関砲の発射音、鳴り続けている基地のベルだけでなく空襲警報までが鳴り出した。

いよいよ敵の本隊が押し寄せてきたんだろう。


「一番戦績上げてる42番隊だけでいいから上げろ!他のヤツはどうでもいい!」


「ふざけんじゃねえ!一機でも多く上げろ!」


「50番の4機は使えねえ!風防キャノピーに穴空いてやがる!」


格納庫から聞こえる怒声で、少しずつ状況がわかってきた。

そして敵戦闘機の爆音までもが聞こえ始める。


私達が格納庫へたどりついた時には時既に遅しという言葉が似合うくらいに悲惨な状態になっていた。

人の焼ける臭い、四散したコンクリート片、赤黒く染まったアスファルト、身体の一部を欠いた人。

私は思わず目を逸らした。それほどまでに酷い光景だった。


「うっぷ・・・」


込み上げてきた吐き気を我慢しながらゆっくり機体へ向かおうとすると、ライアーに首根っこを掴まれる。


「やめろ、無理して行ったら落とされるぞ。大人しくしてろ」


「・・・敵はどうするんだ」


「今は放っておけ。撤収し始めたら追撃するぞ」


「わかった・・・ただちょっと・・・」


私は口を手で抑えてうずくまる。

さすがに無理かも・・・。


「出すもの出し切ってこいよ・・・」


「・・・」



敵からも味方からも見えない位置でモノを出し切った私は、先ほどの光景を忘れようと必死になっていた。

未だに臭いが原因で吐き気が込み上げてくるが、さっきよりはマシになった。


「・・・止めだな。今日は42番隊はお休みだ」


「ごめん・・・」


「謝んな、どうせ初めて見たんだろ。”戦場”ってのを」


「うん・・・」


力なく返事をすると、私は近くの壁にもたれかかるように座った。


「俺も初めて見た時は気持ち悪くなったな」


「そうなんだ・・・」


ライアーと話しはじめてすぐ、友香が駆け寄ってきた。

手には何本かの工具があり、頬は少し切れて血が出ていた。多分飛来した破片で怪我をしたんだろう。

そして焦りと悔やみが混ざったような表情で私に話しはじめる。


「・・・由比、イーグルはホイールがパンクと機首のレーダードームに被弾痕14。修理は2、3日かかるよ」


「そっか・・・」


私はどこか安堵する気持ちが浮かぶと同時に、悔しさもあった。




基地の戦闘機が一斉にエンジン始動を始め、12機ほどが10分経たずに空へと舞い上がっていく。

ライアーと友香と共にその様子を見ていると、上空を一機の戦闘機が通り過ぎていく。


「上がれないんじゃしょうがねえ。俺一人で上がっても生き残るので精一杯だろうしな」


「地上じゃパイロットは無力だ・・・」


空へ上がれば私とライアーの二人で敵の半分は落とせるだろうけど、今飛べば敵へたどり着く前に墜ちる。


機体に穴が開くという事はそういうリスクが生じるわけで、だから私は今のところ無被弾を心がけ実行していた。


味方の空戦を見ていると、2vs1で着実に撃墜していた。

でも何機かの味方も撃墜されていた。これはまずいかもしれない。







翌日、いよいよ作戦が朝のブリーフィングで発表された。


「昨日の敵の空襲によって、当基地は殉職者が17名、重傷19名、軽傷27名。航空機は大破が7機、小破が10機だ」


「これにより、基地の戦力は60%にまで下がった。これは壊滅的な被害だ。よって」


―明後日にバレンパンを撤退し、リンガ島の基地の部隊と合流する。



私が予想したとおり、撤退する事態となった。

ブリーフィング後、包帯を取り替えてから部屋へと戻った。


「・・・」


荷支度を命じられた私は、衣服をダンボールへしまっていく。

その後ろにはライアーがいるので、私は。


「ライアー、5分ほど外で待ってて」


「俺も荷支度してる最中だ」


「いいから出てって。下着とか出すから」


「はいはい。っと、そういやこの後PTSD予防会じゃなかったか?」


そういえば、ブリーフィングの時に言われたんだ。

昨日の襲撃の件で、主として経験の浅い若年兵士にPTSDの対策としてメンタルケアを行う事が決まったらしい。

私も未だにあの光景を忘れようにも忘れられずにいた。


「酷いもんだ、基地襲撃なんてのは」


「私達もいずれはやる事にはなる・・・」


「ああ。撃つのは稼働中の敵戦闘機と兵器のみにしようか」


「そうだな。42番隊の鉄則にしよう。それはそうと、下着を移したいから早く出て行ってくれない?」


「了解。なるべく早く頼む」


近くにあった文庫本を投げてやろうかと思ったが、やめておこう。さすがにかわいそうな気もする。

パタンとドアの閉じる音と同時に、私は移行大作戦を開始した。





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