第11.5話「戦う理由は」
―― 2020年、8月17日
ルーガンの南西120kmの場所で、6つの核爆発が起きた。
その正体はナールズによる6発のICBMによる”空間制圧作戦”。
作戦コードネームは六芒星。6つの核を地表付近~高層大気圏で爆発させ、衝撃波と電磁波の両方による空間の制圧をするというもの。
実行された周囲を飛んでいた航空機は30機余りが墜落。帰還したのは3機だけだった。
私は、その3機に興味が沸いた。なんでも、扶桑人二人とゲルマニア人で構成された一つの飛行隊だという。
現時点で扶桑ではその飛行隊に関する情報は殆ど公開されていなかった。けど唯一手に入れた情報があった。
その情報というのは、帰還した3機は連合側の飛行隊であるという事。
―ルーガン共和国空軍パレンバン駐留大隊第49飛行隊第42外国人要撃飛行班。通称”死に番隊”。
昔から扶桑軍は42という数字を避けてきた。文字通り「死に」という言葉を連想させるからだ。
その飛行隊は面白いことにそれを避ける事無く背負っていた。
これは取材をせずにいられない。パスポートの取得や旅費の確保などで1週間ほど費やしたが、私はすぐさまルーガンへ飛び立った。
ルーガンへ到着してすぐに、情報収集のために近くの基地を訪れた。
少し規模の小さな陸軍の基地だ。恐らくここでもそれなりに情報はあるだろう。
歩哨を介してその基地の司令とコンタクトを取る事ができた。手荷物検査の後、基地の内部へと入る事に成功。
早速色々な情報を集めに掛かる。
けど、これと言った情報は集められなかった。なんせここは前線基地では無い。
それだけに、あいまいな情報しか持っていなかった。ため息を付きながら陸軍基地を後にする。
日も暮れ始めているし、今日はどこかホテルに泊まるとしよう。
パレンバン基地近くのホテルへとやってきた私は、食事の席で扶桑人3人とゲルマン人のグループと隣になった。
どうにも浮かない表情をしていて、そのうちの蒼い髪の少女は腕を怪我しているのか包帯を巻いていた。
「キミ、大丈夫?」
「あ、はい。ちょっと痛いですけど大丈夫です」
私が声を掛けると、少女は少し驚いた様子で返事をした。
話を聞いてみると少し高いところから落ちた時に痛めたらしい。
その横の男の子はなにやら間違っては無いけど、と苦笑い。どこかぎこちなく見える。
「ねえ。ら・・・じゃなくてえーと・・・」
「フィルでいいんじゃない?」
「そ、そう!フィル、この後話があるんだけどいい?」
「アレか」
フィルと呼ばれるその男性はかなり扶桑語が上手だった。朗らかな様子の女性に聞くと、英語・ゲルマン語・扶桑語の3カ国の言葉を話せるそうだ。
それはそうとこの子達はどうしてルーガンなんかにいるんだろうか。見たところ蒼髪の子はまだ成人していないし。
もしかしたら何か知っているかもしれない。私は蒼髪の子に42番隊の事を尋ねた。
「よ、42番隊ですか?・・・存じてないです」
なんかしどろもどろになっているけど、知らないらしい。
これは明日基地へ取材に行って直接確かめるしかないか。
「幸喜くん。お酒、行ってみる?」
「俺まだ18ですけど!?」
横に目をやると、コップへお酒を注ごうとしている。どうやら相手の方は未成年のようだ。
確かに見た感じは若く、蒼髪の子と同じくらいの歳だろうか?フィルが女性を制止し、蒼髪の子がお酒に蓋をした。
「仲いいんですね」
「まあな。仕事仲間みたいなもんだ」
仕事仲間か。私も少し前まで会社に所属していたんだけどね。まあいいさ。
私は女性にお酒を注ぎ、話を盛り上げることにした。
彼女とはまるで何時間も共に過ごしたしたかのように打ち解けることができた。
こんなコミュニケーション能力欲しいなあ、と考えながらも私もお酒を口にする。
