第2話 「休息」



仲夏。南方に位置するこの島は、雨季に入った。

ここ数日間の雨で、基地は出撃も無く穏やかで少し湿った気持ちで日々を過ごしている。


「雨は嫌いだな・・・」


「濡れるからか?」


ため息混じりに呟くと、反対側のベッドに座っていたライアーが反応した。

私は少し間を置いてから、ゆっくりと話しはじめる。


「濡れるからというのもある。だけど、あまりいい思い出が無いから」


「なら無理に聞かないでおこう」


ライアーの気遣いに感謝をしつつ、ベッドに倒れこむ。

何をしようか考えても特にやる事も無く、ただ時間だけが過ぎていく。


「そんなに暇なら格納庫ハンガーにでも行くか?」


格納庫ハンガーか。そういえば、今私達の機体はメンテナンス中だったな。

友香達の手伝いでもしに行こうかと立ち上がり、棚を漁る。


「差し入れも持っていこう」


棚から適当に選んだジャージへと着替えた後、売店で扶桑国からの輸入品のジュースを数本購入した。

私一人で持ちきれず、何本かをライアーに数本を持たせると少し嫌な顔をされた。その後は何事も無く格納庫へと到着。今はエンジンを外してメンテナンスをしていた。


「あ、由比ちょうどよかった。この間の新型の燃料ポンプだけど」


「ああ。何か問題が?」


「9G近くの加重がかかると部品の一部にクラックが入って、最悪エンジンから出火するよ」


「・・・は?」


呆気に取られて思わず聞き返した。最大荷重に問題がある部品を前線にって・・・。

既に元の部品には戻してあって、友香がそのクラックの入った新型を持ってきた。

隣を見ると、ライアーも引きつった表情をしていた。


「耐用試験はしたのかよ・・・」


「一応してあったみたいだけど、9.5Gまで。由比みたいに最大12Gとか掛ける人なんてそうそういないし」


「普通失神しねえか?そんなG掛けて」


配属されて1ヶ月。失神した事は無く、12G掛けてもあと1Gくらいはいけるかもしれないと言った所。それを伝えると、整備も含め全員が信じられないといった表情で私を見ていた。どうやら私がした事は普通の事じゃないらしい。


「まあ、由比は小柄だからそれもあるのかも」


「女性パイロットは男性に比べてGへの耐性はあるらしいからな」





格納庫ハンガーでの作業が一通り終わり、私と友香は浴場へとやってきていた。

とは言っても、この基地に所属している女性はごく僅か。

本来15名の入浴を想定した女性用の浴場は、私と友香だけが使う事が多い。

他の女性兵士はシャワーで済ませることが多いからだ。


「相変わらず広いよねー、ここ」


「そのうち縮小されないかちょっと心配だけどな」


服を脱ぐと、タオルを巻いて浴室へ。髪と身体を洗い終え、ゆっくりと湯に浸かった。ここ最近の中で一番寛げている気さえしてくる。


「ところで、1番機引き受けちゃって大丈夫なの?今まで列機だったのに」


「私が2番機でカバーをしているよりも、感覚で言えばライアーと背中合わせで戦っていた方がいいんだ。どうしてかはわからないけど、考えが合う」


「なるほどねー」


「例えばこういう動きをした時に」


私は両手を使って戦闘機の動きを真似て説明を始めた。

友香は戦闘機が昔から好きらしく、大雑把な説明をしてもしっかり理解してくれた。

話は機体の動きから変わり、お互いの気持ちの話へと変わっていく。


「由比はさ、どうして兵士になろうと思ったの?」


「・・・」


言えない。言いたくない。本当はそんな理由でやってはいけないという事も。

でもそうじゃないきゃ。


「ごめん、先に出る・・・」





―そうじゃなきゃ、空を選べなかった。






日が沈み暗くなった格納庫ハンガーに、私は居た。

まだメンテナンス途中のイーグルの、大きな主翼つばさの上へと登り寝転がる。

誰もいない格納庫はとても静かで、雨の振る音もあって落ち着くことができた。


「・・・」


私は元々、空に憧れていた。手を伸ばせば届きそうで、届かない。

遠く、広く、そしてどこまでも行けそうな空。それが理由もなく好きだった。

いや、厳密に言えば思い出せなかった。どうして空に憧れたのか。

少しだけ手を伸ばしてみた。格納庫の天井へと。


「由比、こんな所にいたのか」


聞き慣れた声がすると同時に、何かが飛んできた。

その飛んできた物をキャッチすると、身体を起こして声がした方を見る。


「ちょっと考え事してたんだ」


ちなみに飛んできた物は扶桑製のアンパンだった。

封を開けて一口齧る。私はイーグルの翼から飛び降りると、近くの段差に腰掛けた。


「ライアー、少し話を聞いてくれないか?」


私はライアーに自分の気持ちを打ち明けた。今日友香と話している時の事を。


「兵士になった理由を話せない、か」


ライアーならわかってくれると感じた私は、更に自分の気持ちを素直に話していく。


「ライアーは、どうして空を?」


「俺はそれが自分の選んだ道だからだな。ただそれだけだ」


「そうか・・・。ライアーはすごいな」


そう呟き、再び地面に寝転がった。ライアーは自分から空を選び、空を飛び続けている。それが私には偉業のように思えて、自分の飛ぶ理由がとても小さな事にさえ感じた。


「俺の理由聞いたんだから、お前も話せ」


「私は・・・」


うん、話そう。私が飛ぶ理由を。


「両親の仇討ち・・・かな」



あの日、私は家にいた祖母に話を聞かされた。祖母は顔色一つ変える事無く、私の両親が事件に巻き込まれて亡くなったと。

最初は信じたくなかった。でもその日を境にそれまで通じていた携帯電話は音信不通となった。でも、なぜか事件を取り上げた記事には名前が載っていない。色々な記事を手当たり次第探しても、名前だけは記されていなかった。何が正しい情報なのか、私はわからなくなっていった。


「そこからはあまり思い出せないんだ。気が付けば中学卒業間近で、戦争が起きて」


「なるほどな。・・・って、中学だと?」


なにやら慌て始めるライアー。どうしたんだろうか。


「お前今何歳だよ」


「今は17。あと数ヶ月もすれば18になる」


ライアーは驚いた表情で私の事をじっと見つめている。一体何に驚いているんだろう。


「どうりで若く見えるわけだ。本当に若いんだからな・・・」


「・・・うん、なんだかスッキリした」


ライアーに打ち明けたらスッキリしたらなんだか瞼が重くなってきた。腕時計に目をやると、まだ8時前。だけどもう寝る事にしよう。


「少し早いけど、私は部屋に戻る。話を聞いてくれてありがとう」


私はヒョイッと立ち上がり、格納庫から離れ自分の部屋へとゆっくり歩いていく。

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