第12話「あなたよりも高く飛ぶ」


「ライアー。私は・・・戦う理由を見つけた」


デイタさんは扶桑が離脱する事を知っていたのかもしれない。

このままいけば、再び扶桑が攻撃される。私の故郷が奪われる。20年前の惨劇が繰り返される。

お父さんが本当に命を懸けて守った扶桑が、再び火の海になるかもしれない。それは絶対に嫌だ。

だから私は扶桑を守る為にここを抜けなきゃいけない。


私は、それを基地の外で待っていたデイタさんへ伝えた。


「わかった。全力でキミ達を援護しよう。数日後に多数の部隊が押し寄せるだろうが、君たちを攻撃する事は無い。だから安心して脱出してくれたまえ」


「お願いします」


「扶桑に関しても、後方支援的な立場だった故にどうとでもなる。少し上に掛け合って助けられるようにしようではないか」


「・・・ありがとうございます」


私はその場を後にすると、3人と朱里さんを集めた。

数日後にこの基地から脱出し、リアストラ連邦国へ飛行する事を話し、それに伴いアスタリカから援護隊がやって来る。

それを伝えると、朱里さんが驚いて大声を上げそうになったけど友香が口塞いでくれた。


「い、いいんですか?それって亡命だとか脱走って事ですよね?」


「よくはありません。私が脱走するとなれば、ナールズが本気で潰しに来るはずです」


扶桑がナールズに攻撃される事がほぼ確定した以上、私は戦わなきゃいけない。

それが例え共に翼を連ねた仲間であっても。


「相棒、フカの餌になるのは勘弁だ。生き残らないとな」


「うん。絶対に生き残ろう」


そして問題はまだいくつかある。その問題とは、友香をどうするか。

それに関しては幸喜がすでに対策済みで、あっち側に連絡をしてくれていた。


「そこに関しては後ほど連絡をくれるから、多分大丈夫。友香、イーグルの状態は?」


「大丈夫。極秘裏にやってあるよ。上に報告したらまた変なことに巻き込まれかねないし」


なんだか、みんなやる事早いな。あとはデイタさんがどれだけの兵力を投入してくれるかに任せるしかない。

朱里さんには早々と扶桑へ帰ってもらうようにして、私は42番隊の部屋へと戻った。

だいぶ住み慣れた少しボロい部屋だけど、もうじき完全に使わなくなる。


「・・・そうだ、衣服とか小道具を隠して乗せようかな」


少し早い気がするけど、私はこっちで買った服や下着、櫛をバッグに入れて部屋を出ようとする。

けど誰かが歩いてくる音がして、私は出るのをやめた。怪しい行動ともとれる事をしている以上、人との遭遇は避けたい。ただ、それは杞憂に終わった。


「霧乃、お昼行かないか?」


「ああ、うん。ちょっと待ってて」


その足音の主は幸喜だった。私は幸喜と一緒に格納庫へ行き、そのあと昼食を取る事にした。

格納庫には修理を終えて、もしかしたら最後になるかもしれない飛行を待っている愛機の姿。

操縦席の後ろには簡単なスペースがあるので、そこへ荷物を隠す。

隠し終えたあと、私はふと主翼の上に何かがいる事に気が付いた。


「・・・鳥?」


それも、ただの鳥じゃない。こちらを見つめる眼光は鋭かった。

茶色の胴に白い尾。確かこの鳥は。


「オジロワシだっけ」


「霧乃、どうしたんだ?」


「ううん、なんでもない」


しばらくその様子を見るが、動く気配は無い。

私は主翼の上に上り、オジロワシへと近づいていく。けど、それでも動こうとはしない。少し不気味に思い、私は幸喜の方を見て手招きをした。

幸喜がこっちへ上ってくるのを確認してからオジロワシの方を見る。


「あ、いない?」


羽ばたいた音も形跡も無く、その姿は消えていた。

戸惑っている私の横へ幸喜が立つと、少し困惑しているよう。どう説明するべきか。


「ごめん。さっきまでオジロワシがいたんだけど」


「霧乃、オジロワシはユーラシア大陸から扶桑が主な生息地だよ。南方のルーガンにはいない」


「でもさっきまでそこにいたんだ」


とは言え形跡が無い以上信じてもらえなかった。見間違いという事もないはずなのに。

幸喜に疲れてるのか?と聞かれた私は、少しもの言いたげな目線を送った。


「わかったって。とりあえずお昼食うか」


「幸喜の奢りでよろしくね。私は先に行ってるから」


そう伝えると、私は小走りで格納庫の出口へと向かう。

途中でふと振り返って、思わず声を上げた。

さっきのオジロワシが再びF-15の上でじっと佇んでいた。



「幸喜、私のイーグルの上。さっき言ったオジロワシ!」



