特別編:友香視点「イチゴケーキ大作戦」
作戦成功から数日が経過したある日の事。
私は42番隊の由比とフィル中尉の二人と昼食を楽しんでいた時だった。
由比からなんとも奇妙な作戦を提案されて、私とフィル中尉は困惑。
「イチゴケーキ大作戦?」
「なんだそりゃ」
ポケットから一枚の紙を取り出した由比は、それを机の上に広げた。
なるほどね。つまりイチゴケーキを食べに行くために私達にも休暇を取ってほしいって事だね。なんとも単純。
「そういう事なんだけど、せっかくだから3人で行きたいなって」
「俺は別に構わん。あの作戦のおかげでしばらくは別の部隊が哨戒してくれてるわけだし」
「それに・・・ほら、この間食べ損ねたし」
そういえば、この間の休暇の時は強盗を駆除したあと慌てて帰ったんだっけ。
結局誰が退治してくれたのかわからないままらしいから、ある意味成功だね。
・・・成功なのかな、アレって。
「そうだね。じゃあ、昼食が終わったら明日の休暇届出しに行こう」
「うん」
ちなみに今日の昼食はバイキング形式で、色々なモノが揃っていた。
由比はもうデザートを食べ始めてる。この子、ホント甘いもの好きだよね。
「友香、私の顔に何か付いてる?」
「付いてるよ。ほら、ここ」
私は自分の口元に指を当て、クリームが付いている事を教えてあげた。
由比はハンカチを取り出して口元を拭うと、再びこちらを見る。
よしよし、しっかり取れたね。
「取れた?」
「ばっちし」
フィル中尉と私は食べ終えたから、あとは由比が食べ終わるのを待つだけ。
5分も経たないうちに食べ終え、私達は食堂をあとにする。
ここリンガ島基地は42番隊の部屋は二人部屋ではなく、個室でお隣さんとなっていた。
「ライアー、また後で」
「わかった」
私は由比の部屋へ一緒に入っていく。
綺麗に片付けられた部屋の机の上には、数日前に撮影された写真ともう一枚の写真が飾られている。この写真ってもしかして。
「由比、この写真・・・」
「うん。昔、家族で撮った写真だよ」
私が驚いたのは、もちろん満面の笑顔の由比が写っているのもそうだけど、この子のお父さんの事。
アスタリカが扶桑国向けに生産させたF-15Fの前に、パイロットスーツ姿で由比を抱き上げていた。
「この間撃墜された時にやっと思い出せたんだ。お父さんもF-15に乗っていた事を」
「じゃあもしかして由比がF-15を選んだのって・・・」
「多分、それが影響していたのかもしれない」
由比は写真立てを手に取ると、懐かしむように微笑んでいた。
私はというと、その様子を声をかける事なく見守っていた。
「確かに受理した。明日は思う存分休んでくるといい」
私達3人は敬礼をすると、執務室を後にする。
そのままフィル中尉と別れ、私は由比と一緒に格納庫へ。
すると、由比は珍しく悩みのなさそうな表情で愛機(イーグル)の翼へと上っていった。
「由比そこ好きだよね」
「ひんやりしていて気持ちいいんだ。友香も寝転がってみたらどう?」
由比に誘われ、私も主翼の上へ仰向けになってみた。
なるほど、これは確かに気持ちがいい。広々とした主翼の上は安心できるね。
そりゃ、由比がよく来るのも頷ける。
兵舎の大きな門の前に 街灯は立っていたね
今もまだあるのなら またそこで会いましょう
約束しよう 愛しいリリーマルレーン
私は由比の歌声を目を閉じて聴いていた。この歌は何なんだろう?
由比に尋ねると、身体を起こして説明してくれた。
「この歌は昔起きた戦争で、兵士が愛する人へ向けて作った詩を元に作られた歌なんだ」
「へえぇー」
由比、そういうのに興味があったなんて知らなかった。
あとめちゃくちゃ歌上手じゃん由比!