「このお酒、結構飲みやすいですよね」
「ええ。とても美味ですね」
本当に美味しい。香りが少し強めだけど、味はそこまで濃くなく飲みやすい。
ゆっくりと飲み進めていると、なにやら視線を感じた。
周りを見渡すと・・・なるほどね。蒼髪の子が飲みたそうにこちらを見ていた。
「あの、失礼ですが彼女の年齢は?」
「18ですよ。まだ未成年」
という事はあの少年と同い年って事かな。若いって大人と比べて不自由な部分もあるけど、ちょっと羨ましいよね。
高校卒業からもう10年。もうじき・・・うん、この話は止めましょう。
「二人とも若いんですね」
「若いから無茶ばっかだ。相棒はまだしも小僧は甘い」
甘い?何の話だろう。
気になって聞こうとしたタイミングで、蒼髪の子がフィルの口を塞いでいた。
「フィル、関連する話はダメってさっき説明したでしょ」
「っとわりぃ・・・」
メモ帳を取り出し、明日の予定を確認する。
チェックアウトの後すぐに基地へ向かう予定だったけど、この子達が非常に興味深い。
「あ、そうだ由比。この後お風呂入ろうよ」
「いいけど、友香さっきも入ってたよね」
「いいでしょ減るもんじゃないし」
どうやらこの子達はお風呂に入るようだ。私も同行して話をしたかったけど、レポートとか書かなきゃいけないし。
なかなか時間を作るに作れないわね。
メモ帳を取り出してやる事を確認していた時、核の事を聞きたくなった。
「あの・・・このあたりにいたなら、少し前の六芒星作戦というのは」
私がその言葉を口にした瞬間、蒼髪の子の表情が一変した。
まるでその話をするなと言わんばかりに睨まれ、私は一瞬硬直してしまった。
この子は・・・一体何?例えようが無い恐怖心が芽生えかけた。
「すみません。アナタの事聞かせてもらってもいいですか?」
体をこちらに向け、真剣な表情で見つめられる。でもさっきの睨むような表情ではなく、少し警戒しているような様子。
仕方が無いので正体を明かす事にした。
「ごめんなさい。私は扶桑のフリージャーナリストの松下朱里と申します」
名刺を出して、ジャーナリストである事を告げた。すると、彼女の提案で人気の無い屋上へと移動する事にした。
このホテルの3階は展望台というわけではなく、ただ単に見晴らしがいいだけ。
食堂を出てすぐの階段を上っていく途中、彼女は何も話さなかった。
屋上へとやってくると、彼女は空を見上げた。自分の居場所を見るかのように嬉しそうに微笑んでいた。
「さっきは嘘をついてごめんなさい。私が42番隊の1番機、霧乃宮由比です」
・・・え、嘘でしょ?もっと屈強ですごい古参風な男性かと思ってたのに。
どう見ても優しそうな少女だった事に驚いていると、彼女はクスクスと笑い始めた。
「・・・他言無用を突き通してくれるのなら、話せる限り話しますよ」
「はい。他言無用ですね」
私が質問し、由比ちゃんが答える。そんなやりとりが15分ほど続けられる。
一字一句逃さずメモ帳に書き記していき、一通り聞き終えたところで私は彼女に最後の質問をした。
何を尋ねたかと言えば、彼女が戦う理由。戦場で戦う兵士が何を思いながら戦っているか。
それを最前線とは程遠い扶桑へと届けたかった。
でも、彼女は答えられなかった。すぐに彼女自身もわからないと答えた。
私から言えるのは、焦る必要は無いという事。焦って答えを求めても、いい答えは見つからない。
「そうですよね・・・。朱里さん、もしよければ一緒にお風呂行きませんか?」
由比ちゃんから提案され、一瞬悩んだ私。でも、さっきの子からも話を聞きたいし行こうかな。
後ろから背中を見ていると、本当にただの少女なのに。
私はさっきした質問の答えを思い返していた。なぜ敵を撃てるのか。