幸喜はイーグルの主翼へよじ登って確認しに行ったけど、どうも様子がおかしかった。その足元にいるというのに辺りを見渡している。もしかして見えてないだろうか。


「霧乃、どこにもいないじゃんか」


「そんなはずは・・・」


呆れた様子で言われ、私はうろたえる。

そして次の瞬間、そのオジロワシはゆっくりと光の粒となって消えていった。



私と幸喜は、それを格納庫にいる事が多い友香へ相談した。


「私もたまに見かけるんだけど、もしかしたら由比のイーグルの化身じゃないかなって考えてたよ」


その返答を聞き、私はまず自分が変な精神病で無い事に安堵のため息をついた。

なんでも、時折友香が整備しているところを見守っているような様子だった。

話しかけても返事が返ってくる事はないけど、整備をし終えると飛び去っていくと友香は言う。


「多分、由比はパイロットだから見えたんだと思う。でもなんで今まで見えなかったのかがわからないよね」


「・・・もしかしたら、私が主翼の上で時間を潰している時に傍にいたのかもしれない。だから、安心できたのかも」


確信は得られないけど、そんな気がした。やがてライアーも揃い、私達は再び格納庫へとやって来る。

イーグルの化身の姿は見当たらなかったけど、私は主翼の上へ腰を降ろした。


「イーグル、いつもありがとう」


小さくお礼を言い、私はそっと機体を撫でた。

世の中には不思議な事ばかりで、私はそういう話を少し調べていく事にした。


その日の夜、私は再び格納庫へ来ていた。

入り口から数歩のところで機体の方を見ると、いた。イーグルの化身だ。

私はゆっくりと機体の横へ行き、その大きな翼を見上げた。


「イーグル、少し話をしない?」

よっと声を出して主翼の上によじ登り、ゆっくりと腰を降ろす。歩み寄ってはこなかったけど、私は話しかける事にした。

でも何を話せばいいんだろう?普通に人と話すときみたいに話しかけてもいいのかな。そんな疑問を持ちつつも、一言一言話しかけていく。


「ねえ、イーグルはいつも飛んでる時に何を思ってるの?」


けど何秒数えても返答は無かった。それどころか見向きもしてくれなくて・・・。

もしかしたらイーグルの性能を生かしきれていないのだろうか。

それなら一つだけ言いたい事があった。


「イーグル。私は今まで以上に覚悟を決めないといけない戦いをする。だから―」


私の命を預けると宣言をした時、イーグルがこちらをじっと見つめる。

その眼差しはこちらの決意を見定めているようだった。そして私の横を掠めるように飛び去っていった。


―自身の一枚の白い羽を残して。




翌朝になり、私は友香と一緒に基地の外でお客さんを待っていた。

私達は待ってる間に持ってきたトランプで時間を潰している。

ブラックジャックというゲームを教えてもらい、もう10回ほど勝負をしているんだけど。


「あー!また負けたぁー!」


「これで私の6勝3敗2引き分け」


正確に言えば11回の勝負。そのうち6回は私の勝利。

特に賭けをしているわけでもないし、もうちょっとだけやろうかな。


「友香、もうちょっとやる?」


「もちろん!次私が勝ったら終わりで!」


「いいよ」





結果は私が勝った。友香がリトライしようとした時、お客さんがやってきた。

デイタさんだ。


「さて。急ですまないが、明日の午後2時35分にアスタリカとリアストラの戦闘機40と攻撃機が30へリボン部隊が17機、パレンバンに向けて飛び立つ」


作戦名はPick up sword。扶桑の言葉で剣拾いと訳せる。

私達を剣と見立てての作戦で、多数の戦力を投入してでも拾い集めなければならないという。


「・・・恐らく、パレンバン基地だけでなく他方面の部隊も来るはずです。油断はできません」


「ああ、わかっている。君達ばかりに苦労はかけさせん」


緊張を隠せない私を友香が心配そうに見つめていたけど、私は話を続ける。

この作戦には空の目が必要だと思う。上空から自分たちへ近づく敵をいち早く察知してくれる存在。


「デイタさん、可能であればAWACSの投入もお願いします」


「わかった。・・・君は本当にライラプスにそっくりだな。20年前、ライラプスは全力で空を駆けていた。彼女と全く同じ目だ」


デイタさんは私の頭を撫でた後、アスタリカ空軍の帽子を着けた。

去り際にこちらを向くと、友香と私は敬礼をしてデイタさんを見送る。


「この作戦は必ず成功させよう。では」


数分間の会話だったけど、内容が内容なだけに数時間話している気分だった。

いよいよ明日となった作戦に備える為に、私は近くの喫茶店へと寄ってもらうことにした。

