群青の空へ

第一章 -Disappearance of hate-

第0話 空を飛ぶ理由

私が空を飛ぶ理由？

敵が憎い。 それだけが私が空を飛ぶ理由であり、敵を墜とす理由。

私の両親は、かつて友好関係にあった遥か遠くの国でその命を奪われた。

・・・それも、家族円満の一番幸せだった時に。

これは、もう１０年も前の話だ。

インターネットで検索すれば記事のタイトルは出てくるが、肝心な記事の内容のほとんどは削除されている。どうせ都合の悪い記事だけを見つけて削除しているんだろう。

代わりに出てくるのはどれもこれも嘘を混ぜられ、拡大解釈されたプロパガンダ記事ばかり。

今となってはもう真相に辿り着ける話は存在しない。

ありきたりな記事を見た私はため息をついた。

とても不快だ。うんざりだ。今すぐにでも元凶となった奴らを叩き落してやりたい。憎しみだけが込み上げてくる。

私が今いるこの国は小規模な数カ国と同盟を結び、三つの大国と戦争中だ。

原因は相手国の軍隊による数十人の邦人射殺事件。

かねてより軍事力を強化していた私の国は、痛烈な批判をするとともに数カ国で抗議の声明文を出した。

結果、大国側からの経済制裁が行われた。石油の輸出制限や関税率の大幅な引き上げ。

実行された全ての措置により人々の生活に不自由が生じ、不満を募らせていった。

禁輸措置開始から数ヶ月経った頃、数カ国での軍事行動が決行された。

大国側最西端の離島にある軍事施設への攻撃。巡航ミサイルによる攻撃や精密誘導爆撃を用いた、宣戦布告行為。

殉職者は数百名に上る。攻撃を受けた地上の基地施設は壊滅し、地上に置かれていた軍用機のほとんどが大破。

そして。大国側の報復攻撃を期に、戦争が始まった。

ただ、この攻撃には反対派と賛成派がいたらしい。

前線にいる私にはあまり関係の無い事だ。命令に従い作戦に参加し、敵を墜とす。

今はただ・・・それだけだ。

過去の話はこれくらいにしよう。

私が今いる場所は、ルーガン共和国空軍第４９飛行隊第４２外国人要撃部隊。

―通称”４２番隊”

