第6話

「…………私って、モテるのよ」



 俺の疑問に対する花ケ崎の答えは自惚れ発言だった。どうやら今度は俺が失望する番らしい。



「どうした急に」



 俺は呆れ半分で訊ねた。が、依然として彼女の視線は外。横顔からは物寂し気な感情を覗かせている。



「回想にふけっているのよ。私はモテる、告白された回数も両手じゃ足りないくらいに私はモテるの、愛されているの。けれど愛を向けられることはあっても私自身が誰かを慕うことはなかった。そんな気持ちが湧きあがってくることが今まで一度もなかったのよ」

「は、はぁ」



 自分でも口が開けっ広げになっているのがわかる。それぐらい彼女は一貫性に欠けていたからだ。



「つまり恋に落ちた経験が一度もないって話よ。だから……」



 そこで言葉を区切りおもむろに顔をこちらに向ける花ケ崎。その所作と彼女の容姿が相まって高校生らしからぬ淑女のような優美さを感じさせられる。


 妙に真剣さを帯びている花ケ崎の瞳が俺の体を緊張で締め上げる。


 喉を鳴らす音がやけに大きい、脳にまで響く。俺は彼女がこれから発するであろう音を一言一句聞き漏らさぬよう耳を澄ませた。そして、



「――私を恋に落としてほしいの」



 しっかりと聞き取れた。その音はこれまでの人生の中で一度も耳にした事がない未知なる音階だった。



「…………えッ、はあ?」



 頭の中で疑問符が増殖し溢れかえり、居場所を無くした端数が外に漏れだす。



「だから私を狂おしくなるくらい愛に溺れさせてほしいの。恋は盲目を実際に味わってみたいの。それが私の望み」

「え、えーと、ちなみにそれは俺が?」

「今この場にいるのは黒金君、あなただけよ」



 そう言われて俺はわかっているはずなのに周囲を確認してしまう。やはり誰もいない。



「だよな……俺しか、いないよな」

「当たり前でしょ」



 そんな俺を見て呆れたように嘆息する花ケ崎。


 当たり前、そう当たり前だ、当然だ。なら女性に「恋に落としてほしい」と前もって告げられるこの状況は世間一般で当たり前と呼べるのだろうか? 否、断じて否だ。恋愛に浅薄な俺にもわかる。これは当たり前じゃない。不自然の集合体が起こした事象、恋愛における道理に反している。


 恋愛を知らないとはいえ、ラブコメや恋愛ドラマに目を通した事がある。そのどれもフィクションだがそのどれもに共通するものがる……恋愛の終着点だ。


 お互いどこかで相手を想う気持ちが芽吹き、最終的に花が咲いて恋が実る。それが恋愛の揺るぎようのない王道だ。けど花ケ崎と俺の間にはその芽すらが顔を出していない。それなのに彼女は水を与えろというのだ。仮に水を与える側が好意を寄せているのなら話は別だったろうが、残念ながら俺は花ケ崎を何とも思ってない。むしろ悪印象、故にこれは邪道だ。もし、これすらも恋愛に含むのなら、その恋はこの時点で失敗している。

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