「撃たなきゃ自分が撃たれる。私はそれが嫌だから・・・鬼にだってなります」
その言葉は彼女の覚悟の言葉ではあるけど、戦いに身を投じる理由ではなかった。
だから彼女が戦う理由を見つけるまで見守ってあげよう。
階段を下りてすぐのロビーで、由比ちゃんの仲間が待っていた。
周囲に誰もいない事を確認して小声で自己紹介をしていく。
彼女の相棒であり、黒鷲と呼ばれるエースパイロットのライアー・フィリベルト。
同い年で詳細を明かしてくれなかったけど、腕は確かと紹介された達川幸喜くん。
由比ちゃんの専属整備士で自称お姉ちゃんの柿本友香ちゃん。
「当初は私と由比だけだったけど、フィルさんと幸喜くんが入って今は4人」
42番隊は由比ちゃんの配属と同時に設立された部隊で、最初は別の人が隊長だった。
けど、日に日に腕に磨きのかかっていく由比ちゃんと飛ぶのが嫌になり、その隊長さんは逃亡。
1週間ほど経ってフィリベルトさんが配属。二人の実力と相性で徐々に知れ渡っていく42番隊の名。
で、一部ではベテランパイロット同士の隊と思われていたけど・・・。
「まさか一人は女の子で、もう二人も普通に若いなんてね・・・」
男子組と分かれ、由比ちゃん達と一緒に女湯の脱衣所へとやってきた。
服を脱ぎ終えて横を見ると、由比ちゃんの蒼い髪が気になった。
艶やかな黒髪というわけでもない。すごく自然で、なんだか宇宙と空の境目のような・・・。
「由比ちゃんの髪って染めてるわけじゃないんだよね?」
「この髪は・・・お母さんと同じ色なんです。今はどこにいるかわからないけど・・・また会いたい」
言葉を終えると、胸に手を当てて何かを思い出しているようだった。
今はどこにいるかわからないって・・・。どういう事か聞こうと思ったけど、なんだか聞いてはいけない気がした。
話を聞いてそれを扶桑に持ち帰ったところで、彼女の覚悟を傷つけてしまうような気さえした。
「会えるといいね、お母さんに」
「ホント、由比は家族に会いたいという気持ちを大切にしてるよね」
「ふふっ、そうだね」
そう言い、彼女は微笑んだ。後から聞くと、少し前まで笑う事は無かったらしい。
色々な事情が重なり、笑う事ができなかったと。
翌朝。彼女たちは既にホテルを出て基地へと戻った。私はカメラやメモ帳を整理した後に遅れてホテルを発つ。
20キロメートルほど車で走ったところにパレンバンの基地があった。
地上で待機中戦闘機のエンジンの音と、排気のニオイ。そして、離陸していく戦闘機の爆音。
思わず耳を塞ぎたくなるくらいに轟々と加速していく。
彼女たちはこの基地にいるとの事なので、早速門へと向かった。
手続きを済ませ、手荷物検査を受ける。
「ほら。暑いからこれ持ってけ」
アクアエリアというスポーツドリンクを渡された。言われてみれば確かに暑い。
気温は40度近いし、何より湿度が多い。おかげで汗も乾きにくく、すぐに汗だくになりそう。
一先ずは昨日由比ちゃんから渡された手書きの地図を頼りに42番隊の格納庫へと歩いていく。
ここの基地は仮設状態含め16個の格納庫がある。その中でも42番隊の格納庫はかなり綺麗な建物だった。
格納庫内へ一歩足を踏み入れると、翼を休めている3羽の巨鳥の姿。
「この戦闘機はアスタリカ製のF-15Cイーグル。就役から50年経つけど、それでも空を制す私の愛機」
驚いていた私へ声を掛けたのは、これは多分由比ちゃんの声。だけど、姿が見当たらない。
辺りをきょろきょろ見回していると、戦闘機の翼の上に腰掛けていた。
「おはようございます。基地の誰かに取材ですか?」
彼女は比較的高い位置にある翼の上から軽々と飛び降りると、綺麗に着地した。
