第8話「基地に咲く一輪の華」


「あれは雪の降る寒い日だった」


「どうしたいきなり」


「いや、なんとなく」


ようやく乱れていた呼吸が落ち着き、夏の暑さを紛らわそうとそんな一言を呟いた。

先ほどまでまるで連続した空中戦のように過酷なマラソンにチャレンジしていた私。

かなりの汗をかいて、着ていたシャツは水気を含んで重たさを感じる。


「2週間も体を動かしてなかったから、体力落ちたな」


「まあ、焦らず取り戻せばいいと思うけどな。それはそうと、2代目の愛機(イーグル)は今日の午後だったか」


予定では今日の午後に別の基地のF-15Cがやってくる。

私は今日を楽しみにしていたのだけど、ライアーは違った。


「・・・相棒、気付いてるか?最近の機種分配」


「機種分配?」


「いや、気付いてないならいい」


どうしたんだろう。なんだか浮かない表情をしている。

ライアーは背を向けると、親指で着陸してくる機体を指した。

見れば機種はナールズのスホーイSu-27。以前は無かった機体だ。


東側機スホーイが増えてんだよ。上が何を考えてるか知らんが」


「・・・」


言われてみればそうだ。アスタリカと敵対したとはいえ、元々はこの周辺国は西側情勢だったはず。

でも、西側と敵対したんだから東側機が増えるのも想定はできる。なんとも言えない状況だ。


「よからぬ事が起きないといいんだけどな。フランカーを見るとどうもこの間の奴を思い出す」


「この間の・・・」


私を撃墜し、ライアーを戦闘行動不能にした所属不明機。

奴は間違いなくトップクラスのエースと言える。私達2機のエースを相手に被弾する事なく勝った。


「よからぬ事・・・か」









午後になり、2機の戦闘機が着陸した、

それは私とライアーの新しい翼となるF-15Cの改修機だ。

どうやら既に工場で仕様変更をしてあるようで、いつでも出撃が出来る。


「さて、デザインは前のと同じでいい?」


「いいよ。あ、ちょっと変えよっか」


機体の受領処理を終え、私達は格納庫でイーグルへの塗装準備に入っていた。

灰色の迷彩塗装をベースに、白い鳥の羽を垂直尾翼の部分へペイントしていく。

ライアーの機体はこの間欠いた主翼の部分に紅の炎をイメージした模様を。


「二人とも基地の精鋭エース部隊だもんねー。新米ながらも2ヶ月で50機撃墜の由比に、幾多の戦場を駆けてきたフィル中尉」


何十人かの整備隊員達により、着々と私達の機体が塗られていく。

いつの間にやら観衆で賑わい始めた格納庫。


私が紙へサインの練習をしていると、ライアーが覗き込んできた。

サッと隠すと、ジッと睨む。


「Brouillard《ブルイヤール》、相棒のTACネームか」


「あっ!う、うるさい!」


ちょっと恥ずかしいから見ないでほしかったのに。顔が熱い。

そんなやりとりをしていると、早速一人私の前に立った。


「あの、サインください・・・」


「あ、えっと・・・こうでいいかな?」


戸惑いながらも、差し出された色紙にTACネームにプラスしてYuiと書き込んでいく。

なんか照れくさいけど、これで士気が上がるならいいかもしれない。


「なんかアイドルの握手会みたいだね・・・」


「そ、そうだね・・・・並びすぎだと思う・・・」


この基地は確か2000人近くいるはずで。


「え、2000人?!ちょっと友香、ライアー、助けてよ!」


「無理だ。さすがに数が多すぎる」


横にいる二人に緊急事態宣言エマージェンシーコールをするが、ライアーには断られた。

友香は少し考えたあとに。


「我らがエースパイロット、霧乃宮由比のサイン会は現在並んでいる方で最後になりまーす!フィル中尉、最後尾で張っててください」


「任せとけ」


「は?」




突発的に始まったサイン会は、およそ300人へのサインに留める事が出来た。

疲れきった私は、新しい42番隊の部屋でライアーと寛いでいた。

初めは一緒の部屋にいる事が緊張する時もあったが、今はもういるのが当たり前となっている。


「明日からは普通に出撃できるな」


「そうだね。・・・でも」


私はライアーと顔を見合わせた。

いよいよパレンバン基地奪還と、陣地拡張のための一大作戦が決行されようとしている。

総勢60機近い戦闘機が投入されるこの作戦は、恐らく味方を助けている暇は無い。

血で血を洗うような凄まじい空中戦になるのは見えていた。


「馬鹿げてる・・・」


「そうだな。だけどやる事はいつもと変わらん」


そう。

私達42番隊に課せられた大前提は一つ。



ただ生き残る事。たったそれだけだった。

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