第15話

 六月の半ば、雲が主役になりつつある今日この頃、教室から見える空は一面灰色に覆われており今にも泣きだしそう。まるで俺の心を写しているかのようだ。


 そう、現在俺はどうしようもなく悩んでいた。原因は花ケ崎、隣人だったはずが昨日の席替えで男女で最も遠い位置になってしまったからだ。


 あークソッ! こうなるんだったら隣人の時にもうちょいプッシュしておくべきだったな。


 しかし遅すぎる後悔は全て結果論からくるものでなんの意味ももたない。


 案外、田宮に協力してもらう事になったのは幸運なのかもしれない。俺一人じゃ絶対八方塞がりだったし。


 お、噂をすればなんとやらだな。


 教室の前方の引き戸から自称『恋愛保証人』こと田宮が姿を現した。



「おう、おはよう」

「あ……うん」



 そのまま俺の隣へと向かってきた田宮に俺は挨拶をするが反応がいまいち。



「あ、やっぱ学校ではあんま話しかけない方がいいのか?」



 俺は気を遣ってそう小声で訊ねた。



「そ、そんなことは……頑張るよ」



 一方席に着いた田宮は顔をこっちに向けることなくそう言った。鞄から教科書類を机にしまう日常の動作が妙にぎこちないのは動揺からくるものなのか。


 てか頑張るっておかしくね? 学校で俺と会話するのってそんなに勇気がいることなの?



「無理されてもこっちが困るんだが」

「だよね…………うん! もうこの際恥ずかしさは捨てるね!」



 いやだから……もういいや。


 田宮の遠回しの暴言にいちいち目くじらたてるのが馬鹿らしくなった俺は息を深く吸い込んで冷静を取り入れた。



「それで田宮、花ケ崎に『返愛』どころか会話すらできなさそうなんだがなにか名案はないか?」

「いきなり丸投げ⁉」

「それはそうだろ、協力させてやってるんだからそれなりの仕事はしてもらわないとな」

「上から目線すぎる⁉」

「そういうリアクションいいから」



 冷めた返しに不満げな表情をする田宮。しかし黙する俺を見て反応なしと諦めたのか、彼女は左右のこめかみに人差し指を当てなにやら思考を巡らせ始めた。



「うーん黒金君と花ケ崎さんて全然接点がないからなー。闇雲にいっても引かれるだけだし」

「だよなー」

「この一週間少しは会話を交わしてたっぽいけど、正直言って席が隣ってだけのお情けだしなー」

「同感だ」

「ぶっちゃけ無理なんじゃないかな!」

「うんうん俺なんかじゃ絶対――ておいッ! いっちょ前に悩んだ結果がそれかよ!」



 ツッコむ俺に居心地が悪いような笑みを浮かべる田宮。



「だ、だって黒金君が花ケ崎さんを惚れさせるビジョンがみえないんだもん。まだ黒金君が犯罪者として世に広まる方が想像つくよ」

「勝手にイマジンやめてね。ていうかまず協力者が言う台詞じゃないよね。さっきからあなたの何気ない一言がレイピアの如く俺の心を突き刺しているんだけど、自覚ある? このままだと心が剣山になって尖った人間になっちゃうよ」



 協力者らしからぬ田宮の発言に俺がそう返すと彼女は唇を尖らせぶつくさと文句をたれる。が、俺はその一切を無視した。



「あ、てか田宮って花ケ崎と仲良かったりするのか?」

「え、な、なんで?」

「いやもし仲が良いいなら話す機会が当然あるわけで、そんで俺は田宮についてってその場に交じり、自然に会話に参加する……友達の友達からの成り上がりって王道パターンができると思ってな」

「あ、あ~ね……なるほどね……」



 説明を聞いた田宮の返事はどうにもぎこちなくはっきりとしない。しかも何故か逃げるように俺から顔を背けた。



「……お前、花ケ崎とたいして仲良くなんだろ」



 俺の言に田宮の肩がバンピーな路面に弾む車のように上下に動いた。



「どどどどうして?」

「挙動が不審すぎるから。で、実際どうなんだ?」

「……挨拶交わすくらいの、仲かな!」

「人はそれを他人と呼ぶ」



 当たり前のことを言ったつもりだったが、田宮は某映画に登場ずるテレビから出てくる幽霊ばりに腕をだらしなくぶらさげわかりやすくうなだれた。



「そんな落ち込むなって、あんま期待してなかったからさ。よくよく考えたら花ケ崎をさん付けで呼んでたし、察せなくて悪かったな」

「なッ!」



 田宮は勢いよく振り向いた。唇を震わせている彼女の顔は蒸気している。



「黒金君、あたしを使えない女って思ったでしょ」

「別にそんなことは」

「――絶対そう! いいよわかった。一日、一日あればきっと仲良くなれる! それで必ず黒金君を見返してみせる!」

「は? お前何言って――」

「席に着け~、ショートホームルーム始めるぞ~」



 俺の追及は同タイミングで教室に入ってきた冬川先生の呼びかけによって阻止されてしまった。

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