そう褒めてあげると、由比は小さく照れながら笑った。
「あはは・・・実は、小さいときにボイストレーニング教室に通っていたんだ。今でも時々練習してる」
「由比・・・もしかしてお嬢様だったりしない?」
「そんな事は無いとは思うけど、そこはあまり覚えていないんだ」
なるほどねー。両親の事を告げられた影響で記憶があいまいになっちゃってるのかな。
あまり触れないであげよう。
「そうだ友香、これを見てくれないか」
「どれどれ?」
由比が見せてくれたのは小さなペンダントで、その中身は作戦成功後のワンシーン。
42番隊のイーグル2機の前で寄り添う由比とフィル中尉の写真だ。
いつの間にこんなのを撮ったんだろう?知らない人が見たらただのカップルの写真だよこれ。
「いい感じだね。そういえば、由比はフィル中尉の事をどう思ってるの?」
その問いかけで、由比は少し顔を赤らめて俯いた。
「・・・わかんないんだ。最近、一緒にいると嬉しいというか・・・絶対に失いたくないなって」
「うーん・・・好きってわけじゃないの?」
一見すると好きだと受け取れてしまうけど、多分由比にとっては恋人って表現じゃ足りないのかも。
「好きでないと言えば嘘になるけど・・・恋人として見てしまったら、多分私は・・・空で冷静でいられなくなる。だから・・・」
「だから、相棒という表現に固執してる。でしょ?」
「正解」
由比の表情は先ほどと一変していつも通りの少しだけ自信を浮かばせた表情になっていた。
翌朝になり、私は由比の部屋へとやってきた。
いつも通りというか案の定というか、集合時間の15分前なのにまだ寝ていた。
私はため息混じりにベッドへと近づいていく。
「ほら由比、起きないと遅刻するよ!」
「待ってよ・・・まだ15分あるのに・・・」
ああもう、この子はあああぁぁぁ!
ホント世話の焼ける!
「ほら、起きる!髪に寝癖付いてるから直す!ちょっとでいいから化粧する!」
布団を引っ張って無理やり由比を起こすと、櫛で髪を梳かしながら寝癖を直したり。
私服に着替えるまで20分もかかっちゃったよ。
待ち合わせの場所へやってくると、フィル中尉が退屈そうに欠伸をしていた。
「すみません遅れました」
「おはようライアー」
ああもうこの子は!!!
「おはようじゃないでしょ!誰のせいで遅刻したと思ってるの!?」
朝起きるの苦手な部分意外は優秀なんだけどね、この子は。
「う・・・ごめんなさい・・・」
「まだ眠そうだな、由比」
ほんと、この子は寝すぎなくらい寝るよね。
なんだか妹みたいでかわいく思えるよ。
「さて、じゃあ行くか」
「イチゴケーキ大作戦開始っ。行くよー二人ともー」
やっぱり、配属直後と比べるとだいぶ表情豊かに明るくなった。
やっと年頃の女の子になってきた感じかな。
そんな由比の後ろへ続き、基地近くの喫茶店へと歩みを進める。
フィル中尉はカルボナーラ、由比はイチゴケーキとミルクティーのセット、私はチーズカステラ風ケーキを注文。
なんかこう、フィル中尉いつもカルボナーラ注文してるよね。由比は由比で甘いモノ尽くしだし。
「うーん・・・」
注文した品が届いた後、由比がケーキを突きながら窓の外を眺めていた。
外に何か気になるものでもあるのかな。私も同様に外を覗く。
「なんか言い争ってるね」
「はぁ、煩いなぁ・・・」
そういえば由比はああいう喧嘩は嫌いなんだっけ。基地じゃ他のパイロットの喧嘩を起こさせてないからなー。
フィル中尉は少し楽しそうに見ているけど。
「場所変える?」
「変えよう」
由比がケーキを持って立ち上がった瞬間、先ほどの言い争っていた二人が殴りあいを始め。
ガシャーンという音と共に窓ガラスが割れて、その破片が由比のケーキやミルクティーに。
あ、これやばいパターンだ・・・。
「・・・友香、ちょっと待っててね。あの二人を撃墜(お)としてくるから」
ケーキの皿をコトンと机に置くと、由比はゆっくりと二人の方へと歩いていった。
私は見たことあるよこの光景!確か配属2日目だっけ。
「どうした?」
