第6話「どうして戦う?」
私は体中の痛みに起こされた。動けないくらい、全身が痛い・・・。
それもそのはず。最後に見たのはOver Gの警報が鳴る最中に15Gの文字。
普通の人が耐えられるのなんて、9Gが限度。それ以上は失神してしまう。
イーグルも、恐らく色々な箇所が痛んだ。例え撃墜されなくても、耐用年数は大きく減っていた。
もしかしたら途中で墜ちていたかもしれない。そのぐらい度を過ぎた重力加速度だった。
「っ・・・痛い・・・」
無理やり身体を起こしたせいで、苦痛に顔を歪めた。何時間気絶していたんだろう。辺りはすっかり暗くなっていた。時計は壊れ、何時なのかわからない。夜が更けているのはわかる。
私は痛む身体を引きずるようにして木の根元へ座り込む。
「無線はダメ・・・。
持っている限りの備品を取り出し、並べていく。
薄暗くて見えなかったが、この間の右手の傷が少し開き出血していた。
そもそも、人間の身体は普段の5倍の重力すら想定していない。癒えきってない傷が開くのも無理ない。応急処置をして包帯を巻き、引き続き備品の確認をしていく。
「拳銃(グロック)の予備弾薬はこれだけあれば、なんとか大丈夫そう」
ようやく頭が冴えてきて、空戦中の出来事を思い出す。
15Gの機動を読まれ、あれは・・・クルビットだっけ。機首を上げ、人が宙返りかのように一回転する飛行技術。そしてあの無線。
「私は・・・誰なんだろう」
私は霧乃宮由比で・・・ライラプス1なんかじゃない。20年前の戦争の事なんかも、全然知らない!白翼の悪魔なんかでも無い!私は。
「誰か助けてよ・・・」
そう小さく呟いた。少しずつ不安になってくるこんな時に・・・友香もライアーも居ない。ここがどこなのかもわからない。今は何時なのかも・・・。
けど、生き残ろう、と強く願うように言ったあの言葉が脳裏を過ぎる。
あの日。初めてライアーと飛んだ日の、あの言葉を思い出した。
うん。生き残ろう。生きて帰ろう。それが私に課せられた使命なんだ。だから基地に帰らなきゃいけない。
フラつきながらもなんとか立ち上がると、装備をフライトジャケットのポケットに戻した。
そして、数ヶ月ぶりに拳銃を手にした。2ヶ月前まで私は訓練生だったのに。
「2ヶ月で50機撃墜・・・」
よく考えれば可笑しな話だ。半年の徹底した飛行訓練を終えて実戦配備されたばかりなのに。なぜ私はここまで極端な撃墜数を叩き出したんだろうか。
『お父さんの仕事は、どこかの国の空を守る事。扶桑だけじゃないんだよ』
そっか。
まだ幼かった時に、私がお父さんに何をしているか聞いた時。そう答えていたのを思い出した。
いつからか薄暗く靄がかかっていたような記憶が、徐々に鮮明になっていく。
私が空を選んだのも、そういう事なのかもしれない。それなら・・・
「尚更生き残らないと・・・お父さんが導いてくれたこの空に居続けないと」
決意したのはいい。だけど、世の中上手くいかない事が多い。
私は何時間も歩き続けた。にもかかわらず、この薄暗い森から出られそうな雰囲気は無い。
それどころか、舗装された道は完全に無くなった。
「痛っ!」
何かにつまづいて転び、腕を岩にぶつけてしまった。相手が岩である故にかなり痛い。
痛みが引くのに30秒ほどかかった。袖を捲って見てみると、赤くなっている。
小休止を取る事に決め、ゆっくりと木に背中を預ける。
ここがどこなのかわからない以上、安心して眠る事すらできない。
下手に意識を手放せば、誰かに・何かに襲われるという事も有りうる。
そう考えると、さっきまで気絶していて襲われなかったのは不幸中の幸いだ。
ふうー、と深呼吸をして気分を落ち着ける。すると、ふいに足音が聞こえた。
「誰・・・?」
物音を立てないように木陰に隠れて待ち伏せる。
未だ痛む身体で戦闘は出来ない。そこで、治療キットから鎮痛剤を取り出して注射する。これでしばらくは痛みが抑えられて、応戦程度はできるだろう。
「・・・数は4。小隊だ」
敵味方の区別も付かない以上、
空中戦と同様にギリギリまで引き付ける。
「ここで分散して探そう。無線の周波数は238.2だ」
「了解」
まずい。4人相手でもまずいが分散されても困る・・・。
私はグロックへと手を伸ばし、しゃがみこんだ。
周囲を警戒しつつ一人へ狙いを定めて背後からの奇襲を仕掛ける。
「いるわけないよなぁ、こんな場所に」
「いるよ。
少し飛び上がって相手の顔を殴り、怯んだところを更に喉元へ蹴り。
「ぐがっ・・・!」
「ごめんね」
声が出せないであろう状態で、相手の持っていた小銃を奪ってその場から全力で逃げる。
やっぱり拳銃と違って重く、走りにくいな。あと、奪ったのはいいけど使い方がわからないんだった。
「これどうやって使うんだ。
パシュッ!