到着して店内へ入ると、客の数はまずますと言ったところ。席へ案内してもらいメニューを開く。

私はやっぱりアレを頼もうかな。この間食べてすごく美味しかったし。


「すみません、ベリータルトケーキを一つと、ロイヤルミルクティーを一つ」


「私はアーモンド&ビターとブラックコーヒーで」


注文を終えた私達は、雲ひとつ無い空を見ながらここでの最後の時間を過ごす。

思えばこの4ヶ月間はとても濃い日々だった。命のやり取りをして、考え方も変わって、真実を知って、そして。


「由比もずいぶん変わったよねー。最初は暗い感じだったけど、今はだいぶ女の子っぽくなったよ」


「私は最初から女の子だよ・・・。でも、変われたと思う」


けどそれは友香やライアー、幸喜に、基地の皆が居たからであって、私一人じゃ変われなかった。

明日は基地の皆を撃墜する事になるかもしれないけど・・・。


「友香、私なら・・・明日の戦いで殺める事無く離脱できるのかな」


「できるのかどうかじゃなくて、やるの!由比ならやれるから!」


友香に念を押されると、なんだか少し照れくさい・・・。

よく考えたら、配属から今日までずっと友香がいてくれたな。


「友香、いつもありがとう」


「どうしたの急に。かしこまっちゃって」


「うん。今日までの4ヶ月、ずっと友香が居てくれたなって」


私は自分の気持ちを素直に口にした。

他愛も無い話をしているうちにさっき注文したものが机に並べられる。


「そういえば由比、久しぶりのデザートじゃない?」


「確かにそうかも。ここ数ヶ月思い悩んでばかりだったし、食べてなかったんだ」


私は店員が並べ終えてすぐに、追加で注文をした。

ミニフルーツケーキ。これは以前来た時に少し気になっていた商品で、モモやパインなど黄色い果実をふんだんに使用したケーキのミニサイズ。

店員が厨房へ戻り、私と友香は会話を再開する。でも特に談笑というわけではなく、やっぱりここパレンバンでの4ヶ月を振り返っていた。

ただ、時々ライアーの話をしたり幸喜の話、それから二人の仲についてだとかも意見交換し始める。


会計を済ませ、店を出た。気が付けば曇り空になっていて、少し湿度が高い。

明日は雨が降るのかな。


「友香、明日は雨かな」


「どうだろう。天気予報だと曇りになってるけど」


そういえば。

私が訓練学校を卒業する少し前に、ロックウェル少佐と本気で勝負した事があった。

ミサイルもガンも積んでいなかった。でも、お互い撃墜する事だけを考えてやっていた。

あの時の勝負、結局は少佐の勝ち。物思いにふけりたいところだったけど、明日に備えなきゃいけない。


「友香、明日は必ず生きて辿り着こう」


「そだね。由比こそ必ず・・・」


「うん」


基地へ帰ってから、私は少し自分の思いを綴る事にした。

場所は3人に見られないように食堂にしようかな。今の時間なら誰もいないだろうし。と思ってたら。


「よう」


「あ、由比」


「霧乃、こんばんわ」


あの3人がいて、私は思わずクスクスと笑ってしまった。

どうせなら、皆で話してからにしてみよう。少しでも皆でいる時間を作ってみたい。

私は皆のいるところへ座ると、少しだけため息をついた。


「どうした?」


「3人とも食堂にいたんだね」


「まあね。ちょうど由比の話をしてたところだよ」


「私の話?」


3人が話していた内容は、私の故郷について。

実は先日友香が扶桑に行っていた理由は私の母校へ突撃していたらしい。

そこで担任の先生とも話したらしく、あれこれイイ情報を持ってきたと。


「痛ったぁぁぁ!!!」


私は友香の頬を思い切り引っ張ったあと、机に突っ伏した。

恥ずかしすぎて顔真っ赤だよ・・・。

友香は頬を優しくさすりながら涙を浮かべている。


「でも由比、英数理科と体育が得意というか、中学に入って一気に伸ばしたんでしょ?」


「そ、それは・・・」


確かに、お父さんの教えでそれらを伸ばすように言われてたからだけど・・・。

今思うとそのおかげでここにいるし、こうして共に戦う仲間が出来た。

そうだ、あっちへ行ったら両親に会って・・・絶対にお礼を言おう。ううん、言わなきゃ。


「じゃあ、乾杯しよっか」


「えっ!?私まだ未成年だよ!」


「いいからいいから!ほら幸喜くんもこれくらいならいけるでしょ!」


友香はどこからかお酒とグラスを持ち出し、グラス4分の1くらいまで注いで私達の前へ置いた。

まあ・・・ここ日本じゃないし、いい・・・のかな?


