第5話「計画」

日は撤退の日だ。午前中は荷物を輸送機に載せ、午後にそれを護衛しながらリンガ島へと向かう。

制空権が徐々に敵のものとなりはじめている以上は私とライアーが要だ。

そのライアーは外でランニングをしていて、一方で私は・・・。


「由比ー。朝食行こうよ・・・って、まだ寝てるの?」


「もうちょっと寝たい・・・」


そう。私は軍人でありながら朝に弱く、起床時刻を過ぎてから起きる事が多い。

友香が入ってくる音がしたと思うと、私の寝ているベッドに誰かが座る感触。


「起きないといたずらするよー?」


・・・いたずらされてもいいから寝ていたいのが本音。

だけど時間は過ぎているし、私はゆっくりと体を起こした。


「起きたね。はい、ご褒美」


前髪の左側の部分に何か留めるものが付けられた。

外してみると、黄色い髪留めだった。


「・・・なにこれ」


「由比の50機撃墜の・・・勲章?」


勲章か・・・。今までの考えだと要らなかったけど、今は何かを守った証と思える。


「ありがとう、友香」


「どういたしまして。それより、朝食まだでしょ?一緒に行こうよ」


「うん。着替えるからちょっと待ってて」


私は寝巻きを脱いで畳むと、ダンボール箱へしまった。

下着姿のまま立ち上がり、タンスの2段目を開けて一着だけ入っているジャージに着替える。


ちなみに。


「おー、1段目と3段目には爆弾入ってるね・・・」


「うん。ここを占領しに来た兵士へのプレゼント」


「そうだ由比。2段目を一発目で開けた兵士へのご褒美に由比の下着一着置いとけば?」


私は友香をジト目で見つめる。


「ご、ごめんてば!いひゃいいひゃい!」


ゆーっくりと頬をつねると、友香は降参した。





今日で最後となるパレンバン基地の食堂は、少し酒臭かった。

このあとフライトがあるというのに・・・。


「お、50機撃墜のトップエースさんのお出ましだァ」


「ほら、譲ちゃん二人も飲むかい」


お酒は・・・飲んでみたいけどまだ未成年だし・・・。あ、でもここ扶桑じゃないから・・・。

と思っていると、友香がノーを出した。


「飲ませてこの子が落とされたらこの国も陥落されるよ?」


「お、おう・・・確かにそうだな」


そうだ。私はこの賑やかな人たちの命も背負って飛んでるんだ。

だから負けない・・・。絶対に落とさせはしない。


そんな事を考えていると、酔っ払った人が私に抱きついてきた。

あ、やばい。空戦中のあの気分になってきた・・・。

コイツを墜とさないと・・・。じゃないと・・・。


「人の相棒に何してやがる」


聞きなれた声と共に、私に抱きついていた酔っ払いにストレートを叩き込むライアー。

うん、さすが相棒。容赦ない一撃で相手は沈んだ。


「おはよう、相棒」


「ったく世話の焼ける一番機だ。おはようさん」


ライアーの横へ並ぶと、歓声が上がった。

戸惑いながらも、私はここでの最後の朝食を選んでいく。

バタートースト、ストレートティー、スクランブルエッグ。


「そういや、右手の怪我は大丈夫なのか?」


「ああ、基地襲撃の時の?だいぶ痛みも引いたよ」


「そうだよな。昨日の3回の出撃で12機落としてたもんな」


昨日の出来事を振り返る。

朝と昼に合計3回の敵機襲来があり、私は合計で12機を撃墜した。

そして、私の累計撃墜数はちょうど50機となった。

基地司令からの伝言で、リンガ島基地で勲章の本格的な勲章の授与が行われるとの事。


「変態は逮捕ー!」


その掛け声と同時に、ゴッと言う鈍い音が聞こえた。

びっくりして横を向くと、友香がパイロットの一人を大きめのモンキレンチで殴った後だった。パイロットは思い切り殴られ、悶絶している。


「うっわ、ひでえ事するな」


「友香、なるべく控えめに・・・」


私達は止めに入ろうとはしなかった。

どちらかと言えばいつもの光景だから。





朝食を終えた私達は、基地の内周道路を歩いていた。


「そうだ。ライラプスについて調べてたらこんな記事見つけてね」


「へえ」


友香が取り出した一枚の紙を見ると、そこにはこう書いてあった。

ライラプス1と戦った人のほとんどが生存している


ますます、私でない可能性が高まっていく。


「ん?交戦して生きていて、それでそのライラプスというのが生きているって事は」


私とライアーは顔を見合わせた。多分同じことを考えている。


「そう。機体だけを狙って、戦力を削いでいるだけなのかもしれないよ」


私はトップエースとは言えどそこまでの技術は無かった。ライアーなら可能かもしれないけど。他に記事はあるのだろうか。


「うーん、今はこれだけ。1998年に数ヶ月の間、空を彩った一匹の鷲は最後の作戦を期にMIAで処理されてる」


MIAとはMissing In Action、要約すると作戦行動中に行方不明になった兵士の事。

だけど、私には話を聞いていてもあまり興味が沸かない。


他の二人はすごい興味津々だけど。


「なんで二人ともそんな興味津々なんだ」


「だって惹かれない?20年以上経った今も大きな情報が出回らず、伝説の撃墜王として語られてるの!」


「俺も、初めて聞いた時は必死に調べたな。もちろん情報はほとんど無かった」


やっぱりよくわからないまま、私は散歩を楽しんだ。






やがてお昼を過ぎ、私は機体に乗り込んだ。友香のハンドサインでエンジンを始動していく。

油圧や動作のチェックを終えると、エンジン出力を少し上げて機体をゆっくり前進させる。


『じゃあ、護衛よろしくね』


『ああ』



私達と他の護衛機が空へ上がり、最後に輸送機が離陸していく。