何かが発射される音と同時に、赤色の光が周囲を照らした。しまった。
「やるんじゃなかったな・・・」
恐らく増援が来る。そうなれば、陸上での銃撃戦を専門としていない私はやられる。
完全に詰みだ。
降参か、走り続けて逃げるか・・・。遠方からヘリコプターの音も聞こえ始め、ついにジェットの音も。
ちょっと待って・・・これ完全に私を仕留めに来てる。撃墜されてから1日も経ってないというのに、これだけの兵力を投入してまで。
敵はそのくらい、私を脅威として認識しているんだろう。
顔から血の気が引き、恐怖心で手が震え始めた。
ただただ怖い。
どこか茂みに隠れてやり過ごせるか・・・?赤外線カメラって茂みの中も見れたっけ。
考えろ・・・生き残るためには・・・。
「・・・やるしかない。やれるところまで」
小銃は扱えるかどうかわからない。だから拳銃だけが頼りだ。スライドを引き、弾を込める。
「・・・」
バクバクと心臓が鳴り、空にいる時よりも緊張する。恐怖心も隠せていない。
私は一つだけ願いを口にした。
「・・・ライアー、あなただけは生き延びて」
多分、今日が私の最期の日になる。所属不明機に撃墜され、敵の過大とも言える兵力を投入してまで仕留めに来て。
本当に、ライアーだけでも生き延びてくれれば私は言う事は無い、
「お父さん、お母さん。もうすぐそっちへ行くから待ってて・・・」
ヘリコプターの音も大きくなり、恐らく見える範囲にいる。
ジェット機も上空を通り過ぎていった。赤外線カメラを使えば、私のいる場所なんてまるわかり。
例え敵を数十人やれたとしても、ジェット機からの機関砲で私の身体は粉々。
・・・嫌だ、まだ死にたくない。もっと生きて、ライアーと空を飛びたかった。
せっかく、変われると思ったのに・・・。
ヘリコプターが目視出来る距離にまで来た。空にいる時はあんなにも簡単に撃墜できるのに。
今はその存在は脅威でしかない。
投降したら・・・私はどうなるんだろう。戦争が終わるまで、誰とも会えないのかな。
そして、とうとうサーチライトに照らされた。私は拳銃を構える戦意すら失っていた。何も出来ない自分が悔しかった。
「パレンバンの42番隊のお姫様を迎えに来たぜ!」
木々の間から現れた歩兵のその一言で、私は瞬く間に混乱した。
何を言っているのか理解できなかった。
「・・・えっ?迎えにって」
「ルーガン空軍のパレンバン基地司令さんの命令でお前さんを迎えに来たんだよ」
「じゃあさっき倒した兵士って・・・」
「うちの若造だ。ちなみに3個飛行隊と2個歩兵中隊を動員しての捜索だよ」
そ、そんな規模で捜索してたのか・・・。敵じゃなくてよかった。
ほっと胸を撫で下ろし、その場に座り込んだ。
「怖かった・・・」
安心したら涙が出てきた。人がいるのに泣きたくない。でも涙を止められなかった。
「全く、うちの若造は鍛えなおしてやらんとなァ!それと、相棒さんも来てるぜ」
涙で滲む視界に、見慣れた人影がゆっくりと歩み寄ってくる。
なんでこのタイミングで来るの?余計に涙が出てきたじゃん・・・。
「よう相棒。生きてるようで何よりだな」
でも、私は溢れ出る涙を堪えゆっくり立ち上がって、言葉を口にする。
「ただいま。
けど、そこまでが限界だった。
体力も気力も底を尽いた私は、徐々に薄暗くなっていく視界と共に意識を手放した。
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