「明日も生き残るぞー、カンパーイ!」


私達4人はグラスを軽く当て、一杯だけの特別なお酒を思いのまま飲み干した。








作戦開始時刻になった。

私達4人は無言のまま、ハンガー近くで待機していた。天候は曇り。雨が降りそうな曇り方だった。

恐らくもうじき、飛び立った各機が集合してこちらへとやってくる。5分後か。10分、15分後かもしれない。


「・・・」


ふとライアーの方を見れば、コインを投げてはキャッチしてを繰り返している。

友香は工具を纏めていて、幸喜は座ってジッと待っている。

そして時が来た。基地に鳴り響く空襲警報を合図に、私達3人は機体へ乗り込み、友香は私の誘導。


「みんな、あっちで集合ね」


「ああ」


「うん」


「了解」


エンジンスタートの後、誘導路へと進んでいく。その間にもスクランブル態勢を取っていた複数の機体が離陸していく。

離陸していく機体は少ない方がいい。なるべく落としたくは無い。


『42番隊、37番隊に続いて離陸せよ』


「了解」


誘導路から滑走路へと進入し、3機が真っ直ぐに機首を向けたのを確認してスロットルを前へ倒し出力を上げる。

体が押し付けられる感覚を耐えつつ、離陸速度の時速270キロメートルで操縦桿を引いて機首を上げて空へ舞い上がった。


『離陸した各機へ。方位130を維持、高度は7000フィート。距離は約60マイルだ』


7000フィート、およそ2100メートルまでゆっくりと高度を上げていき、同時に編隊を組んだ。

少し友香の事が気がかりだけど、今はとにかく生き残らないといけない。


『ルーガンに落ちている剣を拾いに来たぜ』


まもなく接触というところで、無線から相手の声が聞こえた。

既に交戦しているのに呑気だなと思ったけど、アスタリカ空軍だし気にしないようにしよう。


『ブルイヤール、ネームチェンジの時間』


幸喜から行動開始の合図を受け、敵味方識別装置の強制切り替え装置を使った。

これは昨日お酒を飲んだ後に皆で取り付けた機械で、比較的簡単な配線で使用可能な優れモノだった。

この装置を使った今、私達はルーガン空軍の敵となった。


『どうなってやがんだ!数が多すぎる!42番隊を相手するなんて無理だ!』


『諦めるな!アイツらはしばらく飛んでねえ!やれる!』


次々と私達へ襲いかかってくるルーガンの戦闘機。だけど、私達も負けられない。

なるべくミサイルは使いたくないし、ガンも万が一の時以外使わない。

そこで使える方法はただ一つ。


私は敵機の射線にわざと入り、食いついてきたところで右や左旋回、上昇下降の動作をとにかく繰り返した。

同時に少しずつ高度を落としていき、海面スレスレに来た。

このやり方だと・・・相手の生死は保証できないからやりたくなかった。


「・・・ごめん」


後方を見つつ宙返りをした後、地面に対して垂直降下になる寸前に右へロールしつつ操縦桿を軽く引いていく。

速度が出ている状態でこの動作は非常に負担がかかるから普通の人はやらない。でも私は違う。


『ダメだ!間に合わ――』


私が機体の姿勢を戻した直後、無線が途切れた。

後ろを振り返らないように高度を上げていると、今度は横からこちらへガンで攻撃してくる機体。