その二人部屋・・・なんだけど。今は二人ではなく、私一人だけ。

飛行隊長は少し前に私との行動に嫌気がさし、脱走を試みた。

当然、基地の憲兵に見つかり逮捕された。そのまま軍規違反により現在は独房の中。

理由は自分が活躍できないから、らしいけど・・・。

「なんで脱走なんかしたんだ・・・？」

浮かんだ疑問を小さく呟くと、私は４２番隊の部屋を後にした。

今日はこれといって出撃の予定は無く、あるとすれば敵の迎撃くらい。

朝食はまだ食べてないない事もあって、私は少し気だるさを感じていた。

これから食堂へ向かい朝食を取るのがいつもの日課。

宿舎から数百メートル歩いた先にある食堂は、朝食を食べに来た人で賑わっていた。

パイロット、管制官、整備士、工兵隊と所属を問わず集まる食堂へやってきた私は、すぐに決められた自分の席へ座り手を拭いた。

「霧乃宮（きりのみや）、由比（ゆい）さん。おはようございます」

「おはよう。なんでフルネームで？」

私の名前をフルネームで呼んだ後、隣の席へ座った彼女。

名前は柿本（かきもと） 友香（ゆか）で、４２番隊の私の機付整備長。その整備の腕を見込まれスカウトされたのが、友香がここへ来た理由。

「今日は機体調整で聞きたい事があるからこのあと時間取れる？」

「ああ、いいよ。今日は出撃も無いだろうし」

「はいはい、決まりねー。ところで由比、配属一ヶ月でこの基地の最多撃墜王になった気分はどう？」

「別に。やれる限りの事をしてるだけ」

そう答えてから用意された朝食を食べ進める。

私は空へ上がり、敵の戦闘機を喰らうだけ。それ以外は考えていない。この先、生きていても楽しい事があるとは思えない。

それと、ただ単に家族を殺した連中が憎い。だから、この手で・・・。

「・・・由比、少し休んだほうがいいんじゃない？」

気持ちが表情に出ていたからか、心配した様子で友香に声を掛けられた。

「いや、大丈夫」

私はそんな時は決まってその返答をする。

休みなんか要らない。さっきも言ったとおり、命ある限り撃墜するだけでいい。

「ならいいけど。無理はしないでね」

時々友香と話を交えながら、朝食である卵焼きと味噌汁を味わいもせず放り込むように食べる。

友香は話の途中で時折頬を緩ませたりするけど、私はそんな事はしない。何も面白くなんてなかった。

「なんか、バカバカしいよね。自分の国じゃなくて、他国の暴挙に付き合わされて戦争だなんて」

「・・・」

私は何も答えられない。答える権利などない。自ら望んでここへ来たのだから。

その時、誰かが机を叩く音がした。振り向くと、パイロットの一人が先ほどの友香の発言に異議を唱えたいらしい。

パイロットが近寄ってくると、友香も立ち上がった。

「おい、整備士ごときが士気を下げる事言うんじゃねえよ」

「だって事実じゃん。だったら被弾しないで帰ってきてよ！被弾すれば他の整備士だって迷惑するの！」

「あァ？それならお前も空を飛んで作戦遂行して無被弾で帰って来いよ！話はそれからだ！」

「いいよ！上等じゃん、機体は誰が用意してくれるの！？飛行許可もアンタが貰ってくれるんでしょ！」

・・・煩い。味方同士で争うなんてそれこそ馬鹿げてる。

私は空になった茶碗を乱暴に置くと、そのパイロットを睨みその場を後にした。

「・・・チッ」

「あ、由比・・・」

食堂を出た私は一度部屋へと戻った。静寂に包まれた４２番隊の部屋。

ベッドへと腰掛けると、そのままパタンと仰向けになった。もう少しだけ寝ていられるだろうか。

しばらくの間目を瞑っていると、誰かが歩いてくる音が聞こえた。

私はサッと身体を起こし、そのままドアの方へ歩いていく。なぜかと言えば、この足音は友香のだからだ。

「由比、さっきはごめん・・・支度できたら格納庫（ハンガー）行こっか」

「うん。ちょっと待ってて」

私は机の引き出しから作業用の手袋を手に取ると、ポケットへしまい格納庫へと歩き出す。

少し小走りで横へ並んだ友香は、窓の外を見ながら私の肩をトントンと叩いた。

「で、作業内容なんだけど」

作業内容は私の愛機であるＦ－１５のエンジンの部品の交換を手伝って欲しいらしい。扶桑の国内メーカーが新型部品を開発し、実戦で試用を行って貰いたいと依頼が来ていた。

格納庫へ到着すると、友香は慣れた手つきで機体のパネルを外していく。

「なんでも従来のより出力が３％上がるんだって」

「３％か」