私じゃこんな事は絶対できないのに・・・。若いっていいなぁ・・・。
「42番隊の事をね。もしできたら後ろに乗せてもらいたいかなって・・・」
だけど、そのお願いはすぐに却下されちゃった。この間の作戦に巻き込まれ、電子機器が全部壊れてるらしい。
今は友香ちゃんが他の基地を回って修理部品かき集めるのに必死。修理は1週間近く掛かる見通し。
そうなると、由比ちゃん達は何もできずただ散歩したりするしかないんだって。
「でも、コックピットに座るだけなら全然いいですよ」
「あ、じゃあお言葉に甘えて」
由比ちゃんは近くの棚に立てかけられている昇降用のハシゴを持ってくると、操縦席に引っ掛けた。
F-15Cのコックピットはいつか見た写真と全く同じ・・・ではなかった。
「 すーばいぶ・・・」
計器盤の上の照準器の根元にsurviveと白文字で書かれていた。
それを声に出して読むと、横にいる由比ちゃんがクスクスと笑っている。
「サバイブって読むんです。意味は」
生き残れ―
彼女が戦いで貫き通している言葉だった。私はその言葉をどんな時に思い浮かべているかを尋ねた。
曰く、戦闘開始の直前、敵の位置を目視で探している時、背後を取られた時、種類を問わず警報が鳴った時。
高い頻度でその言葉を思い浮かべ実行してきた事がわかった。
「望んで空へ上がったんですから、全力で戦わなきゃいけないんです」
彼女の言うことはもっともだった。私はその言葉をメモに取り、由比ちゃんにお礼を言って格納庫を後にした。
何人かに尋ねてフィリベルト中尉の場所を教えてもらい、私は射撃練習場へやってきた
入ってすぐに彼がいて、こちらを向いているのに気が付いた。そしてイヤーマフがこちらへ向かって投げられる。
「わっ」
「それ付けとけ。これからの人生何も聴きたくないって人なら構わんが」
慌ててイヤーマフを着けると、彼は持っている銃を構えて撃ち始めた。体の芯にまで銃声が響く。
撃ち終えたところで私はイヤーマフを外して話しかける事にした。
由比ちゃんの時と同様の質問と、彼女の事をどう思っているか。
すると、彼女に質問した時と違った事がわかってきた。
「相棒は強い。でも、ただ強いだけじゃない」
何が正しくて、何が生き残る為の術で、どうすれば戦力だけを削げるか。
彼女はこの数ヶ月の戦いで、戦い方を大きく変え、その戦場での戦い方は誇り高き騎士と共通しているという。
「いつも傍で飛んでるが、本当に不思議な奴だよ。俺が言えるのはそれだけだ」
彼から聞けたのはそれだけだった。でも、それだけでも彼女がどういう存在なのかなんとなくわかった気がする。
私はもう一度彼女に話を聞く事にした。
射撃場を出てすぐ、父からメールが届いた。
それと同時に由比ちゃんが走ってきた。肩で息をしながら、無言で私を避けて射撃場へと入った。
メールを開きながら射撃場へ入ると、由比ちゃんの声が聞こえた。
「ライアー、扶桑が連合を抜けた・・・。理由はナールズの核攻撃と、扶桑へのナールズ軍の常駐の拒否らしい・・・」
「えっ」
私は思わず声を上げた。原因は今の会話とメールの文章。
何それ。
一気に思考がパンクした私は、由比ちゃんと目が合ってしまった。
でも由比ちゃんは私を見た後すぐに別の誰かに声を掛けた。
「霧乃、お客さん。答えを聞きたいってさ」
一瞬戸惑いを見せた由比ちゃんだけど、すぐに何か決意したような表情へと変わった。
視線をフィリベルト中尉へと向けた由比ちゃんは、ようやく見つけたらしい。
「ルーガンとはお別れだ」
彼女は幸喜くんの方へ歩き出し、すぐに歩みを止める。
「ライアー。私は・・・戦う理由を見つけた」
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