即座に避けた後、相手の背後を取って一瞬だけガンで攻撃した。相手の水平尾翼へ命中し、不安定な動きになった。


『クソッ、被弾した!操縦不能!脱出する!』


うん、それでいい。相手の戦闘機の攻撃能力を奪う最低限の攻撃。それが私のやり方だ。

ライアーと幸喜の方はどうだろう。姿勢を戻したあと周囲を見渡す。

少し距離を置いたところで相手の攻撃を回避しながら離脱針路を取っている機体が見えた。あれは恐らく幸喜だ。


「ソード3、援護する!」


私は幸喜の後ろの敵に狙いを定めると、同じようにガンで攻撃。今度は主翼へ命中し、錐揉み状態で落ちていく。


『サンキュー、ソード1』


『おっと、ソード1へ。まもなくメカニックの回収も済むそうだ。俺達も引き上げるからソード隊も逃げな』


「了解。ソード2、状況は?」


私がライアーへ状況を確認すると、余裕のある返答が返ってきた。

二人へ集合をかけた後、ゆっくり離脱針路へ向けていく。


「後は追撃を振り切れば・・・お父さん達に会える」


私は少し高まる感情を抑えつつ、二人へ指示を出した。

速度を少し上げて時間を短縮しよう、と。


『了解』


『了解』


その時だった。


『ゴルド隊、応答しろ!』


『ダメだ!ゴルド隊反応消失!!ソード隊の方に向かっていった!』


『ソード隊避けろ!』


私達は出来る限りの反応速度で避け、散り散りになった。

レーダーに目をやると、マッハ2を上回る速度で前方へ抜けていった後、こちらへ通常の速度で接近してくる。


『亡命とは関心しないな。一番弟子さん』


一番弟子さん。この呼び方は、私の知っている人物のうち一人しか使わない。

かつて私の教官だった人物。そう、ロックウェル少佐。

私は無線のスイッチを入れると、ライアーと幸喜に話をする。


「聞いて、二人とも。ここは私が引きつける。だから、先にあっちへ」


当然、二人からの返答はノーだった。

でも私は・・・決着を付けたい。いずれは戦う事になっただろうから。

そして、この人はとにかく強い。私はこの人を超えてみたい気持ちもどこかにあった。


「だからお願い!必ず生きて返る!」


『・・・だとよ。小僧、離脱針路へ』


『霧乃、絶対勝てよ!』


「わかってる」


私は離脱針路へと向かい始めた二人を見送る。


「ロックウェル少佐、もし私を落とすなら手加減しないでください」


『いいさ。あの時は私が勝った。だが今はどうか。面白いじゃないか』


無線の様子から、少佐は不適な笑みを浮かべている事がわかった。

この戦いは私も勝てるかどうかなんてのはわからない。


『あの日も、こんな天気だったな。雨交じりの空』


「ええ。でも、あの日とは違う」


生き残らないといけない戦いは慣れた。でも勝たなきゃいけない戦いなんて、初めてかもしれない。

接近してくる機影を捉えた時、ミサイルアラートが鳴った。私は即座に機体を傾けて回避行動を取る。


『キミは回避をしつつ攻撃という動作が苦手な部分がある。そこは変わらないな』


マズイ。少佐は既に私の背後を取ろうと旋回している最中だ。

初手のミサイルは確実に落とす為の行動か。


「右!」


右旋回をした後、すぐに左旋回に移る。後ろを見ながら旋回を続けるけど、引き離せない!

