第12話

そう、心中で講演会と称して長々と偏見を披露したのも単に手持ち無沙汰だったからである。


 それもそのはず、田宮は席について以降ちびちびコーヒーを口に運んでは時折窺うように俺に視線を向け、目が合うと意味ありげに逸らしまたコーヒーを口に運ぶというループを繰り返して話す素振りを一向に見せないからだ。


 そもそも誘ってきたのは田宮なんだから開口一番の役目も田宮にあるだろ、これ。なのに何故話さない。俺、もうそろそろ限界なんだけど、この空気に少しずつ心労してきるんだけど。もしかしてあれか、相手に興味持たれてから話すタイプ? だとしたら相当めんどくせーな。言っとくが女の子とサシで向かい合う機会なんて妹とくらいしか経験ないんだぞ? だからお願い! リードしてくれ、後生だから! 


 そんな俺の懇願が届いたのか、またしても田宮と目が合う。が、すぐに目を逸らされアイスコーヒーのはずなのに田宮はふぅーふぅーと冷ますように息を吹きかけている。


 あ、これはもう腹をくくるしかないですね。



「田宮、それアイスだよな。十分冷え切ってると思うぞ」

「え⁉ あ、そうだった」



 素でやってたのかよ。



「ま、まあそれはいいとして、俺に話って?」



 俺は田宮の天然ボケに敢えて触れずに、カフェオレを口にしながら自然に本題に入った。意外といけんじゃん、俺。



「あ、うん……その、こないだの、件なんだけど……」

「やっぱその話だよな」

「うん。黒金君に何度も言おう言おうと思ってたんだけど、中々勇気が出なくって……だから、その、ごめんね」

「いやいやこちらこそ不注意でその……ごめん」



 お互いにぎこちない謝罪、その妙な堅苦しさがどこか可笑しく二人して静かな笑いが零れた。



「そういえばさ、どうしてあの時花ケ崎さん写真撮ったのかな」



 心地よい空気が充満してきたところで、田宮はふと思い出したように疑問を口にした。



「さ、さあ。どうしてだろ」

「もしかして黒金君がここ最近クラスで花ケ崎さんに話しかけてるのと何か関係ある?」

「いや、それは……」



 鋭い言及に俺は二の句が継げず、それが怪しさを加速させたのか田宮は一人納得の言った様子で頷いている。



「やっぱり何か理由があるんだね。よければ話してくれないかな、あたしにも責任があるし」

「ほんとに何もないんだって」

「じゃあどうして花ケ崎さんに積極的に話しかけてるの?」



 痛いところを衝いてくる。というよりこの子なに? さっきまであんな弱弱しかったのに今は別人のようにグイグイと、もう俺土俵際いっぱいまで追い込まれちゃってるんだけど。



「えっと……友達になりたいなーと思って」

「……あのね、人って嘘つくとき視線を右上に向けるんだって」

「へ、へえ」



 俺はすぐさま視線を田宮に向け目を逸らさずしっかりと見つめた。



「それで指摘された人は今度はあえて指摘した人の目を見つめるんだって。嘘を信じてもらうように」

「やばッ」



 即座に田宮から目を逸らした。



「やっぱり嘘言ってるんだ」



 突き刺すようなその発言で俺は完全に誘導されていたのだと気が付いた。


 恐る恐る田宮に視線を戻す。彼女はまとわりつくじっとりと湿気を含んだようなジト目で俺を捉えて離さなかった。



「あの、田宮さん? ひょっとして怒ってます?」



 下手に出る俺に、しかし田宮は黙を貫く。口にしなくとも瞳が物語っているだろうと言わんばかりの態度に、俺はいよいよ観念するしかなかった。

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