フィル中尉が尋ねてきたので、その当時の事を話した。
基地でパイロット数名が殴りあいになっていた時に由比が巻き込まれて、その・・・。
「全員沈めたって・・・由比は体格小さいのにどうやってそんな」
「由比の訓練生時代の教官、誰か知ってます?あのロックウェル少佐ですよ」
ロックウェル少佐と言えば、ルーガン空軍士官学校においてエースパイロット量産機と言われるくらい指導において他の追随を許さない教官。
そんな教官の下で育ち、空戦で激しい加重に耐る精神力、連続した空中戦が可能な体力。
よっぽど体格差が無い限りは由比は負けた事がないからね。
フィル中尉は納得したようで、由比の行動を見守っていた。止めないんだ・・・。
私も傍観をする事にした。
由比は争う二人の前に立つと、何かこっちを指差して怒っている。多分ケーキの事で文句を言っているんだ。
だんだんオーバーアクションになっている由比と、詰め寄る男二人。と思っていたら、由比が足払いからの背負い投げで一気に二人を鎮圧しちゃった。
「私のケーキとミルクティーを補償するかこのままボコボコにされるかどっちがいい?」
「由比、私が奢ってあげるから落ち着いて。ね?」
「だって友香、この二人が・・・」
不満そうに二人を指差す由比を宥めていると、喧嘩をしていた二人がお金を差し出した。
しかし後からやってきたフィル中尉がそれを押し戻し、由比に軽く拳骨。
「二人はお金出さなくていいぞ。こっちはいくらでも金あるから」
「ちょっ、ライアー!なんで私を殴った!?」
「お前は少し落ち着け。あとこの事は報告させてもらうからな。しばらく謹慎食らっとけ」
「うぐっ・・・」
フィル中尉、たまーに由比に厳しいところあるよね。サポートすべきところはサポートして、ダメな部分はダメと。
「で、そこの二人は・・・そうだな。さすがに店を壊したんだからそこはしっかり払え。少し出してやる」
おっと、フィル中尉ここで5000ドルを出したー!・・・って、5000ドル!?
扶桑円だと確か・・・55万円?!
「フィル中尉なんでそんなお金持ってるんですか!?」
「仕事が仕事だからな。多分由比も結構持ってるはずだぞ」
「いいなぁ・・・」
私なんて今フィル中尉が出した半分以下なのに。
それから、夕食を終えた私と由比は基地の外で散歩をしていた。
由比の謹慎処分は明日から2日という事で決定され、その間は出撃などもできない。
しかし、先ほど司令から爆撃作戦も聞かされた。
「爆撃機の援護任務、ねー」
先日の作戦で航空優勢を獲得した私達の軍は、いよいよリアストラへの侵攻を視野に入れ始めていた。
私は、戦争が終わりへと向かっていると思った。けど、由比は違った。
「・・・なんか、すごく嫌な予感がする。始まってはいけないモノが始まろうとしているような、そんな気がするんだ」
由比は何か思い出しているようだった。でもそれが何かは私にはわからない。
始まってはいけないモノって・・・。
「由比、何か心当たりがあるの?」
「最近、色々な夢を見るんだ。・・・だけど、あまりはっきり覚えていない。一つ言えるのは」
私が何かを大きく変えてしまう。それだけの力を持ってしまっている。
そう、悲しげに空を見つめて由比は呟いた。
「私か・・・ライアーが死に、何かが崩れていくような・・・」
そんな由比の言葉を遮り、私は言った。
「なら、私にも空を選ばせてよ!なんで由比やフィル中尉ばかり嫌な思いをするの!?」
嫌だった。私だけのけ者じゃん、そんなの!
「時々苦しんでいる由比を見るのが嫌なの、私は!」
でも、どんなに言葉をぶつけても。
由比は首を横に振った。
「友香はこの戦いの空がどんなものか、知らない。私は友香に空戦(そら)を知ってほしくない」
そのまま、由比は走り去っていってしまった。
「由比・・・私にも覚悟を決めさせてよ・・・」
私はそんな由比を追いかけられず、ただ虚しく見つめることしかできずにいた。
何も出来ない私が嫌だった。
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