この人は本当に強い。このままじゃ撃墜される。

出力を最大にまで上げて、速度が少し出たところで反転して下方向へ旋回。

照準器に表示されるGが8から9へ、9から10になり、11、12へ・・・。


「っぐうっ・・・」


視界が暗くなりつつも、必死に上を向いて少佐の機影を追い続ける。

全身がとてもつもなく痛いし、機体もミシミシと悲鳴を上げていた。


『この状況から五分五分に戻すか・・・さすがの忍耐力と判断力だ』


「はっ・・・はっ・・・それはどうも・・・」


息が切れて苦しい。でもお互い真上に捉えながら旋回しているうちに、今度は私が背後を取った。

ロックオンしてミサイルを発射して、命中して爆発した。これで・・・。


「なっ!」


命中したかに見えたが、全くの無傷。2発目も撃って命中したのは確認した。

でも落ちないどころか煙も吹いていないし、どこも欠損していない。


『近々、ナールズが本格的に試験を開始する後方レーザー防御システム、通称BLDS。その前段階としてキミとの戦いでの評価を送れと上に指示されていてね』


という事は背後へのミサイル攻撃は絶対に通用しない。なら機関砲で!

私は更に距離を縮めるために出力を最大まで上げた。


『距離を詰めてガンでの攻撃をしようとしても、BLDSが動作する』


「ッ!」


私はすぐに反転して一旦距離を取る事にした。100キロほど離れたところで、少佐からの無線。


『そうだな。BLDSの作動範囲は装置から後方60度。つまり正面は攻撃が可能ってわけさ』


「本気で言っているんですか」


正面対峙はまずやってはいけない行動の一つだ。

相打ちになる可能性が極めて高く、安全に落とすという観点からは禁忌とも言える。

それなのに少佐はそれを提案したという事は・・・。


『ハンデ無しの決闘、と言ったところか?でもキミが勝つにはそれしかないぞ。どうする?』


「望むところです」


今、ここで勝つにはそれしか無い。とにかくやるしかない。

深呼吸をして機体を旋回させ、レーダーに機影が映る。

どちらも正面に捉えている状態。いつもならこれは避けるけど、今はもうこれだけが勝つ方法。


「私は、あっちに家族がいる。10年も会うことが出来なった家族が!」


勝たなきゃいけない理由。


「だから、私は貴女を撃墜して前に進む!家族に会いに行く!」


真実をもっと早く知っていれば、何十機も落としたこの汚れた手で会うことも無かった。でも――


「辛くても支えてくれた仲間の為にも、この決闘は絶対に勝つ!!!」


お互いの距離が2キロまで迫った。高速ですれ違う時に、機体の一部に被弾した。

まだ行ける。次で決めたい。決めなきゃいけない。


『その想いで乗り越えて見せろ。私を撃墜してみせろ!』


旋回して、再び正面に捉えた。距離は20キロメートル。

そんな距離、すぐに縮まる。一瞬も油断なんて出来ない。

一気に迫り来る機影に向けて機関砲を撃ち放った。少し掠っただけだけど、命中した。


『腕を上げたじゃないか。再び正面だ、次で決めよう』


「ええ、次で決めましょう」


距離が離れ、私は旋回をした。

次で死ぬかもしれないし、生き残るかもしれない。どうなるかは運命に委ねて。

イーグル、次で決めるよ。絶対に勝とう。私はそう心で語りかけ、目を閉じた。



最後の正面対峙。



『さあ来い!撃て!』


機影を捉え、引き金を引き続ける。500発の弾があっという間に無くなっていく。

機体が何回も振動し、風防が割れ、エンジン故障のランプが点いた。

私自身の右腕や足にも鈍い痛みが走る。


「私は…生きてる」



それでもまだ飛んでいた。パイロットスーツのところどころが薄く赤い血で染まっている。

後ろを振り返ると、火を噴いて落ちていく少佐の機体。脱出した様子は見られなかった。


「少佐、ありがとうございます」


私は離脱針路へ向け、機体をゆっくりと旋回させていく。

これで、私の戦いは一つの終わりを迎えた。


そして。


早くリアストラへ行こう。皆が待ってる。



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