輸送機よりも高い位置を飛び、いつ敵が来てもいいように備える。


『ちょっとの撤退だ。そこまで敵は来ないんじゃないか?』


『有り得る話だが、警戒はしておけよ』


私は、少しその無線に混じって会話をする事にした。


「輸送機を落とされたら終わりだ。アレには私達の生活用品も入ってる」


『っと、そうだな。生活用品の中には俺のオモチャも入ってるから落とさせねえ』


オモチャ?大人になってもオモチャで遊んでるのか・・・。

あんな大人にはなりたくない。



リンガ島へ向かう旅路は短いようですごく長く感じた。

特に何も起こらない。


「ごめん。私は少し食事を」


私はあらかじめ操縦席に持ち込んであったパイロット用糧食の封を開け、酸素マスクを外して頬張る。


『そういや、昔の扶桑のパイロットに機内にサイダー持ち込んでこぼした奴がいるって知ってるか?』


私と似たような事をする人がいるのは初めて知った。覚えておこう。

自動操縦のスイッチを入れ、両手で食べ進める。


「ごちそうさま」


数分で食べ終え、自動操縦を切ってライアーの機体の横に並ぶ。


『相棒、そろそろ見えるぞ』


もうじき、リンガ島が見えてくる距離だ。

パレンバンから引いた以上はもう何も無いだろう。


『よーし、基地に着いたら酒を飲もうぜ』


『ずいぶん気楽だな』


しかしその時だった。AWACSからの緊急無線が入った。


『リンガ島基地司令部より入電、所属不明機がそちらに向かって接近中!』


所属不明機?敵じゃないのか?


「AWACS、IFFは?」


IFFとは敵味方識別装置の略である。


『IFFは敵でも味方でも無い!警戒しろ!』


全員に緊張が走り、私は兵装の安全装置を切る。

同時に、味方へ無線を繋ぐ。


「ここは42番隊が引き受ける。それ以外の各機は離脱し、リンガ島へ」


『こちらAWACS。42番隊、任せたぞ』


敵の向かってくる方向へ旋回し、ライアーの機体へ視線を向ける。


『不気味だな。たった一機だが、油断はするな』


「わかってる。距離50マイル」


敵との距離は50マイル、およそ80キロメートルだ。

長射程ミサイルの攻撃範囲内だが、敵でない事もありうるので撃たずにいた。


『・・・貴様は、20年経っても空に君臨するか』


所属不明機からの無線が聞こえ、私は困惑した。


「20年?なんの事だ」


『ライラプス1、白翼の悪魔よ。少々の問題もあるが、後の計画の邪魔だ』


まさか、私をあの伝説のライラプス1と誤認している?

どちらにせよ誤解を解かないとまずい。


『所属不明機へ、何を言ってるかさっぱりだ。事情を説明しろ!』


『黒鷲・・・か。噂は聞いているが、大した事は無いだろう。先に相手をしてやろうではないか』


『クソっ!』


ライアーが急旋回をして回避機動に入ったのを確認した私は、敵を墜としにかかる。

おそらくライアーに向けてミサイルを放ったのだろう。遠方に白煙が見えた、


「レイ、援護する!」


『後ろは任せた!』


じりじりと迫ってくるミサイルと、額ににじむ冷や汗。

やがて敵が見え、私はその方向へ機首を向けていく。


敵の進行方向へ向けて機関砲のトリガーを引き、発射した。

だけど、命中しなかった。間一髪で、最小限の動きで避けられた。


「ブレイヤール、FOX2!」


赤外線誘導ミサイルの発射コールで、一発を発射した。

また当たらなかった。続けざま発射したが、それも命中しない。


敵は回避をしながら、確実にライアーとの距離を詰めていた。

最悪の事態が脳裏に浮かぶが、冷静に対処しようと心を落ち着ける。


敵は本当に強い。先ほどの20年経ってもという言葉から、長く空を飛んでいる事が推測できる。


『マズイな・・・チクショウ!』


敵の機影はナールズ連邦のスホーイSu-27フランカー。私の乗っているイーグルのいわばライバル機だ。

性能は五分五分のはずなのに。あのライアーが追い詰められている。


「間に合えッ・・・!」


私は最大推力で敵と距離を詰めていく。だけど、遅かった。


『クソッ、被弾した!』


ライアーの機体は片側の主翼が折れ、フラフラと飛行している。

私の中で、何かが切れた。


許さない。アイツだけは絶対に落とす。


「ライアー、今すぐ離脱して!全力で援護する!」


『クソがっ!』


旋回中の速度が上がり、計器に表示されている加重が8Gから9Gへ、9Gから10G、11G、12G,13・・・。

どんどん増えて、苦しくなっていく。全身が痛い。

それでも私は旋回を止めず、敵への距離を一気に詰めていく。


『その機動、やはり本物か。だが少し衰えたか・・・いや、だいぶ衰えたな』


煩い。黙れ。お前だけは許さない。

間違いなく捉えた。この目でも照準と敵の未来位置が重なっているのを見た。


「ぐっ・・・!」


でも、気が付けば敵は上に居て、機首はこっちを向いていて。


機体に走る大きな振動と、エンジン火災の警報。後ろを振り返ればイーグルが炎に包まれていて、私の機体は地面へと機首を向けていた。


『由比ッ!緊急脱出しろッ!』


私は咄嗟に緊急脱出装置のレバーを引いた。風防が割れ、機体から勢いよく射出される。


「ごめん、イーグル・・・」


赤黒い炎に包まれた愛機は、やがて地面に墜ちていく。


『これで時間は稼げるだろう。ライラプス1、次は確実に。』








そしてパラシュートで降下しながら、私の意識は少しずつ遠のいていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る