エンジンの構造の関係もあるし、それが妥当な数値だと思う。

構造を強化すれば５％ほど上がったりするのだろうか？

そんな疑問が浮かぶが、出力が少し変わっても意味を成さないとすぐに答えを出した。

「それで少しは動きやすくなるんじゃない？」

「さあ、どうだか」

友香が外した部品を受け取り、先ほどの試作品を代わりに渡す。その部品自体は数分で取り付ける事ができて、あとは配線を組んで外したパネルを取り付けていく。

最後のパネルの取り付けが完了すると、時刻は１２時を過ぎていた。

作業時間はおおよそ２時間弱といったところ。

集中していると時間が経つのは早い。それは地上も空中も一緒だ。

「由比は先に昼食行ってていいよ。私は記録簿書いてから行くから」

「うん。また後で」

格納庫から食堂へ向かう途中、この基地では見慣れない人物とすれ違った。

ヨーロッパ系の髪色と顔立ちに、身長は１８０センチメートル近くだろうか。

パイロットスーツを着ていたけど、雰囲気がここの所属しているパイロットたちとは少しだけ違った。言葉に表すのは難しいけど、どこか違う。

それが気になり振り返ると、彼は基地司令の執務室へと向かっていた。

朝にも増して賑やかな食堂で昼食のメニューを選んでいると、友香が遅れてやってきた。

他愛の無い話の後、メニューが決まり食器の載ったトレーを机の上に置く。

腰を降ろし箸を持った私達だが、それと同時に敵機襲来を知らせるベルが鳴り、放送が入る。

私と友香は立ち上がり、格納庫へと走り出そうとしたが。

『４２番隊以外は全機出撃しろ。繰り返す、４２番隊以外は全機出撃』

走り出していた私はすぐに足を止めた。除外理由は恐らく、部隊が一人だからだろう。先ほどまで賑やかだった食堂には静寂が訪れ、次いで外からは次々と唸りを上げるジェットエンジンの音。

私達は再び椅子へと座り、食事を再開した。

「どうするんだろうね、司令は」

「しばらくは待機命令が下ると思う」

「次の人員が確保できるまで？」

私は無言で頷いた。

昼食を終えて食堂から出てすぐに、私は食堂の横で待っていた司令に呼び出された。

話を交えながら執務室へ移動していると、外は離陸していく戦闘機が多数見える。

「しかし、君もいい隊長に恵まれなかったな」

「いえ・・・」

私は否定しようとしたが・・・実際、あれはいい隊長とは言えなかった。

確かにそこそこの腕は有った。でもそれ以上に少しでも不利になると作戦中にも関わらず離脱しようとする。そのせいで、印象は一言で言えば逃げてばかりの口煩いヤツだった。

「さて。どうぞ、入りたまえ」

「失礼いたします」

執務室へ入ってすぐに、私は乱雑に置かれた一枚の書類に目をつけた。

「さて、霧乃宮中尉。４２番隊の補充人員が確保できた。明後日より二人で飛んでもらう」

「ですが、前例が前例です。本当に信用できる人物ですか？」

私は思った事をそのまま口にした。

空戦中に逃げ出すようなパイロットが前隊長だったため、４２番隊に配属される人物はまともなのかと疑念を抱いた。

それに対して司令は置かれていた資料を手に取り、自信に満ちた表情で答えた。

「心配するんじゃない。この資料に目を通しておくといいさ」

司令は椅子から立ち上がると、窓の外を見ながら煙草へ火を点けた。

しかしその煙草も、すぐにぐりぐりと灰皿へ押し付け消してしまう。

こちらを向いた司令は先ほどの表情とは打って変わり、苦虫を噛み潰したような表情だった。

「ここは君のおかげで少し持ち直せたが、なんせ大国相手だ。戦況は良いとは言えん」

机の引き出しから地図を出した司令は、その地図を私に投げてきた。

それをキャッチして目を通した私はと言うと、すぐに地図を司令へ返す。

「司令、いくら何でも無茶が過ぎます」

「だが上層部の決定だ。その為の人員補充だと」

地図に書かれていたのは、わざと要撃戦で撤退した上で空母四隻を使いこの基地と、その先の街を奪還するというもの。

当然、進軍して薄くなった兵力を補充されれば作戦の成功率は下がる。それを視野に入れてるのか・・・？

「いつ実行するかは知らんが、君の言うとおり無茶な作戦だ。現場の事を一切考えてない」

司令はそう吐き捨て、椅子へ座り、しばしの沈黙。

「失礼しました」

先に口を開いたのは私だった。

一歩下がった私は、ドアを開けて司令の方を向く。そして、私は渡された資料を片手に執務室を後にした。